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倭国大乱 観測者は全ての歴史を見届ける  作者: 明石
第四章

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第百九十五話 真の英雄


明朝、迎えに来た男に連れられて、俺と探湯主は宿禰の屋敷に赴いた。


“奴婢ごときが、宿禰殿に目通り出来ると思うな”


くらいのことは探湯主に言われると思ったが、俺の同行に特に何も言わなかった。


昨夜のことで、少しだけ俺を認めてくれたのかもしれない。


宿禰も宿禰で、奴婢の俺が屋敷に上がることに、特に咎め立てはしなかった。


屋敷は壁と屋根のある平床式で、竪穴式で屋根を地面に被せただけのような、庶民の家とは造りも大きさも違う。


炉は壁際の真ん中に設えられており、真ん中にあるより室内がすっきりしている。


広さは畳12畳分くらいだろうか。


「初期古墳時代の最新式だね。集落を見ただけでも分かったけど、宿禰はかなりの力を持った豪族みたいだね」


ナビも楽しそうに室内を眺めながら、宿禰の評を述べた。


筵の上に探湯主と並んで腰を下ろしている。


真正面には主である、宇治宿禰うじのすくねが単座していた。


「あの筑紫連合国が、そのようなことになっていようとはな」


事のあらましは昨日の夜に探湯主が伝えていたが、更に詳細な状況を改めて説明していた。


聴き終えた宿禰は、長い吐息を漏らしながら呟いた。


鋭い眼光は俺たちの方に向けられているが、どこか遠い目をしている。

この男が見ているのは、今なお狗奴国の脅威に晒されている、筑紫連合なのかもしれない。


久志宇賀くしうか、女王はご悲嘆に暮れてはおられぬか」


久志宇賀は探湯主の本当の名前だ。

普段俺が使っている呼び名は、台与が付けたあだ名みたいなものだ。


「常と変わらず、明るく振る舞っておられます。以前は気丈な態度を心がけておられるようにも見えました。ですが今は、確かな希望をお持ちのように見受けられます」


探湯主は最後に、俺の方をちらりと盗み見た。


その視線の意味が、俺には良く分からなかったけど。


「そうか。お強い方だからな」


納得したように、宿禰が頷いた。


台与の事をそれなりに知っているような口振りだ。


二人は一体、どこで接点を持ったのだろうか。

探湯主と違って、宿禰は宇治に籠りっきりのようだし……。


「サイとか言ったな」


我ながら不躾な視線に気付き、宿禰の方から声をかけてきた。


「あ、ああ」


「何か気になるのであれば、遠慮なく申してみよ」


眼光は鋭いが、その奥の瞳には、奴婢の俺を蔑むような色はなかった。


「二人の事が気になったんだ。台与とあんたは、どこで知り合ったんだ?」


「学ばない奴だな、お前は」


すかさず探湯主の雷が落ちた。

怒りの形相で俺の片腕を掴み、鮮やかに捻り上げた。


今度もそれを防ぐことが出来なかった。


「いででででで。……ごめん、つい」


「やはりお前は叩き出して……」


「構わん、久志宇賀。放してやれ」


「しかし」


「俺が良いと言ってるんだ」


宿禰が取りなしてくれたお陰で、俺の腕は解放された。


だが探湯主は、憮然とした顔を崩さなかった。


上がりかけた彼の評価を、また落としてしまったようだ。


「俺が女王の事を、なぜ存じ上げているのか。だったな」


捻られた腕を擦り続ける俺に、宿禰が淡々と話し掛けた。


「ああ。しかも女王という呼び名も気になる。宿禰は台与のことを、筑紫の女王として認識しているってことだよな」


「その通りだ。俺は昔、女王より多大なる恩義をお与え頂いたことがある」


「恩義?」


宿禰が頷く。


「お前は知らぬだろうが、十三年前に倭国と辰韓しんかんの間で、大きな戦が起きたのだ」


辰韓。

朝鮮半島の東側に位置する国家群で、後に新羅しらぎという国に統合される地域だ。


古来より倭国との折り合いが悪く、度々戦になることもあった。


前世の俺がいた筑紫連合国も、その期間に二度、辰韓と戦っている。


「また筑紫と辰韓が戦になったのか」


台与と難升米がいて、わざわざ辰韓と戦うような愚を犯すとは思えないが、向こうから攻めてくるということは十分あり得る。


朝鮮半島にある、筑紫連合国の出先機関である任那みまなを守る為にも、攻められれば戦うしかない。


