表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
倭国大乱 観測者は全ての歴史を見届ける  作者: 明石
第四章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

204/216

第百九十八話 鍛える旅路


宇治から西へ進む。

難波津なにわつ、つまり大阪湾にぶつかった所で、海岸線に沿って吉備きびまで向かう。


ここからの旅程はかなり長い。

舟ではなく徒歩なので余計に時間もかかる。


俺の回復を待ってから出発したので、夏の盛りも過ぎて、もう秋になろうかという時期になっていた。


吉備に着く頃には、山々は朱や黄に色付いている事だろう。


難波津を左に眺めながら、俺、探湯主くかぬし宿禰すくねの三人は歩き続けていた。


「なるほど神憑きの子供か。女王はお前に宿る神を感じられ、目を付けられたということか」


道々の話しの種は、暫くは宿禰からの俺への質問攻めだった。


俺が台与と宿禰の関係を気にしたように、宿禰もまた、俺と台与の繋がりを知りたがった。


そして俺の素性も。


まさか前世からの付き合いです。などと言うことは出来ず、載斯烏越さしあえの考えた出任せを、そのまま使わせて貰うことにした。


例の“神憑きの子供”って設定だ。

丸っきり嘘でもないし。


「サイにお憑きになっている物好きな神も、子供を急に大人にする事はお出来にはならない。足手まといには代わりが無いがな」


「まあ見てろって、その内お前よりも強くなってやるから」


探湯主の辛辣な言葉にも大分慣れてきた。

こいつなりに、俺の身を案じてくれているのだ。


「何をニヤついているんだ、気持ち悪い」


眉をひそめながら、探湯主がまた悪態をついたが、取り敢えず聴こえない振りをした。


素直じゃないな、探湯主は。

本人に気付かれないように、俺はまた密かに笑った。


「ところで、その探湯主というのは何なのだ」


宿禰が何気ない調子で聞いてきた。


探湯主は本当の名前でなく、久志宇賀くしうかと言うのが本名だ。


宿禰の前で俺はずっとそう呼んでいたから、今更な気もする。

けど、考えてみれば尋ねるタイミングはこれまで無かったかも。


「台与がそう呼んでるんだよ」


台与は親しい人間には、独自の呼び名をつける。

因みに宿禰は“すっくん”だ。


「だからと言って、お前にまで探湯主と呼ばれる筋合いは無いがな」


「初対面でそう言われたから、それが名前だと思っちゃったんだよ」


あとから久志宇賀が名前だと分かったけど、今から変えるのは気持ち悪い。


「なるほど、合点がいった。しかし女王のお考えになる呼び名も、随分と凝ったものになってきたな」


「まあ、そっちは“すっくん”だもんな」


俺の相槌に、宿禰は苦笑した。


「久志宇賀に探湯主か。打ってつけだな」


宿禰は感心したように頷いていた。


「ごめん、逆に分かんない。探湯主だと何で打ってつけなんだ」


今度は俺から質問した。

今まで特に考えずに呼んでいたけど、よくよく考えれば意味は不明だ。


「私は神職だからな。うらないも得意なのだ」


なのだ。って言われても。

その答えが質問のイコールになる理由が分からないんですが。


盟神探湯くがたちからきてるんだよ、きっと」


疑問符を浮かべる俺に、ナビが笑顔で声をかけてきた。


指を光らせ、緑の軌跡を宙に描く。


“盟神探湯”という字が、そこに浮かぶ。


「え、だから何。つーか何これ」


「マジ? 分かんないの」


「うん」


「キミさ、史学科だったよね。他の学科ならともかく、キミ達からしたらこれくらい常識だよ」


いや、そんな事ないと思うけど。


「盟神探湯っていうのは、古墳時代の占いの一種だよ」


「なるほど。それで探湯主ね。確かに神職のこいつにぴったりだ」


突然俺に指を差された探湯主が少し怪訝な顔をしたが、特に突っ込むことはなかった。

いつもの事だと聞き流している。


「あ、ごめん、ごめん」


一応、愛想笑いを浮かべながら謝った。


一方、慣れてない宿禰は興味深そうに俺を眺めていた。


「今のが例の伊邪那美の神か」


「うん、まあ」


それで得心したように、宿禰は何度か頷き、それ以上追及することはなかった。


まだこの時代の人間は、神様が身近に居てくれて助かる。

もう少し時代が下ったら、この言い訳も通用しなくなるだろうな。


気をつけねば。




その後一度の野宿を挟み、現在は野山の中へと分け入っていた。


「六甲山系の山の中だね」


ナビが現在地を知らせてくれた。

てことは、まだ半分も進んでないってことか。


山にはかなり深く入り込んでいる。

傾斜のある獣道を登り、高く開けた場所に出ると、四方一面は木々に覆い尽くされていた。


「すげー、遠くの集落も何も見えない」


あまりもの絶景に、俺は自然と感嘆の声を漏らした。


「怖いか、サイ」


宿禰が俺の横に並び立ち、山を眺めながら呟いた。


「四方を森に囲まれるとな、まるで大海に放り込まれたような気分にならないか。森にいだかれれば、前後左右も分からなくなる。慣れぬ人間は、その恐怖に呑み込まれる」


