第3章―10
「さあて、いよいよラスボスかな……」
二人の前に、如何にもな扉が重くそびえ立っていた。両開きの金属扉は、隅から隅まであくまでも豪奢で繊細で、なおかつ微に入り細に入り例外なく狂暴な装飾が施されていた。このダンジョンでソラが屠ってきたのと同じ数の悪魔たちの彫像が、恨めしそうな目で彼を睨んでいる。
「嫌なこと言うなよ……」
地下十階、ダンジョンの最深部は上の階とは比較にならぬデーモンの巣窟であった。壁から天井から次々と悪魔がわき出ては襲いかかってきた。
『相性がいいんだろうね――』
ソラの発したその言葉通り、悪魔たちは二人に害をなそうとし――そして、いともたやすく聖なる光の餌食になっていったのであった。
「もう本当に最後の一体だ。この扉の向こうに、この世で最後の悪魔がいる。きっと今まで襲ってきた奴らの親玉なんだろうな」
「なんで、そんなこと分かるんだよ。冗談でもそういうのはやめてほしいんだけど……」
――いや、冗談じゃないんだけどな……。
ソラには見えていた。扉の向こうに控えている悪魔が、これまで出現した連中とは比べものにならないほど強大で尊大な存在であることを。
探索魔法で扉向こうに大広間が広がっていることはすでに把握している。そして、その奥にそいつが、強大な何かが鎮座していることも――探索魔法とは別の理由で――ソラには分かるのだ。
――向こうもこちらのこと気づいているんだろうな……。
きっと待ちかまえている――。
だが、ソラには一片の不安もなかった。それはもちろん自分の鍛錬してきた魔法や剣の技術に――それ相応の努力をしてきたという自負があってこその――自信を持っていたからではあるが、一方でここまでのダンジョンの道程で、あまりにも悪魔に対する自分の能力の相性の良さに絶対的な確信をもてたからでもあった。
――白の魔導士もそうだったんだろう……。
「まあ、一つだけ気をつけないといけないことがある。それだけが唯一あいつらに足元をすくわれるきっかけになるかもしれない……」
ソラは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「なんだよ、それ……」
マリルが不安を吐露してはじめて、ソラは自分が思ったことを口にしていたことに気づく。このまま教えないでいると、それこそ奴らの思うツボになってしまうかもしれない。
「それはね……」
別に小声で話す必要などなかったのだが、なぜかソラはマリルの耳元に近づいてささやいていた。
「はあ?」
それを聞いて、マリルは訝しむ。その反応も当然だったろう。ソラはその気をつけるべきことの訳を説明してくれなかったのだから。
「それってどういう……」
――!
言い終わらぬうちに、ソラは呪いの塊のような扉を押し開いていたのだった。
――ふざけんな!
これで何度目になるだろう。この飄々とした青年の隙だらけの背中に短剣を突き立てたい衝動にかられたのは。
ソラは躊躇いの一つも見せず広間に足を踏み入れていった。マリルも後を追わずにはいられない。こんな場所で独りにされてしまっては、もしかすると見逃した悪魔の餌食になってしまうかもしれない。
――あいつの言うことを疑っているわけじゃないけど……。
だからといって、前に進むのもゴメンこうむりたい。そこには悪魔の中の悪魔、あいつが言うには地上で最後の、そしておそらく最強の悪魔が待ち構えているという。
――どうして、こんなことに関わることになった……。
魔法が使えるあいつを少し利用してやろうと思っただけだ。お人好しそうなあいつなら軽く手懐けられると踏んだだけだ。
それなのに――。
こんな神話や伝説の類いに自分が巻き込まれることになろうだなんて……。
「ああ、やっぱりあいつか……」
ソラがつぶやく。マリルには青年の背中しか見えない。彼がどんな表情でそうつぶやいたのか見当もつかない。
大広間の奥、確かに一体の巨大な悪魔が膝を組んで玉座のようなものに腰掛けていた。ひどく悪意のある目でこちらを睨んでいる。
「やっぱりって何なんだよ!」
堪えきれずマリルが声を荒げる。まあまあ落ち着いて、と言わんばかりの柔和な笑顔でソラは振り向く。そして、こう言ってのけたのだ。
「アークデーモン――悪魔の王様だよ」と――。