「いや、筑紫ではない。ここ河内だ」


「河内が」


ますます分からない。

河内は古来より戦を好まぬ国の集まりだ。


それに日本海側でもない為に、辰韓との直接のやり取りもなかった。


それなのに、なぜ戦などに発展するのか。


それを俺は宿禰に問い質した。


今度は反対に、宿禰が興味深そうに俺を見つめた。


「サイ。やはりお前はただの子供ではないな」


感嘆したように呟いた。

傍らの探湯主も目を見張っている。


確かに奴婢の子供が、ここまでの情報を持っているなど異常だろう。

でも俺はもう、完全に開き直っている。


転生者だとバレなければそれでいいのだ。


ナビはやれやれと首を振っているが。


「お前の言う通りだ。河内は戦など滅多に行わんし、辰韓のあるからの国々と、直接の繋がりも無い。今まで河内は、主に筑紫を経由して、韓からもたらされる鉄などの資源を手に入れていた」


元々倭国内の物流の集積地だった河内は、筑紫から得られる朝鮮半島の恩恵が加わったことで、大和を中心に筑紫以上の国家群へと成長した。


「だが、御眞木入日子殿の方針により、河内が直接、韓と繋がる道を作り出そうとした」


「その相手が辰韓だったわけか」


「一年ほどは上手くいっていた。だが、倭国の使者と辰韓との間で、些細な生き違いがあった」


「些細な生き違いって?」


「さあな。交易品の交換比率で揉めた事くらいしか聴いておらん。だが、それにより倭国の使者は辰韓で殺された。斬ったのは昔于老せきうろうという将軍だ」


「昔于老」


驚きのあまり、自分でも想像以上にでかい声を出してしまった。


けど仕方ないだろう。

まさかここで、あの昔于老の名を聞くなんて思わないのだから。


昔于老は辰韓諸国の一つ、斯蘆国しろこくの王族であり将でもある男だ。


かつて俺の友、タケルとも引き分けた事がある。

直接手を合わせたことは無いが、俺にとっても因縁のある相手だ。


「知っているのか」


「あ、いや、その……」


流石に俺が昔于老の事を知っているのはおかしい。


俺は答えに詰まってしまった。


「……その後、昔于老は辰韓各国に檄を発して軍を起こし、倭国へと攻め入る姿勢を示した」


しどろもどろになる俺にそれ以上の追求はせず、宿禰は話しを続けた。


「え、めちゃくちゃ大事おおごとになってるじゃないか」


「左様。辰韓に攻め入られれば、河内はただでは済まん。御眞木入日子殿もすぐに我ら各氏族や王族たちに声をかけ、逆に辰韓への派兵を命じられた」


「とんだとばっちりだな……」


「だが河内の軍勢だけでは、辰韓の軍に太刀打ちできる筈もなかった。そこで御眞木入日子殿は……」


「分かった。台与に泣きついた訳だ」


俺は宿禰の言葉に被せて、先に答えた。


そして宿禰も、俺の言葉に首肯した。


あの男は昔からそうだ。

普段甘い汁だけ啜って裏でコソコソ策謀を巡らすくせに、困った事があればすぐに俺たちに頼ろうとする。


日御子も台与も同盟相手を見捨てるような真似はしない。

だから余計に、御眞木彦は増長したんじゃないだろうか。


ムカつく野郎だ、本当に。


「御眞木入日子殿は筑紫への遣いを俺の父に任された。だが、当時から父は病に伏せていた。そこで俺が名代として、筑紫を訪れたという訳だ」


「なるほど、そこで台与に出会ったわけか。そしてあいつは、あっさりと加勢を承諾した。それがアンタが台与から受けた恩義ってやつなんだな」


「それだけではない。倭国が辰韓を退ける事ができたのは、女王ご自身のお力によるところが大きい」


「台与自身の力?」


「女王は密かに、辰韓討伐への戦に従軍なされたのだ」


「じゅ、じゅ、じゅ、従軍」「どういうことだ、宿禰殿。初耳ですぞ」


俺だけでなく、今度は探湯主も騒ぎ出した。

いや、俺以上に興奮している。


敷かれた筵から飛び出して、宿禰の目の前に顔を突き出している。


「と、豊鍬入媛様が戦場に参られただと。どういう事だ。何を考えている。なぜ誰もお止めしなかったのだ。お怪我は。お怪我はされてないだろうな。豊鍬入媛様の玉肌は、晋の国にある全ての絹布を集めても、その価値には及ばんのだぞ」


至近距離で息継ぎなしで捲し立てている。

お前も大概無礼者じゃないか。


「安心しろ、久志宇賀。従軍と言っても、軍の最後方の更に後ろから、護衛と共に我らをお見守りになられていただけだ。お怪我どころか、敵兵にその御姿すらさらされてはおらん」


