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倭国大乱 観測者は全ての歴史を見届ける  作者: 明石
第四章

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第二百三話 天叢雲剣


天叢雲剣あめのむらくものつるぎ……」


古代史に詳しくない俺でも、流石にそれは知っている。

古来より日本に伝わる三種の神器。


八尺瓊勾玉やさかにのまがたま

八咫鏡やたのかがみ

そして、

“天叢雲剣”


それが、この出雲にあるのか。


「なぜお前たちがあの剣のことを知っている」


「豊鍬入媛様の千里眼は、遍くこの倭国を見通しておられます」


「間諜でも放っていたか、ご苦労なことだ」


弁韓べんかんにも、繋がりが有りますれば」


任那みまなとか言う出先機関か。まだ機能しているとは驚きだ」


荒々しく座り込み、忙しなく腿の辺りを叩きつけている。


「筑紫を救うとか言ったか」


先ほどまでの大人しさは霧散している。

言葉遣いも乱暴になった。


「はい。その為にも、天叢雲剣が必要なのです」


「止めておけ。人に扱える代物ではない」


「何かあったのですか」


金官伽耶きんかんかや国。知っているか」


「いえ」


「弁韓の新興国だ。初代に首露しゅろ王という男がいてな、優秀な鍛冶師でもあった。その男が辰韓しんかん斯蘆国しろこくに贈ったのが、天叢雲剣だ」


辰韓?

飯入根の言葉に違和感を覚えた。

確か探湯主はさっき、馬韓から伝来したと言っていなかったか。


辰韓だと馬韓の敵国だ。

しかも弁韓とも敵対している。


「弁韓なら、辰韓は敵に当たるな。なぜそんな相手にわざわざ剣を贈ったのだ」


同じ疑問を思ったのか、宿禰が飯入根に問い質した。


「さあな。建前上は降伏だったのではないか。だが、首露王の狙いは他にあったと、私は考えている」


「他の狙いとは」


「天叢雲剣にかけた怨念だよ。持ち主を殺す。その力で、斯蘆国を滅ぼそうとした」


「莫迦莫迦しいな」


「現に斯蘆国の将はその剣を手にして死んだ。昔于老せきうろうとかいう男だ」


昔于老って。

俺と探湯主は宿禰の方に顔を向けた。


「剣が殺したのではない。俺と出会った。だから死んだ」


「お前は」


于道朱君うどうしゅくん。そう言えば分かるかな」


宇治宿禰うじのすくねか。まさかまみえることになろうとはな」


「見事な剣だった。それは覚えている。あの剣を前にして、確かに俺は死を覚悟した」


「だが、お前は生きた。ある意味、天叢雲剣に選ばれなかったのだろう」


飯入根の言葉を、宿禰は一笑に付した。


「昔于老は剣に呑まれるような漢ではなかったよ。奴がもう少し若ければ、結果は違っていたかもしれない」


宿禰の反駁に、飯入根はそれ以上何も言うことはなかった。

ただ、忌々しそうに宿禰から目を逸らすだけだった。


「で、昔于老が宿禰殿に討たれたあと、天叢雲剣はどうなったのですか」


探湯主が冷静に話しを戻した。


そう、天叢雲剣の出自が分かっても、それが巡り巡って出雲にある理由が分からない。


「伯済国が回収したのだ。そして剣を手にした王子が死んだ。金官伽耶国に再び剣が舞い戻り、息子がそれを手にした。いや、押し付けられたというべきかな」


「ご子息が金官伽耶国に?」


「出雲は大和と違い、直接弁韓との交易を結んでいる。我らは出雲振根により、実際のやり取りを命じられていたのだ」


なるほど。

確かに出雲は日本海側に面している。

北部九州と同じくらい、大陸との交流には適した地域だ。


「では、天叢雲剣を今お持ちなのは、ご子息ということですか」


「……いや、宝剣は出雲振根に献上した」


「振根殿は剣をどこに」


「あの剣には触れるな。もうこれ以上、答えるつもりもない」


飯入根は立ち上がり、俺たちに背を向けた。

もう立ち去れ。その背はそう言っていた。


「あんたらにとっても曰く付きの剣なんだろ。それを引き取ってやろうと言っているんだ、悪い話じゃない筈だ」


飯入根の背中に向けて、宿禰が軽い調子で声を掛けた。


だが飯入根は振り向く代わりに、その背を小刻みに震わせた。


「封印した剣をわざわざ外に出す必要はない。これ以上、余計な災いは起こさないでくれ」


「……お考えは理解しました。宿禰殿、行きましょう」


「ああ」


探湯主は飯入根の背に頭を下げ、宿禰を伴って出ていった。

戸惑いながらも、俺はその後に続いた。


「随分、あっさりと引き下がるんだな」


集落の外れまで戻ったところで、俺は二人に声をかけた。


正直、俺としてはほっとしている。

飯入根は明らかに天叢雲剣について、あれ以上触れられたくないようだった。

余程その剣が怖いのだろう。何だか気の毒に思えるほどだった。


剣の一振りで筑紫がどうにかなるとも思えない。

ここは諦めて、筑紫へ向かうのが賢明だろう。


「ああ、聞きたいことは聞き出せたからな。やはり豊鍬入媛様のお導きに間違いは無い」


「どういう意味だよ。諦めたんじゃないのか」


「莫迦を言うな。女王が必要だと仰られたんだぞ。何としても手に入れるに決まってるだろ」


「だけど宿禰。場所も分からないのにどうやって手に入れるんだ。もしかして、兄の出雲振根って奴に頼みに行くのか」


「いや、振根は飯入根以上に、大和に対して友好的ではない。宝剣を寄越せと言っても、応じる事はないだろう」


宿禰はあっさりとのたまった。

だったら、やっぱり無理じゃないか。


「だがな、場所が分からないと言うお前の言葉は誤りだ。飯入根は最後に、天叢雲剣の在り処を教えてくれたぞ」


いやいや、言ってないだろ。

寧ろ必死に隠そうとしていた。

剣がどこにあるかなんて見当もつかない。


「察しが悪いぞ、サイ」


探湯主だ。

少し呆れているような口調だった。


「出雲振根、そして封印という言葉。とくれば、その場所はもう分かりきっている」


「何処だよ、それ」


「出雲の神がおわす社殿。杵築きずきの社だ」


杵築の社。

全く聞き覚えがないが、二人はそこに宝剣があるって確信しているのか。


「出雲大社って言えば、流石のキミでもわかるでしょ。杵築大社はその旧称だよ」


ナビの言葉で現代の知識と繋がった。

その名前でだったら理解出来る。


大国主神を祀る、日本でも格式の高い神社の一つだ。


「けどさ探湯主、杵築の社に宝剣があるって分かっても、どうしようもないんじゃないか。振根にお願いしたって、取り次いでもらえない可能性が高いんだろ」


「ああ、だから頼みになど行かないさ」


「じゃあ、どうやって」


「盗むんだよ」


なんですと。





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