表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
倭国大乱 観測者は全ての歴史を見届ける  作者: 明石
第四章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

214/216

第二百八話 悔恨と本気


「手合わせ。野見のみと」


俺は呆れ半分、驚き半分で声を上げた。

何を言い出すんだ宿禰は。


「野見と約束したのだ。サイに一本入れられたら、お前と同じように手解きをするとな」


「何でまたそんな……。時間の無駄だろ」


俺は台与と筑紫のみんなの為に、少しでも強くならないといけないんだ。

餓鬼のチャンバラごっこに付き合ってる暇はない。


「土器作りは無駄な時間じゃないの?」


ナビが横から口を出す。


「あれは、その、何だ。精神統一兼、身体を休める為の必要な時間っていうか」


鸕濡渟うちつくぬから学ぶ時間は、今の俺にとって、台与たちの次に大切なんだ。

子供のお守りと一緒にして欲しくない。


「サイ、野見は中々やるぞ。お前などよりも、余程武の才に恵まれている」


「へん、こんなガキが俺の相手になるかよ」


「それ、宿禰と探湯主くかぬしが、普段キミに思ってることだよ」


ナビ、うるさい。


「俺だってお前みたいなガキには用がないんだ。俺は宿禰殿に稽古をつけて貰いたいんだから、ごちゃごちゃ言わずにさっさと付き合え」


「ガキがガキって言うな」


「お前だってガキだろ」


「あ〜ん? じゃあお前、何個だよ?」


「俺は十歳だ」


「はい、ガキ。やっぱ、ガキ。俺は十二歳です。ザマーミロ」


「変わんねえじゃないか」


勝ち誇る俺を、野見が忌々しげに見上げる。

まったく子供は本当に生意気だな。


幼い頃の穂北彦ほきたひこを思い出すよ。


「口で戦っても仕方がないだろう。俺と手合わせしたいなら、つべこべ言わずに戦ってみろ」


「……わかったよ」


もうこうなれば、速攻終わらせる。

鸕濡渟の息子だろうと関係ない。怪我しない程度に叩き伏せてやる。


「サイ、木剣を用意した。野見とやる時はお互いそれを使え」


「ああ」


いつの間に用意したのか、宿禰は二振りの木剣をそれぞれ、俺と野見に手渡した。


野見の方は若干短く、剣というより小刀に近い。

俺たちの身長に合わせたのだろう。

そしてご丁寧にうるしまで塗ってある。


角度によって滑らかな光沢が、陽の光を反射して照っていた。

器用なもんだ。


「よし、始めろ」


合図と同時に、野見が一気に踏み込んできた。

その姿が、少しだけ宿禰と重なった。


素直すぎる突進を躱して、野見の背後をあっさりと奪った。

後頭部への一撃。これで終わりだ。


木剣振った瞬間、野見の身体が沈み込んだ。

俺の斬撃が空を斬る。


偶々(たまたま)転んだのか。

運のいい奴め。


俺は更に追撃をするべく、下段蹴りを見舞った。

野見は倒れたまま地べたを転がり、蹴りを避けて跳ね起きた。


けっこう身軽だな。


俺はすかさず突きを繰り出した。

鳩尾。


野見は防げないと見たのか、今度は後ろに転がって躱した。


ちょっと意表を突かれたが、これで終わりじゃない。

更に接近して右袈裟斬り。


今度は逆に、野見の方から突っ込んできた。


斬撃をくぐり抜け、懐に潜り込む。

俺が宿禰にやったのと同じ事を、今度は野見に仕掛けられた。


ならば、宿禰と同じようにすればいい。

俺は下がりながら蹴り上げを繰り出した。


だがそれを読んでいたように野見がまた飛びつき、俺の蹴り足にしがみついた。

態勢を崩され、その勢いのまま背中から地に倒れた。


野見は俺の上に跨っている。

まさかこんな子供に、マウントポジションを取られるなんて。


「く……、ああ……」


俺に一撃を見舞おうとした野見が、中途半端に剣を振り上げたまま動きを止めた。

苦しそうな声が、喉の奥から漏れ出る。


俺は倒されながら、剣の柄頭を野見の鳩尾にめり込ませていた。

息がうまくできず、野見の顔が青黒くなっている。


俺は野見を強引にどかして立ち上がった。


「それまでだな」


宿禰の低い声が聞こえた。

野見は未だに、地べたに転がったまま悶え苦しんでいる。


「宿禰、何でこんなことやらせたんだよ」


「お前の修練にもなる」


「まともな相手にならない」


「そうか? 少しだけ、肝が冷える瞬間もあったんじゃないのか」


「それは……」


確かに、十歳の子供として考えると、驚かされる場面もあった。

そして、自分が汗を流していることに気がついた。


「クソ、クソ、ちくしょう……」


いつの間にか野見が四つん這いになり、何度も地面に拳を打ち付けていた。

雨粒が落ちたような跡が、幾つか広がってもいた。


