第3章―4
いつのまにか眠ってしまっていた。鼻腔をくすぐる、やけに食欲をそそるにおいに少女は目を覚まされた。
「よく眠れた?」
「あたい……どれだけ寝てた……?」
「ほんのちょっとだけ。もう少し寝ておいてもよかったのに」
――こんな良いにおいをさせておいて……。
絶対にこの男は、食事のにおいで自分を起こそうとしたに違いない。
ソラが鼻歌まじりで鍋からスープを器によそっている。その満足そうな横顔を見ていると、マリルは無性に腹が立ってくるのだった。
だが、同時にお腹もぐうと鳴る。ソラがこちらを向いて微笑んだ。マリルは顔が、かあっと熱くなるのを感じた。
――くそっ……!
もし相手がソラでなかったなら、マリルはその笑顔の持ち主を腰の短剣で脅していたかもしれない。
「さあ、どうぞ。起きたばっかりで食べれる?」
マリルは差し出された器を奪い取り、そっぽを向いてスプーンを口に運んだ。
「食事が済んだら、準備して遺跡に潜りたいんだ。いいかな?」
本当はとっとと逃げ出してもかまわなかった。自分の仕事に手を貸してもらった恩を引きずっているわけでもない。
――そんなものを後生大事に思ったところで、何の得にもなりゃしない。でも……。
その続きを言葉にするのがマリルにはためらわれた。めんどくさかったというのももちろんある。いろいろと考えるのは苦手だ。だが、実のところ少女は認めたくなかったのだ。自分の中にわき起こっている、その感情を……。
この頼りげのない男のことが気になりかけている――?
あやうく、その感情が形をなそうとして、頭から追い払おうとマリルはぶるぶる首を振った。
――今は身を潜めている方がいいんだ。だから、こいつと一緒にいるだけなんだ……。
そう少女は気持ちを取り繕うのだった。
昼過ぎに遺跡の探索は開始された。入り口はキャンプからほど近い岩壁に開いていた。
「なんだこりゃ、外から丸見えじゃんか。こんなところに遺跡があるなんて話、聞いたことなかったから、あたいはてっきり厳重に隠されてるもんだと思ってたんだけどね」
「そうだよねえ……」
ソラは苦笑いを浮かべていた。
「古い文献を調べてたら、この辺りに魔女のつくった迷宮があるって分かったんだ。それで調べにきてみたら――」
ソラの声がいったん停止する。当時のことが思い出されているのかもしれない。発見したときの衝撃を――。
「いや、絶対すぐには見つからないと思ってたんだ。何ヶ月も山を調べまわるつもりでいたんだよ。それがまさか……」
遺跡は隠されてなどいなかったのだ。巧みにカモフラージュされていて見つけるのは至難の業だろうと踏んでいたところに、突如としてその入り口は現れたのだった。探索開始、初日のことだ。
まるで導かれているかのように思えた――。
「まあ、偶然だよな……」
ソラはひとりごちる。
「こんなので、よく今まで誰にも見つけられなかったもんだ」
「本当にそうなんだよ。入り口も別に特別な封印が施されていたわけでもなくって、このレリーフの彫られた大理石の扉にふれたら、すっと開いていったんだ」
「なんか、それって罠っぽくないか?」
確かにと、ソラは笑った。
「でも、中のダンジョンもそんなに大したものでもなかったんだけどね」
トラップを除けばと、ソラは苦笑しながら付け加える。
「まあいいや。とりあえず、そのトラップとやらがどんなものか見させてもらうよ」
マリルはソラを差し置き、ひとり遺跡の中へと足を踏み出した。その勇ましさに、思わず青年は笑みをこぼす。
先に進んで間もなく、遺跡の中は外からの光がまったくたどり着けない漆黒の闇に覆われていた。マリルは小型のランプを取り出そうと、腰の道具袋を手で探る。
「大丈夫、ランプはいらないよ」
ソラは少女の横に追いつき詠唱を始める。手を前に突き出すと、そこから幾条ものまばゆい光が放たれた。通路を飛翔していった光は、数カ所の天井にぶつかり、そこに白い明かりを灯していく。ダンジョンの中は、一気に外界と遜色のない明るさで照らされていったのだった。