「そ、そうですか……」


「分かったら離れてはくれぬか」


「ご、ご無礼いたしました」


恐ろしく素早い動きで、探湯主が元の場所に戻った。

恐縮したように、座ったままの状態で何度も頭を下げている。


すっかり話しの腰を折られてしまったが、お陰で冷静になれた。


自分よりも慌てている人間を見ると、却って落ち着いてしまうものだ。


「だったら宿禰。何のために台与は、お前たちについて行ったんだ」


「どっちもどっち。女王はそう申されていた」


「それって辰韓も悪いけど、倭国も同じくらい悪いってことか」


「その通りだ。なので女王は勝ち負けよりも、なるべく犠牲を少なく戦を終わらせる事を一義とするようにと、我らにお命じになられた。又、その為の道も女王がご用意されたのだ」


戦を早く終わらせる為の道。


「和平か。けど、どう説得しようとも、敵が安々と矛を収めるとは思えないけど」


「ああ。だからこそ、女王は“なるべく少なく”と、仰られたのだ」


宿禰は顔を上に向けた。

当時の景色を思い起こしているようだった。


「鬼道の女王」


ぼそりと呟いた宿禰の言葉に、俺は敏感に反応した。


その異名は先代女王、日御子が呼ばれていたものだ。


後漢の道士、于吉からの流れを汲む“太平清領書”の教え。


神仙思想だけに留まらず、占術、医術、気象術と、その教義の範囲は多岐に渡る。


「その御力は本物だった」


宿禰の話しは続く。

それは俺たちに言い聞かせていると言うより、当時を回顧するために言葉を紡いでいるようにも見えた。


「我らは先ず女王のご指示に従い、辰韓に舟で攻め上がると見せかけ、その東部の于山国うざんこくの西岸に舟を寄せた」


「于山国って言うのは、現在の鬱陵島うるるんとうに当たる島国ね」


ナビが俺に囁いた。

日本語だとちょっと変な名前に聞こえる。


「そこで狙い澄ましたように海が荒れた。激しい豪雨と荒波に巻かれ、辰韓軍の半数以上の舟が転覆。生き残った舟も撤退せざるを得ない状況となった」


「道術の一つである、天を読む御力ですか。流石は豊鍬入媛様だ」


探湯主が感嘆の声を漏らした。


付け加えると、台与の持つ共感覚が、その気象術の精度を底上げしている。


俺も彼女のその力で、昔命を救われたことがある。


「島に流れ着いた敵兵を救助し、海が落ち着いたのを見計らい、我らは今度こそ辰韓の地に上陸した。昔于老は直ぐに迎え打って来たが、軍全体の混乱は収めきれていなかった」


「その後の話しは私も聞き及んでいます。そこで宿禰殿は昔于老を討ち取られ、戦の趨勢を決せられた」


いや、ちょっと待ってくれ。

今、何て言った?


「いや、確かにその後直ぐに戦は終わったが、それを可能としたのも、やはり女王のご差配によるものだ。追撃を固く禁じられ、討ち取った昔于老の骸と捕虜たちは、丁重に辰韓へと受け渡すようにとお申し付けになられた。その甲斐あって、辰韓との和睦は円滑に……」


「昔于老を討っただって」


俺は腰を浮かして声を上げた。


宿禰と探湯主が、揃って俺を見上げる。


「おい、まだ宿禰殿の話しの途中だろ」


「いや、ごめん。でももう大丈夫。台与との関係は大体わかった」


「お前、何を勝手な……」


「昔于老を俺が討ったからといって、何だと言うのだ」


宿禰が探湯主を手で制して、俺に問いかけた。


俺を見定めまいとする、厳しい眼光が無遠慮に向けられる。


普段なら思わず射竦められそうだが、今の俺はそれどころじゃない。


「本当なのか、本当にお前が、昔于老を討ったのか」


これから俺は、宿禰と一緒に筑紫を助けに行く。

ならば、こいつが強いなら強いほど良い筈だ。


それなのに、この感情は何だろう。


疑念。怒り。嫉妬。悔しさ。

形容し難い。


ただ、これだけは言える。

タケルでも討てなかった昔于老を、宿禰は倒した。俺はそれを素直に受け入れる事が出来ないと。


下らない拘りだとは分かってる。

でも俺はタケルの代わりに、どうしても宿禰を試さずにはいられなかった。


「宿禰、俺と手合わせしてくれないか」


「……ほう」


タケル、お前は余計なお世話だと笑うんだろうな。


微かな殺意の眼差しを受け止めながら、俺は心の内で自嘲した。




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