第二百六話 暴と技
「面白いな。俺もそちらへ着いて行くべきだった」
宿禰と合流した俺たちは、意宇の里の外れで、今日あったことを伝え合っていた。
山の麓だ。
焚火を囲んでいるが、冬の寒風はこの程度じゃ和らがない。
今日も野宿かと思うと、暗澹とした気持ちになる。
「しかし大叔父殿らしいな。鸕濡渟のことを気にして、わざわざ助けに行くなんてな」
宿禰は言葉通り、愉快そうに笑った。
何がそんなに嬉しいのか全く理解できない。
鸕濡渟と野見の親子のことを思うと、俺はまた気持ちが沈む。
「出雲振根は如何でしたか」
「詰まらん男だ。大和を憎みつつも、交易で得られる恩恵を捨てきれず、中途半端な関わりを繋げている。大叔父殿に討ち取られた温羅の方が、よほど潔かった」
「天叢雲剣については」
「ただ仲良くなるだけだと言ったろう、久志宇賀。剣の話しは一言も口にしていない。代わりに御真木入日子様の悪口を二つ三つ言ったら、気を良くして笑っていたよ」
「大和から来たってことは、伝えてあるんだな」
俺も二人の会話に参加した。
「ああ。筑紫の様子を気にした王に、無理矢理遣わされた傍系の王族と従者。それが俺たちの設定だ」
「わかった」
一応口裏は合わせないとな。
その設定とやらは覚えておこう。
「出雲振根は冬の間に寝泊まり出来る場所を提供してくれるようだが……」
そこまで言って、宿禰は何やら考え込む仕草をした。
「飯入根の息子、鸕濡渟だったか。やはり面白そうだ。サイ」
「なに?」
かじかんだ手に息を吹きかけながら、俺は宿禰に返事をした。
「鸕濡渟に弟子入りしたいという話し、お前本気か」
「ああ」
「なっ、鸕濡渟の気を引く方便ではないのか」
「それもあるけど、それだけじゃないよ。探湯主も見ただろう、鸕濡渟の作品の見事さを。同じ土器職人として、あの技を盗みたいと思うのは当然でしょ」
「盗むのは天叢雲剣だけで十分だ」
全く共感してくれない。
これだから芸術を理解できない、不粋な男は嫌なんだよ。
「いや、サイには本当に、鸕濡渟に弟子入りしてもらおう」
「マジで。いいの」
「宿禰殿、また貴方は面白がって。サイは豊鍬入媛様の為に、少しでも腕を磨く必要があるのですよ」
「だから腕を磨くんじゃん」
「土器作りの腕を磨いてどうする」
探湯主はかなりイライラしているようだ。
焚火の炎に負けないくらい、顔が真っ赤になりつつある。
「勿論修練は続ける。朝から昼は土器を作り、暗くなるまでは俺との立ち合いだ。どうせ一日中、俺の前に立っていることは出来ないのだからな」
「……まあ、それならば」
渋々、探湯主が了承した。
「では、先ずは家を造らなければな」
宿禰はそう言うと、また楽しそうに笑った。
翌日、宿禰はどこから呼んできたのか、十人ほどの屈強な男を連れ立って歩いてきた。
「宿禰、この人たちは」
「雇った」
「雇った?」
「ああ。女王から頂いた貴石やら鉄片やらを渡したら、喜んで雇われてくれたぞ」
確かにあれらはかなりの貴重品だ。
その辺の農民や奴婢に渡せば、十分人足を確保することは可能だろう。
場所は鸕濡渟のいる所から、少し川を登った所にある。
川沿いなので、木材の運搬はかなりスムーズだった。
俺たちも作業に加わり、丸三日で家が完成した。
直径四メートルほどの竪穴住居だ。
真ん中には炉が据えてある。
寒さを凌ぐことを考えると、却って広すぎない方がいい。
男三人で寝泊まりするのかと思うとぞっとするが。
「何か臭そうだから、わたしは中に入らないようにするね」
そう言って何だかんだ寂しがり屋のナビが、俺から離れるほどだった。
そして家が完成した翌日、今度は宿禰を伴い、三人で鸕濡渟の元を訪ねた。
「また来やがったのか。しかも増えてやがる」
もう大分慣れたが、息子である野見の嫌悪感丸出しの顔が、主の代わりに俺たちを迎えてくれた。
「宇治宿禰というものだ。ちょっと父君にお会いしたくてな。暫くはこの近くで住まわせて貰うことにした」
「はあ?」
素っ頓狂な声を上げる野見を無視して、宿禰は鸕濡渟の前に陣取った。
中々に威圧感のある宿禰を前にしても、鸕濡渟は眉一つ動かさず、粘土を捏ね続けていた。
「ふむ、少し失礼する」
おもむろに宿禰は鸕濡渟の顎を掴み上げ、無理矢理その瞳を覗き込んだ。
「お、おい宿禰」
