第二百三話 天叢雲剣
「天叢雲剣……」
古代史に詳しくない俺でも、流石にそれは知っている。
古来より日本に伝わる三種の神器。
“八尺瓊勾玉”
“八咫鏡”
そして、
“天叢雲剣”
それが、この出雲にあるのか。
「なぜお前たちがあの剣のことを知っている」
「豊鍬入媛様の千里眼は、遍くこの倭国を見通しておられます」
「間諜でも放っていたか、ご苦労なことだ」
「弁韓にも、繋がりが有りますれば」
「任那とか言う出先機関か。まだ機能しているとは驚きだ」
荒々しく座り込み、忙しなく腿の辺りを叩きつけている。
「筑紫を救うとか言ったか」
先ほどまでの大人しさは霧散している。
言葉遣いも乱暴になった。
「はい。その為にも、天叢雲剣が必要なのです」
「止めておけ。人に扱える代物ではない」
「何かあったのですか」
「金官伽耶国。知っているか」
「いえ」
「弁韓の新興国だ。初代に首露王という男がいてな、優秀な鍛冶師でもあった。その男が辰韓の斯蘆国に贈ったのが、天叢雲剣だ」
辰韓?
飯入根の言葉に違和感を覚えた。
確か探湯主はさっき、馬韓から伝来したと言っていなかったか。
辰韓だと馬韓の敵国だ。
しかも弁韓とも敵対している。
「弁韓なら、辰韓は敵に当たるな。なぜそんな相手にわざわざ剣を贈ったのだ」
同じ疑問を思ったのか、宿禰が飯入根に問い質した。
「さあな。建前上は降伏だったのではないか。だが、首露王の狙いは他にあったと、私は考えている」
「他の狙いとは」
「天叢雲剣にかけた怨念だよ。持ち主を殺す。その力で、斯蘆国を滅ぼそうとした」
「莫迦莫迦しいな」
「現に斯蘆国の将はその剣を手にして死んだ。昔于老とかいう男だ」
昔于老って。
俺と探湯主は宿禰の方に顔を向けた。
「剣が殺したのではない。俺と出会った。だから死んだ」
「お前は」
「于道朱君。そう言えば分かるかな」
「宇治宿禰か。まさか見えることになろうとはな」
「見事な剣だった。それは覚えている。あの剣を前にして、確かに俺は死を覚悟した」
「だが、お前は生きた。ある意味、天叢雲剣に選ばれなかったのだろう」
飯入根の言葉を、宿禰は一笑に付した。
「昔于老は剣に呑まれるような漢ではなかったよ。奴がもう少し若ければ、結果は違っていたかもしれない」
宿禰の反駁に、飯入根はそれ以上何も言うことはなかった。
ただ、忌々しそうに宿禰から目を逸らすだけだった。
「で、昔于老が宿禰殿に討たれたあと、天叢雲剣はどうなったのですか」
探湯主が冷静に話しを戻した。
そう、天叢雲剣の出自が分かっても、それが巡り巡って出雲にある理由が分からない。
「伯済国が回収したのだ。そして剣を手にした王子が死んだ。金官伽耶国に再び剣が舞い戻り、息子がそれを手にした。いや、押し付けられたというべきかな」
「ご子息が金官伽耶国に?」
「出雲は大和と違い、直接弁韓との交易を結んでいる。我らは出雲振根により、実際のやり取りを命じられていたのだ」
なるほど。
確かに出雲は日本海側に面している。
北部九州と同じくらい、大陸との交流には適した地域だ。
「では、天叢雲剣を今お持ちなのは、ご子息ということですか」
「……いや、宝剣は出雲振根に献上した」
「振根殿は剣をどこに」
「あの剣には触れるな。もうこれ以上、答えるつもりもない」
飯入根は立ち上がり、俺たちに背を向けた。
もう立ち去れ。その背はそう言っていた。
「あんたらにとっても曰く付きの剣なんだろ。それを引き取ってやろうと言っているんだ、悪い話じゃない筈だ」
飯入根の背中に向けて、宿禰が軽い調子で声を掛けた。
だが飯入根は振り向く代わりに、その背を小刻みに震わせた。
「封印した剣をわざわざ外に出す必要はない。これ以上、余計な災いは起こさないでくれ」
「……お考えは理解しました。宿禰殿、行きましょう」
「ああ」
探湯主は飯入根の背に頭を下げ、宿禰を伴って出ていった。
戸惑いながらも、俺はその後に続いた。
「随分、あっさりと引き下がるんだな」
集落の外れまで戻ったところで、俺は二人に声をかけた。
正直、俺としてはほっとしている。
飯入根は明らかに天叢雲剣について、あれ以上触れられたくないようだった。
余程その剣が怖いのだろう。何だか気の毒に思えるほどだった。
剣の一振りで筑紫がどうにかなるとも思えない。
ここは諦めて、筑紫へ向かうのが賢明だろう。
「ああ、聞きたいことは聞き出せたからな。やはり豊鍬入媛様のお導きに間違いは無い」
「どういう意味だよ。諦めたんじゃないのか」
「莫迦を言うな。女王が必要だと仰られたんだぞ。何としても手に入れるに決まってるだろ」
「だけど宿禰。場所も分からないのにどうやって手に入れるんだ。もしかして、兄の出雲振根って奴に頼みに行くのか」
「いや、振根は飯入根以上に、大和に対して友好的ではない。宝剣を寄越せと言っても、応じる事はないだろう」
宿禰はあっさりと宣った。
だったら、やっぱり無理じゃないか。
「だがな、場所が分からないと言うお前の言葉は誤りだ。飯入根は最後に、天叢雲剣の在り処を教えてくれたぞ」
いやいや、言ってないだろ。
寧ろ必死に隠そうとしていた。
剣がどこにあるかなんて見当もつかない。
「察しが悪いぞ、サイ」
探湯主だ。
少し呆れているような口調だった。
「出雲振根、そして封印という言葉。とくれば、その場所はもう分かりきっている」
「何処だよ、それ」
「出雲の神がおわす社殿。杵築の社だ」
杵築の社。
全く聞き覚えがないが、二人はそこに宝剣があるって確信しているのか。
「出雲大社って言えば、流石のキミでもわかるでしょ。杵築大社はその旧称だよ」
ナビの言葉で現代の知識と繋がった。
その名前でだったら理解出来る。
大国主神を祀る、日本でも格式の高い神社の一つだ。
「けどさ探湯主、杵築の社に宝剣があるって分かっても、どうしようもないんじゃないか。振根にお願いしたって、取り次いでもらえない可能性が高いんだろ」
「ああ、だから頼みになど行かないさ」
「じゃあ、どうやって」
「盗むんだよ」
なんですと。




