第3章―9
「このダンジョンは本当によく出来てるんだ。何百年も地中で眠っていたのに、中はこんなに綺麗に保たれているし、必要とされる機能もちゃんと維持されている――」
――必要とされる機能って何だよ……。
ソラが言わんとしていることが手に取るように分かる。マリルは、赤熱した床からのぼる湯気の向こう、ゆらゆら揺れる青年の姿を眺めていた。輪をかけて浮世離れして見える。手を伸ばせば届く距離にいるのに、手を伸ばしたところで触れることも叶わない。
二人は簡単な食事をすませたところであった。腹が満たされ、ようやく心身ともに落ち着くことができた。湯を沸かすために魔法で加熱した床は、まだその熱量を失うことができず赤く鈍く光を放ち続けている。
「スライムがクリーナーの役目をしてるんだろうね。ほら、床にほこり一つ見あたらない。カビや粘菌を食べて……いや、なんかそれって共食いっぽいな……まあ、いいや、ともかく何百年もこの暗闇の中で世代を交代しながら生きながらえてきたんだろうね」
マリルは露骨に呆れた表情を見せてやった。それにも怯まず――いや、気付かずにか――ソラは話をやめない。自分の内にわいた興奮をとにかく誰かに聞いてほしいと言わんばかりに。
――どうやったら、あんなに目を爛々とさせられるんだろう……。
こんなことで――と思わずにはいられなかった。
「じゃあ、あの悪魔は何なんだよ――」
口走ってしまってから、しまったとマリルは後悔する。どうして、そんな合いの手を入れてしまったのだろうか。
聞くまでもない――。
ソラの目が前にも増して輝く。ほら興味が出てきただろうと、その目が語っているようで、マリルはひどく癪にさわった。
「そりゃあ、もちろんこの遺跡を守っているんだよ。何百年たっても朽ちない。不滅のガーディアンとして、この遺跡に封じ込められているんだろうね。こんなに最適な守り主は他にいないよ」
また尋ねるのも腹立たしかったが、マリルの中にふと引っかかるものがあった。答えは分かりきっていたが、どうしても確認せずにはいられなかったのである。不本意ではあったが、ソラに疑問を投げかける。
「封じ込められたって、誰に?」
ひと呼吸おいてソラが答える。
「秤の魔女の仕業だろうね。もう本当にとんでもない存在だ……」
「この奥に――もっと先に進んだら、何か隠されてるの? まさか、本人がいるってことはないよね……」
ソラは微笑んだ。不思議とひどく優しい表情だった。
「それはそれで恐ろしくもあるけど――正直、会ってみたいって気持ちもあるな。でも、やっぱりそれは無理だろうね。何百年も前の人だから。それに本当にいたかどうかも含めて謎なんだ……」
秤の魔女についてもう少し説明しておいた方がいいかなとソラは思った。そのとき、目の前の少女が小さなあくびをこぼす。マリル自身、決してその話に興味がなかったわけではない。だが、体は正直だ。初めてのダンジョンに心身ともに疲れきっていたのだろう。
「もう休もうか。先に寝てもらっていいよ。あとで見張りを交代してくれたら、ありがたい」
「それは構わないけど……あたいが見張ってて、またさっきみたいな奴が襲ってきたらどうするんだよ……」
急激な眠気に襲われ、マリルはもう限界に来ているようだった。目がとろんとしながらも、懸命に意識を保とうと言葉をしぼり出す。
「あたいじゃ何も……」
「大丈夫だよ。こちら側の壁の向こうはもう完全に地中で何もないから……だから、壁向こうから何かが襲ってくることもないし、それに眩しくて眠りにくいかもしれないけど、聖なる光もこれだけ灯している。扉の外の通路も結構な範囲で光を灯してるから、スライムもデーモンも寄ってこないと思うよ」
「それだけで本当に……」
眠り魔法にでもかかったみたいに、急激にそして強烈な睡魔にマリルは襲われた。抗うのはもう無理だった。
ソラは少女を安心させるために、もうひとつの仕掛けを説明する。
「探索魔法もずっと発動させているからね、何かが近づいてきてもすぐ分かるよ。僕が寝てても、何かが探索の網にかかったら自動的に気付かせてくれるんだ。よく一人で野営をするときなんかに……」
すぅすぅと可愛らしい寝息が聞こえてきた。ソラはそっと少女にローブをかけてやった。




