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倭国大乱 観測者は全ての歴史を見届ける  作者: 明石
第四章

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第百九十七話 測れぬ才能


飛び起きた。

俺はうつ伏せになっていて、腕で支えて上体だけを起こしていた。


「気絶していた……」


記憶が次第に戻ってくる。

だが、宿禰すくねに振り払われ、何とか刀子を握って起き上がった所までしか覚えていない。


「ナビ、最後に起き上がった後、俺は……」


「顔面に二発。お腹に一発。で、バタン」


そうか。結局あの後、何も出来ないままやられちまったのか。


「変な意地で無茶しちゃってさ。筑紫の皆を助ける前に、死んじゃったらどうすんのさ」


「いや、まあ、ぶっちゃけ、宿禰なら俺を殺す所まではいかないだろうって、目算はあった……」


「事故ってこともあるでしょ」


確かにな。

“観測者補正”があるから何とかなるとは思ってたけど、実際ちょっと死にかけた。

弾みで殺されててもおかしくなかったかも。


取り敢えず身を起こそうとしたが、全身に鈍い痛みが走り、俺は仰向けに転がり直すしか出来なかった。


意識が鮮明になり、痛みが蘇ると同時に、俺は自分の全身が濡れていることに気付いた。

その下の地面も。


汗ではない。

たぶん、水をぶっ掛けられたのだろう。


「気づいたか、サイ」


探湯主くかぬし……」


俺の顔を覗き込む、探湯主の顔がそこにあった。

不安と安堵がない混ぜになったような顔だ。


俺は起き上がろうとしたが、やはり上手くいかなかった。


痛みに悶える俺に、探湯主が手を貸してくれて、ようやく上体だけを起こすことが出来た。


「一応、心配はしてくれるんだな」


「……莫迦を言うな。お前に何かあれば、豊鍬入媛様に申し訳が立たぬだけだ」


そう言って顔を背けたが、俺の身体は支え続けてくれている。


「よお、宿禰……」


宿禰が俺を見下ろしていた。


手には布が巻かれている。

俺の投げた刀子でついた傷があるのだろう。


でも、怪我らしい怪我はそれだけだ。


俺はこれだけボコボコにされてるってのに。

丸腰の相手にここまで手も足も出ないなんて、我ながら情けない。


偉そうなことを言った手前、恥ずかしさも込み上げてくる。


「どうだ、サイ。俺は合格か」


宿禰が微かに笑みを浮かべながら、俺に問いかけてきた。


「いや、俺の力じゃアンタの力を測れなかった。予想以上に自分が弱くてビックリしてるよ」


そう、宿禰は本気を出していない。

確かに言葉通り、俺に対して容赦はしなかった。

けどそれが全ての力かどうかは別の話しだ。


本当にこいつが全力を出していたら、俺は開始直後に殺されていただろう。

寧ろ、測られていたのは俺の方だった訳だ。


「そうか、それは困ったな。では俺の合否は分からず終いか」


「いっそのこと、探湯主とやってみないか。こいつなら、今の俺よりも強いし」


「滅多なことを言うな。俺と宿禰殿が勝負になる訳ないだろう」


「分からんぞ久志宇賀。俺は正直、お前とも手合わせしてみたい。お前ほどの使い手は中々おらんのでな」


「宿禰殿まで……」


探湯主の狼狽え振りがツボに入ったのか、宿禰が口を空けて笑った。

意外と闊達な所も有るのかもしれない。


「まあ、その話しは後でいいだろう。先ずはサイの手当てからだな」


その言葉のあと、俺は何人かに、昨夜泊めさせて貰った家まで運び込まれたのだった。




「うーん、取り敢えず内臓が損傷してたり、骨が折れてたりってことはないみたいだね」


寝かしつけられた後、ナビが薄い黄金色に光らせた手を、俺の身体に突っ込んでまさぐっていた。

ナビは俺の身体に直接干渉する事は出来ない。


だから身体を治すことは出来ないけれど、こうやって状態を診ることは出来るらしい。


「分かったならもう良いよ。痛みが無くても、身体に手を突っ込まれるのってかなり気持ち悪いぞ。何か生温かいし」


「腹に風穴空けられた人がよく言うよ」