「てめえ、何してんだコラ」
俺が止める間もなく、またもや野見が土器を投げつけた。
今度は焼成したばかりの、形を保ったままの土器だった。
だが宿禰は土器を見ることもせずに、片手を上げて受け止めた。
「サイの言う通り、見事なものだな」
掴んでから土器をしげしげと眺め、宿禰はそう呟いた。
「これほどの一品を投げつけるなんて勿体ないぞ、野見」
そう言って宿禰は野見に向かって、土器を軽く放った。
野見は慌てて両手でキャッチした。
宿禰は既に鸕濡渟に視線を戻していた。
品定めするかのように、注意深く覗き込んでいる。
「なるほどな」
気が済んだのか、宿禰は立ち上がり、鸕濡渟から離れた。
鸕濡渟は鸕濡渟で、何事もなかったように土をいじっている。
「お前、どういうつもりで」
「野見、父君を救いたいか」
「は?」
「俺たちなら、それが出来るかもしれん」
「何言ってんだお前。適当なこと抜かしてんじゃねえぞ」
野見が騒ぎ立てるが、宿禰は全く意に介していないようだった。
「サイ、始めないのか」
宿禰は野見を無視して、俺の方に声をかけた。
「いや、ああ」
それで当初の目的を思い出した。
俺は弾かれたように駈け出し、宿禰の代わりに鸕濡渟の傍に座った。
鸕濡渟は当然、俺に土器や埴輪の作り方を教えるつもりなどないだろう。
でも、こうして近くで見る分には、それを咎めることはない。
鸕濡渟のやり方を見て学び、俺は土器作りの達人になるのだ。
「一度嵌ると徹底的にのめり込むのは、人に対してだけじゃなかったんだね……」
ナビの呆れ声が、俺の背後から聴こえてきた。
それから五日経った。
やはり鸕濡渟は並じゃない。
先ずはその手際だ。正確かつ迅速で、普通の人間では目で追いきれないほどだ。
次々と一人で土器を量産していく。
俺は“観測者補正”をフルに利用して、じっくりとその手並みを観察し続けた。
土と砂の配合も見事すぎる。
粘土と一括りに言っても、状態は様々だ。
そこに湿度、気温なども加味して砂の配合を決めているようだ。
この感覚は理屈じゃない。
そして刷毛を握る手は、散りかけの花弁に触れるように慎重で優しい。
なのにそこから描かれる紋様は、圧倒させるほどにパワフルだ。
だが何よりも凄まじいと思ったのは、一つ一つの作品にかける熱量だ。
最初は虚ろな目で機械的に行っているように見えた。
それが誤りだと、俺はずっと見続けて気づいた。
寧ろ土に全神経を傾けているからこそ、外部の情報を完全に遮断するほどの集中力を発揮していられるんだ。
命を産み出す。
その目的に対する執念が、この男に異常なまでのエネルギーを与えている。
この苦しみから、この地獄から脱却したい。そんな悲しい思いが生み出した土器ではあるが、俺はそこに狂気じみた美しさを感じずにはいられなかった。
「サイ」
宿禰に呼ばれた。
もう時間か。
名残惜しいが仕方ない。明日もあるんだ。
俺は後ろ髪引かれる思いで立ち上がった。
「完全に目的を見失ってるよね」
「いや、違うよ。ただちょっと、切り替えが上手く出来ないって言うか、一つのことにしか集中出来ないんだよ」
ナビに弁明を告げて、俺は深く息を吸った。
鸕濡渟の家と工房を囲っている垣。
その前の開けた場所。
俺はそこで、宿禰と対峙している。
もう一度、深く息をする。
鸕濡渟のことは、一旦外へ追いやる。
台与、難升米、掖邪狗。
筑紫の民たち。
日御子が残した大切な者たち。
救う。
その為に、俺は力を取り戻す。
「見事だな」
宿禰が笑った。
更に深く集中する。
闘気。殺意。
黒耀石の刀子を、俺はゆっくり構えた。
構え終わるかどうかという頃合いで、宿禰が踏み込んできた。
本気ではない。
だが、物凄い速さだ。
宿禰の正拳突き。相変わらずこの男は、俺と素手で立ち合う。
俺も踏み込みながら、宿禰の拳を掻い潜った。
刀子は短い。そして俺の身体はまだ小さい。
懐に潜り込めば、それが利点となる。
逆手にした刀子を斬り上げた。
だが宿禰は飛び退り、難なくそれを躱す。
下がる脚で蹴り上げ。
上体を反らして何とか避けたが、顎先を空気が掠めた。
豪脚だ。
直撃していないのに、頭の中身を激しく掻き回されたような気分だ。
距離が空く。
宿禰と再び向き合う。
呼吸、二つ。
そして今度は、俺から宿禰に飛び込んだ。