「野見、約束は約束だ。今日俺は、サイと立ち合う。お前は邪魔だ。どいていろ」


もう一度強く拳を叩きつけたあと、野見は黙って立ち上がった。

場所を空けても離れることはせず、俺と宿禰の立ち合いを、いつまでも睨みつけるように眺めていた。



翌日もその次の日も毎日、宿禰との前に野見と立ち合わされた。

未だにまともに攻撃を受けることはなかったが、日を追うごとに野見は戦いに慣れていった。

次第に怪我をさせないように倒すのが難しくなり、野見の身体には大きな痣が全身に増えていった。


それは、宿禰と闘ってる俺も同じだけど。


「宿禰、何であんなに野見に拘るんだ」


夜、探湯主くかぬしと宿禰の三人で炉を囲って飯を食いながら、俺は宿禰に問いかけた。


「サイ、明日は本気で野見と闘え」


俺の質問を完全に無視して、宿禰が短く呟いた。


「本気でって……」


「それが出来ないのであれば、お前はここに置いていく。筑紫には連れて行かん」


「いや、お前にそんなこと決められる筋合いは無いだろ。そもそも台与にこの旅を任されたのは俺なんだぞ」


「ああ、だから言葉では止められんな。ならば打ち据えて動けなくさせてでも、俺はお前を止める」


背筋が凍った。

宿禰が本気だと分かったからだ。


「探湯主、お前からも何か言ってくれよ」


助けを求めたが、探湯主は何も言葉を発することはなかった。

当たり前のように、一人食事を続けている。


「野見と本気で向き合えないようなら、お前は所詮そこまでの男だ。筑紫に行ってもすぐに死ぬ。それでは、女王に顔向けができん」


「台与との約束は、俺を筑紫まで送り届けることだろ」


「そうだ。だからお前をここに置いていっても、俺は女王との誓いを果たせなかった事になる。狗奴国との戦いが済み、まだ俺が生きていたら、女王にお詫び申し上げて自決しよう」


意味がわからない。

なぜ宿禰がそこまでするんだ。


到底納得はできない。

だけど宿禰の覚悟を見せられ、俺はそれ以上何も言うことが出来なかった。



翌日。

いつものように鸕濡渟うちつくぬと土器作りを行ったあとに、俺は野見との立ち合いを始めさせられた。


鸕濡渟も野見が何をしているのか気付いている筈だが、あいつから何かを言ってくることはない。


「もう良いだろ、宿禰」


肩で激しく息を繰り返しながら、俺は宿禰に切願した。

もう数え切れないほど、今日一日で野見を打ち倒している。


いつもは一度一本を決めれば、そこで止められていた。

だけど今日は、宿禰から待ったがかかる事はなかった。


野見も野見で、どれだけ打ち据えられようとも、何度でも立ち上がってくる。


「いい加減しろ。下手したら死ぬぞ」


「死んでもいい。弱いままなら……」


満身創痍になりながら、それでも俺を見据えながら、野見が俺に言った。


「何でそこまで」


「俺は、臆病者になりたくない。父上から、逃げたくない。強くなる。悔しいのは、もう嫌だ。死ぬよりも、嫌だ」


「野見……、お前まさか」


鸕濡渟から聞いた、二年前の出来事。

その時、野見は父である鸕濡渟に殺されかけた。

そこを、五十狭芹彦いさせりひこに救われた。


ただ巻き込まれてしまっただけだと思ってた。

けど違うのか。


強さに憧れるのも、この年頃の少年には良くあることだと。

幼稚な羨望だと思っていた。


でも、それも違う。


野見は、お前は。


「救おうとしたのか。父親を」


答えの代わりに、鋭い眼光が俺を刺した。


八歳の子供が、止めようとしたのか。

剣を手に持ち、惑い狂う父親を。

そして、殺されかけた。


その無力さを、お前は呪ったのか。


目の前の少年が、かつての自分と重なった。


首長。孫堅。御子様。都市牛利としごり。タケル、日御子。


死んでいった人たち。救えなかった人たち。悲しませた人たち。無力で、何もできなかった自分。


一緒なのか、こいつは。俺と。


「ほう……」


宿禰が声を漏らしたのが聞こえた。

俺は自分の頬を、拳で思い切り殴りつけた。

口の端から、血が流れ落ちる。


「お前、何やってんだよ……」


野見が目を丸くしている。


「野見、済まない」


「何がだよ」


俺は自分を恥じた。

真剣に野見と向き合わなかった自分を。

一人の漢の誇りと屈辱を、侮辱した自分を。


俺は呼吸を整えた。

構えを取り、野見に相対した。


「野見、こっからは本気まじだ」


「遅えよ、バカヤロー」


前に出た。

ゆっくりと。

野見もそれに応じる。


じりじりと、間合いが詰まっていく。

互いの気が限界まで膨らんで、弾けた気がした。


同時に、木剣を振り上げた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