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第3章―2

「この湖に、本当に魔物って出ないのかな……?」

「さあ……? 魔物を見たって噂は聞いたことないけどね」

「町で聞いたんだけどさ。ここって大昔は砂漠だったんでしょ。なんか凄い魔法使いが、砂漠を湖に変えたって言い伝えがあるとかないとか……」

「そんなのおとぎ話に決まってるだろ。こんな、向こう岸が見えないような大きな湖、いったいどうやって作ったっていうんだよ」

「いや、なんかそれで魔物が寄りつかないとかなんとか……」

 マリルは、心底いらいらしているようだった。髪をくしゃくしゃとかき乱し、ソラを睨みつける。

「あのさ――どうやったら、今のこの状況で、そんな呑気に世間話ができるわけ? さっきから全然進んでないんだよ。夜が明ける前に向こう側に渡らないと本当にヤバいんだ。まだ、これだけしか離れていない。日が昇ったら丸見えになるんだよ!」

 マリルの頭から本当に湯気が昇っているように見えた。だが、マリルの熱が少し上がろうとも、その程度で生じる上昇気流では、あいかわらず風はつゆとも吹きそうにはなかった。

 ――いや、まあそれはそうなんだけどさ……。

「――さて、どうするかな……」

 ソラの頭の中の声が無意識にこぼれ出る。この状況下で、自分に出来ることは何だろう――。

 ――漕ぐにしても、オールはない……。

 ミスリルの剣をオール代わりにするか――?

 ソラは剣で舟を漕いでいる自分の姿を思い浮かべた。その自虐的でシュールな光景に思わず失笑する。

 そもそも、あったとして、この広大なフラモ湖を人力で渡りきれるものなのか?

 ――ここは、やっぱり魔法の出番だろうな……。

 だとして、どんな魔法を使えばいいのか――。

 ――風の魔法か……?

 まあ、順当な発想ではあるだろう。しかし、どこか非効率感は否めない。魔力によって生じた風が、すべて帆力に変換されるはずもないのは容易に想像できる。

 ――要は、ワンクッションおいているからダメなんだよ……。

 だから、直接、魔力によって舟を動かす駆動力を生じさせないといけない。ソラは舟を見渡した。ミスリルの剣が目にとまる。

 ――そうだよ、いつもやっていることじゃないか!

 ソラはミスリルの大剣に、舟を下水路の通路で固定していたロープをつないだ。その様子を、マリルは期待をこめた目で――ではなく、ひどく冷めた目で見つめていた。いや、どちらかというと軽蔑しているときの眼差しに近かったかもしれない。それはこの切迫した状況下で、ソラがあまりにも楽しそうに、うきうきとその作業をし始めたからだ。ときおり漏れてくる鼻歌は、マリルの神経を逆撫でするに充分であった。

 少女のそんな気持ちにはお構いなく――というより気づくこともできず――ソラは、鼻歌からシームレスに呪文の詠唱へと移っていったのである。

 ミスリルの大剣が浮かび上がる。ゆっくりと舟の前方に飛んでいく。つないでいたロープがぴんと張っていった。そして、

 ――ぐん!

 と、ソラとマリルの体をのけ反らせ、一気に舟は進み始めたのであった。

「こんな使い方もあるのか……」

 自らが起こした行動にも関わらず、ソラはひどく感嘆している様子であった。

 ――これが魔法使いって奴らか……!

 ソラを観察していて、思わずマリルはそんな異様な感覚を覚えたのだった。自分とはきっと考え方も生き様も違う人種……。

「これで何とかなりそうだね」

 ソラは振り返り、屈託のない笑顔を浮かべた。

 ――どうしてだろう……。

 マリルは思った。なぜかそのとき、心の奥底で、自分を助けてくれた人物にもかかわらず、彼女はその青年に小さな殺意を覚えたのだった。

「ああ、いや、そうじゃなかったな……」

 少女のそんな思いに気づくはずもなく、ソラは魔法で実現できるイメージを頭の中であれこれ模索しているようだった。

 ――別にミスリルの剣に引っ張らせなくてもよかったんだ……。

 直接、舟を動かせばよかったのだ。

 ――でも、だとしたら……。

 頭の中に思い描いたあるイメージに、ソラは思わず興奮を覚える。

 ――もしかすると、「あれ」に乗れるんじゃないのか……?

 星空を映した鏡のような湖面を、音もなく、舟はすべるように進んでいった。


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