前世で呂布にやられた時の事を言っている。

あの時の傷痕は、当たり前だけど転生した今の身体には残っていない。


不思議とそれが寂しかったりもする。


「あ、でも左膝のお皿に少しひびが入ってる。ほんの少しだから、ちょっとすれば治るけど」


宿禰に頭突きで止められた時か。


「どんくらい?」


「最低でも二週間かな」


「そんな待ってられるかよ」


「自業自得でしょ」


俺の文句に対して、ナビが厳しく叱責した。

正論なだけに何も言い返せず、俺は恨めしそうにナビを見返すことしか出来なかった。


「サイ、調子はどうだ」


宿禰と探湯主が連れ立って、家の中に入ってきた。


「ああ、手当てのお陰で大分楽になったよ」


といっても、濡れた麻布で患部を冷やすくらいの処置だけど。


日御子や台与なら、もっと違った処置が出来るのだろう。

でも、それは二人が異常なだけだ。

この時代なら、これくらいが本当なのだ。


宿禰と探湯主が、俺の傍に並んで座った。


「話せるか」


「大丈夫だ」


宿禰に答えながら、俺は身をよじって起き上がった。


「サイ、俺はやはり女王の為に戦いたい。俺が共に戦う事を、認めてはくれぬか」


「認める認めぬもありません、宿禰殿。そもそもご助力を乞うているのは此方なのですから」


「いや、久志宇賀。これはおとこの意地の問題だ」


そう言って宿禰は、俺を真剣な目で見つめた。


そこには子供に対する侮りと甘さは微塵もない。

俺を一人の漢として見てくれている。


逆に俺が認めて貰えたようだ。

何だかこそばゆい。


「あ、落ちたな」


ナビが何か呟いたが、無視することにした。


「ごめん、宿禰。探湯主の言う通り、俺たちは結局お前の力に縋るしかないんだ。手合わせしたのは、なんつーのかな、俺の下らない拘りみたいなもんなんだ……」


「その拘りに命を賭けられたのなら、それはお前にとって、決して譲れない物だったのだろう」


勘弁してくれ。

倭国最強は、人格までも一流なのかよ。


俺は照れ隠しに、自分の右頬を掻いた。


「宿禰、改めて俺からも頼む。台与の為に俺たちに力を貸してほしい」


半分寝そべった状態のまま、俺は宿禰に頭を下げた。


「ああ、勿論だ」


「ありがとう、宿禰」


俺が礼を言った時、探湯主が小さく溜息を漏らした。

きっと、安堵から来るものなのだろう。


「宿禰殿、私からもお礼申し上げます。これで豊鍬入媛様の願いを、成就して差し上げることが出来る」


「どうだろうな。狗奴国の兵は勇猛だ。宇治の兵たちがどれだけ競り合えるかは、実際に戦ってみなければ分からん」


「然り。その為に豊鍬入媛様は、宿禰殿の他にあと御二方、助太刀してくれるであろう人物を示されました」


「はい」


そして探湯主は懐から一枚の木板を取り出した。

元は俺が台与から預かっていたものだが、宿禰との立ち合いの前に預かって貰っていた。


「これは……」


「豊鍬入媛様がここに、宿禰殿を含めた、御三方の御名前を記されておられます」


「そうか。だが生憎、俺は字が読めんのでな」


「サイ」


「あ、ああ……」


探湯主に木板を手渡された。

宿禰に読んでやれって事だ。


短いので覚えちゃってるけど、一応木板の字に目を落として読み上げた。


「宇治のすっくん。まあ、宿禰の事だな」


「間違いなく、女王がお書きになった物だな」


宿禰が少し笑った。


「で、吉備きびの桃さん。出雲いずも飯入根いいいりね。」


この二人が台与が指名した、宿禰の他に力になってくれるかもしれない人物だ。

とはいえ、地名と名前だけじゃどんな人間なのかさっぱり分からない。


探湯主は多少は知っているようだけど。


「吉備、そして出雲か……」


「心当たりが」


「一人な、吉備の方で」


「桃さんの方か……」


吉備の、桃さん。

これってまんま“あれ”だよな。


「我らは今年中に残りのお二人の元を訪ねて助力を得た後に、筑紫に入ります。次の春。それが戦いの時機となりましょう。それに合わせ、宿禰殿には兵を率いて、筑紫へと馳せ参じて頂きたいのです」