「山の知識が無かったら、確かにそうかもな」


登山用GPSも無ければ、コンパスすらも発明されていない時代だ。

山歩きの危険度は現代の比ではない。


「お前は有ると言うのか」


「ああ、苔の生え方や雲の流れを見れば、大体の方角は予測できる。夜の星ならより正確だな」


「大したものだな。お前はずっと笠縫邑かさぬいのむらに住んでいたのだと思っていたが。山に入る事も多かったのか」


「あ、うん、まあ」


前世ではね。


弥生版登山ガールの日御子に、若い頃に時々付き合ってたからな。

その辺りの知識は日御子を通して身に付けていた。


ただ、日御子の場合は全部直感で理解してたから、「何で迷わないんだ」って聴いても、上手く言語化できないようだった。


ナビが分析した上で、俺に伝え直してくれたのだ。


「なるほどな、道理で余裕のある訳だ」


「まあね」


「いつまで経っても、今宵の分の食糧を探しに行かないので気になっていたのだが、要らぬ心配だったようだな」


「はい?」


何のことだ。

食糧だったらさっき探湯主が、兎を二羽射貫いてたじゃないか。

それはそれは鮮やかな手並みで。


「え、あの兎は」


「何がだ」


宿禰はきょとんとした顔をしている。


「探湯主の兎が有るだろ。三人なら充分な量じゃん」


「言っている意味が分からんのだが」


「え?」


「ん?」


「は?」


「んん?」


「え、なになになに、そのリアクション……。三人で分けるんじゃ」


「なぜだ?」


「なぜ、って……」


「あれは久志宇賀が、自分と俺のために獲ったものだ。お前の分ではない」


至極当然のことのように、何食わぬ顔で宿禰がそう返してきた。


いや、聞いてないんですけど。


「お前は足手まといではないのだろう。ならば俺たちは、旅の間に一切お前の面倒は見ない。食い物は自分で何とかしろ」


「いや、勿論そうだけど、少しは助け合っても良いんじゃ……」


「まあ、サイ殿は山に慣れておるようだからな。我らの助けなど必要ないだろ」


そう言って最後に、宿禰は底意地の悪そうな笑いをつけ足した。


この野郎……。




「戻ったか」


辺りは暗くなりつつある。


焚火を宿禰と囲んでいた探湯主が、葉っぱやら木の枝やらにまみれた俺に対して、何でもないように声を掛けた。


一目見れば、どれ程苦労してきたか分かるだろうに。


手にはまだビチビチと暴れ回る鮎が握られている。


あれから俺は一人で山奥に分け入り、獲物を探して彷徨い続けた。


弓だけは探湯主が貸してくれたが、それでも狩りは困難だった。


昔から俺は狩りが下手くそなのだ。


“観測者補正”で獲物の動きは余裕で追える。

だけど矢が全く当たらない。


ならばと、走って追いかけても無駄だ。

時間の流れは緩やかに感じるが、自分の動きまで速くなるわけではない。


徐々に遠ざかる獲物の影を、虚しく見送ることを延々と繰り返した。


最終的には近くでそれなりの大きさの川を見つけたので、魚を獲って帰ってくることが出来た。


魚なら、そっと近づいて捕まえられる。


「それだけで良いのか。なんとも慎ましいな」


「山の神様に気遣ったんだよ」


俺は探湯主に強がりを言って、勢いよく焚火の前に座り込んだ。


火も自分で熾せと言われるかと警戒したが、流石にそこまでではなかった。


鮎の排泄物を押し出したあと、黒耀石の刀子で手早くぬめりをこそぎ落とした。

まだ生きてる鮎に手頃な枝を刺してから、それを火に焚べた。


宿禰は焼けた兎を豪快に丸齧りしている。

一羽の兎はもう残り僅かだ。

整えられた髭には脂がついていて、炎の光で照り返されている。


何とも旨そうだ。


俺は生唾を呑み込んだ。


探湯主は兎を綺麗に分解して、少しずつ手に掴んで口に運んでいた。


もう既に食事は終えたようだが、半分近くがまだ残っている。


「あの〜、探湯主さん、食べ切れないなら俺が……」


「宿禰殿、まだ腹には入りますよね」


「お、いいのか」


俺が言い切る前に、探湯主は自分の分を全て宿禰に上げてしまった。


また旨そうに肉を頬張りはじめる。


この大人たちは……。

育ち盛りの子供を尻目に、良くも自分たちだけで楽しめるもんだ。


俺は恨めしげに宿禰と探湯主を眺めながら、焼けた鮎に喰らいついた。


美味いけど物足りない。




「サイ、では今日の修練を始めるとしよう」


探湯主に貰った分も平らげた宿禰が、おもむろに立ち上がった。


「え、なんのこ……」


“観測者補正”


踏み込みと飛び散る火の粉を、はっきりと眼が捉えた。


蹴り上げが俺を襲う。


食べかけの魚を放り出し、俺は後ろに転がった。


一回転仕切る直前で地を思い切り叩き、その勢いで飛び、立ち上がる。


「良く反応したな。流石だ」


言葉の割に表情が無い。

ただ、炎の光を灯した瞳に、暗い殺気が横たわっている。


「飯くらい喰わせてくれよ」


強がって笑った瞬間、宿禰が拳を突き出してきた。


何事もないように火に薪をべる探湯主の姿が、横目にちらついた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