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倭国大乱 観測者は全ての歴史を見届ける  作者: 明石
第四章

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第二百二話 意宇の里


吉備きびのある山陽地方、そして目的地である出雲いずものある山陰地方。

これらを区切るように横たわる中国山地を縦断して、俺たちは出雲国はもう目の前というところまで辿り着いた。


山の木々の間から平野が見渡せる。

所々に集落が点在し、煮炊きの煙が立ち昇っていた。


だが何よりも強烈に視線を捉えるのは、海のように広がる巨大な湖だった。


「すげー、でけー」


圧巻のスケールに、俺は思わず感嘆の声を上げた。

同行者の探湯主くかぬし宿禰すくねも、思わず吐息を漏らしていた。

普段平静なこいつらも、流石にこの光景には息を呑むようだ。


「とても素直な感想だね」


他人の目に見えぬもう一人の旅の仲間、ナビだけは、湖でなく俺の横顔を微笑ましそうに眺めていた。


「なあ、あれなんて湖なんだ」


宍道湖しんじこだよ」


「しじみで有名な?」


「そうそう。けどこの時代は海抜が高いから、現代よりも大きいね。お隣の中海なかうみと殆ど繋がってて、島根半島が切り離されかけてるよ」


巨大な湖を中心とした古代国家。

それが出雲の国か。

来るのは初めてだ。

前世で俺が暮らしていた筑紫とは、ずっと仲が悪かったからな。


「なあ探湯主、ここに書かれている飯入根いいいりねっていうのが、この国の王なのか」


「いや、王は出雲いずもの振根ふるねという人物だ。飯入根はその弟に当たるらしい」


「らしいって、台与は入根のことを直接は知らないのか」


豊鍬入媛とよすきいりひめ様だ」


諦めないな、こいつも。


吉備津彦きびつひこ様を介してご存知だったようだ。そういう意味でも、豊鍬入媛様は、先ず吉備津彦様にお会いするようにと、我らに命じられたのだろう」


「あ、それってもしかして」


俺は腰に提げた袋というか、ポシェットに手を入れた。

針葉樹の樹皮で編んだものだ。

何かと便利なので、道中で立ち寄った集落で譲って貰った。


代わりに大和から持ってきた小さな翡翠を手渡した。

台与が路銀代わりに、こういった物を幾つか持たせてくれたのだ。


探湯主からは“釣り合ってない、無駄遣いするな”と小言を言われたけど。


そのポシェットから、俺は五十狭芹彦いさせりこから投げ渡された物を取り出した。


「飯入根には、これを見せろってことなのかな」


「吉備津彦様とゆかりの者であるという、証となるのだろうな」


俺は手に持ったそれを、改めてしげしげと眺めた。


埴輪はにわ……、だよな」


埴輪。

古墳とかに並べられる焼き物。

ポカンとしたちょっと間抜けな表情で、腕を上下に振っているような形の、踊るはにわのイメージが強い。

だけど俺の持っている埴輪は、全く別の形をしている。


「船だな。吉備は瀬戸内の海を使った、海上交易が盛んだ。馴染みある形を埴輪にしたのだろう」


探湯主の言う通り、埴輪はアーチを描いた準構造船に見える。

前後の船底からは土台のようなものがそのまま伸びている。


手の平三つ分くらいの幅だった。


「しかし見事だな。こんな形を見るのは初めてだ」


「そうなのか」


横から宿禰が口を挟んだ。

顎髭をしごきながら感心したように眺めている。


「先代女王の御陵みささぎにも埴輪が並んでいるが、このように複雑な形式のものは置いてないからな」


宿禰が言っているのは、畿内にある箸墓古墳のことだ。

大和国王であり、第十代崇神天皇に比定される御真木入日子みまきいりひこが、日御子の為に築いたものだ。


実際に日御子が埋葬されている訳ではない。

ただ、日御子を祀っているということ自体が重要なのだ。


今は最高神、天照大御神あまてらすおおみかみと同一視され、祈りを捧げるための祭壇となっている。


その内に日御子という名は消え、誰の為の墓だったのかも忘れられていくのだろう。


「あの御陵みささぎは嫌いなんだよね。だからどんな埴輪が並んでいるのか知らないんだけど」


「筒の上に壺が乗ったような形の物が殆どだな」


「壺? 人の形の物は無いのか」


「無かった筈だな」


そうなのか。

てことはもしかしてこの時代には、俺の知ってる形の埴輪は無かったってことか。


「三世紀後半はまだ埴輪が誕生して間もない頃なんだよ。宿禰の言うような円筒埴輪しか無かったの。

キミのイメージしてるのは、いわゆる形象埴輪って言って、作られるのは四世紀に入ってからだね」


ここぞとばかりにナビが解説を挟んだ。


知らなかった。

埴輪って言っても色々あるんだな。


「大和にまだ無いものが、なんで吉備には存在してるんだろうな」


「埴輪の発祥は吉備なのだ。大和の御陵に並んでいる埴輪も、殆どが吉備から仕入れたものだ」


「あ、だから吉備の方が進んでるんだ」


ようやく合点がいった。


それにしても形はともかく、これが焼き物としてもかなり立派なのは俺にも分かる。

この見事な赤褐色の焼き色に、均一化された厚み。

熟練の職人の仕事だと一目で分かる。

眺めているだけで惚れ惚れとしてしまった。