「なるほど、いきなり筑紫に乗り込む様な真似はせぬと言う訳か」


「はい。一年足らずではありますが、サイの成長を待つ期間としても、この旅を利用せよとの豊鍬入媛様のお申し付けです」


「サイか……」


宿禰が俺に視線を向ける。

立ち合いの時にも感じた、俺という存在を推し量るような眼差し。


「味方を募るのは私も同意ですが、豊鍬入媛様がサイに拘る真意が、この私には判りません。未熟な者を戦場に連れて、一体何が出来るというのでしょうか」


「探湯主、お前まだそんなこと言ってんのかよ。いい感じに認めてくれてたと思ってたのに」


俺は思わず抗議したが、探湯主はまったく取り合ってくれない。


「宿禰殿のご意見を伺いたい。サイは使い物になるのでしょうか」


「おいコラ、無視すんな」


「……分からん」


子供のような俺の喚きに紛れ、宿禰の呟きが屋敷に響いた。


探湯主が宿禰の方に身を乗り出した。


「分からぬ。と言うことは、確信が持てるほどの力を、サイからは感じなかったという事ですね」


「悪い方に解釈し過ぎじゃない」


「黙れ、お前には関係ない話しをしている」


「いや、俺の話しだよね」


「久志宇賀」


口論になりかけた俺と探湯主のやり取りは、宿禰の低い声に遮られた。


ぴたりと動きを止めて、二人同時に宿禰の方に目を向ける。


「分からぬと言うのは、俺ではこの男の底を測りきれなかったからだ」


「……どういう事でしょうか」


「何か有る。それは間違いない。だがそれがどんな物で、どれ程の物なのか、俺には測ることが出来なかった」


“観測者補正”の力の事だろうか。

動体視力と反応速度を、常人よりも底上げしてくれる。


そのおかけで、ロクに鍛えていない子供の身体でも、宿禰の前にしばらくは立っていられた。


「確かに子供にしては戦えるようでしたが……」


「それだけでは無いと思う。だが、それがお分かりになるのは女王だけだ。俺たちのような凡夫には見えぬ物が、女王には見えておられるのだろう」


探湯主がとうとう押し黙った。

台与の名前を出されると、この男は弱い。


元々俺を連れて行くように命じたのも彼女なのだから。


「よし、久志宇賀。俺は決めたぞ」


宿禰が何かを決断するように、強く膝を打った。


「決めた? 何を」


「お前たちの旅に、俺も同行させてもらう」


「宿禰殿、何を」


探湯主だけでなく、俺までも驚いた。

宇治の長が領土を放って旅に出るなど。


ちょっと行って戻ってくるだけならまだしも、下手したらいつ帰れるかも分からないって言うのに。


それを理解しているのか疑いたくなるほど、宿禰はお気楽な調子で続ける。


「俺はサイにどうしようもなく興味を引かれた。こいつを鍛える為の旅でもあるというのなら、俺もそれに加わりたいのだ」


そしてもう一度、宿禰は俺に視線を移した。


敵意は無い。

だが武人特有の激しい闘気が、その眼差しに込められている。


強い敵に出会えた喜び。

違う。

もっと俗な感情。

作りかけのご馳走を前にした飢餓者のような。


「手を加えれば、面白いことになるやも知れん」


卑しく口を歪めたその笑みには、先ほどの人格者としての顔は欠片も残っていなかった。


結局こいつも、どこかイカれてるって訳か。





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