自然が作り出した宍道湖の圧倒的な景観も見事だが、手の中にある人のわざが生み出した芸術もまた、同じように尊いのだ。


「着いたぞ」


埴輪と景観に夢中になっている内に、目的の場所に到着したようだ。


宍道湖の東岸に寄り添うように構えられた集落だった。

このあたりは意宇おうの里と呼ばれている。

現、島根県松江市辺りらしい。


集落の奥に湖があり、小舟が何艘も浮かんでいるのが、小さく認められた。


「大和よりの遣いで参った者だ。意宇の長、飯入根殿に目通りを願いたい」


すっかり慣れた様子で、探湯主が里の者に声を掛けた。

そっと翡翠を握らせるのも、勿論忘れていない。


里の男はにんまりと笑い、集落の奥へと俺たちを伴っていった。


垣で囲われた平床の家々を横切り、畑のそばの畦道を進むと、三方を柵で覆われた、首長の敷地へと辿り着いた。


後方すぐには宍道湖が広がっている。


案内の男は見張りの男に何やら声をかけた後、俺たちを手招きした。


そして見張りの男に俺たちを引き渡すと、そそくさと去っていったのだった。


見張りの男に、飯入根の屋敷に招じ入れられた。


よくある平床の建物で、宿禰の屋敷と比べると、一回りほど狭い。

それでも、一人と三人が向かい合って座るには十分だった。


「大和とは交流がありますが、大夫殿が直接お見えになるのは初めてですな。しかも出雲ではなく、こちらの意宇にお越しになられるとは」


飯入根が口を開いた。

六十手前くらいか。

痩せていて、どことなく気の弱そうな顔だが、口調ははっきりとしている。

そして警戒を秘めた瞳は、思いの外強い眼光を放っている。

腐っても一つの里の長ということか。


「我が主、豊鍬入媛様が、出雲の盟主振根(ふるね)殿ではなく、意宇の長である飯入根殿を訪ねるようにとの仰せでした」


飯入根の眼差しに臆することなく、探湯主が淡々とした口調で告げた。


「申し訳ない。大和の王族の方々の事は、あまり存じ上げておりませぬ」


「では筑紫連合の女王、台与様とお伝えすればどうですかな」


飯入根の目の光が、別の物に変わった。


「なぜその名を」


「筑紫は台与様を、狗奴国の凶刃からお守りするため、大和にその御身を隠しました。今は大和国王、御真木入日子様のご養女として、大和の巫女長みこのおさとして、彼の地におわします」


「嘆かわしいことだ。親魏倭王の後継者が、かつての属国の庇護下に堕ちるとは」


「大和の民は心より、豊鍬入媛様を慕い、お守りする覚悟です。狗奴国から守り切る力も無い筑紫に残られるより、大和にいらっしゃる方が遥かに良い」


不味い。

飯入根が探湯主の地雷を踏んだ。

一気に剣呑とした空気に包まれ始めた。

宿禰は鷹揚とした態度で黙って座っている。

俺が視線を送ると、小さく顎をしゃくった。


“お前が何とかしろ”


そう言っているようだった。


くそ、こういう時こいつは全く役に立たない。


「あ、あのさ、飯入根さん。実はここに来る前に吉備に寄ったんだよ。そこで吉備津彦に渡されたんだけどさ」


俺はポシェットから例の船型の埴輪を取り出した。


飯入根の表情が変わる。


「吉備津彦殿から渡されただと」


「うん」


「寄越せ」


俺は言われた通り飯入根の傍までいき、持っていた埴輪を手渡した。


飯入根は奪い取るように、それでも壊さないように丁寧に、俺から埴輪を受け取った。


「間違いない、息子が焼いた物だ」


「息子さん?」


「ああ。息子は土師器作りの達人だ。だが、意宇の里以外に作品を広めることは決してない。出雲本国にさえもな」


「なのに何で、吉備津彦が持ってるんだよ」


「息子はなぜか吉備津彦殿にだけは心を開いている。吉備津彦殿もまた、息子の信を裏切るような真似はなされない。つまり、息子が作った埴輪を他国の者に預けることは決してない」


「サイ」


飯入根の真ん前に陣取っていた俺に、宿禰が声を掛けた。

振り向くと何かを払うように手を振った。


そこを退けってことだ。


まだ飯入根と話したかったけど、仕方なく俺は元の場所に戻った。


「つまりだ、飯入根殿。吉備津彦殿がそれを我らに託したということは、我らのことを余程信頼しているという事だ」


挑むように、少し面白がるように、宿禰が初めて飯入根に語りかけた。


「あなた方が盗んだのでなければな」


「吉備津彦殿が、そのような失態を犯すとでも」


「いや、考えられんな」


そして飯入根はゆっくりと息を吐いた。


「分かり申した。お話しだけはお窺いしよう」


宿禰は一先ず、満足そうに頷いた。

そして探湯主の方に視線を送り、探湯主は宿禰に頷き返した。


「では、私から申し上げます」


そして探湯主はいずまいを正し、両手を床についた。


「我が主、豊鍬入媛様は申されました、意宇の長、飯入根殿より、ある物をお貸し願うようにと」


「ある物とは」


馬韓ばかん伯済国はくさいこくより伝来せし宝剣……」


そこまで言った時、飯入根が突然立ち上がった。


血走った目を見開き、荒く呼吸を繰り返している。

たった一瞬で、何をこれほど動揺しているのか。


探湯主はそんな様子を意に介さず、次の言葉を粛々と続ける。


天叢雲剣あめのむらくものつるぎ


「何処でそれを」


「これを我らに、お与え頂きたい。筑紫を救うために」



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