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倭国大乱 観測者は全ての歴史を見届ける  作者: 明石
第四章

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第百九十話 先行く者


「助ける……?」


二人の叫びが、広間の中に響いている。

鼓膜がまだ震えている。


そんな中、俺はそれだけを呟いた。


「そうです、じじ様。助けてください。台与を、難升米なしめを、みんなを」


台与が日の御子に相応しい、太陽みたいな笑顔を浮かべた。

その光が、俺の心までもを照らす。


「ぐじぐじ、うじうじ考えててもしょうがないですよ、じじ様。そんなに過去を後悔するのなら、もうやる事は一つでしょ」


身体に血が巡る。

鼓動が響く。


「“過去”が繋げた“今”を救って、“未来”を変えちゃえば良いんですよ」


台与が力強く、俺の鼻先を指差した。


思わず面喰らいながらも、その言葉が身体に染み渡っていく。


そうだ。

台与の言う通りだ。


俺は握っていた両手を広げた。

それをゆっくりと持ち上げる。


それで思い切り両頬を叩いた。


「うわっ」


ナビが驚いた声を上げた。


渇いた大きな響きが、澱んだ空気を弾き飛ばした。


「ナビ」


立ち上がり、頬を赤く腫らしながら叫んだ。


「は、はい」


ビクリと身体を震わし、目を丸くして返事をする。


「ごめん」


「あー、やっぱり……」


呆れたように溜息をつく。


「こないだは、身近な人だけ護れればいいって、言ってなかった」


「言ったよ。だからだろ。台与たちは俺の……」


「身近で大切な人。って言うんでしょ。分かってるよ、もう」


ナビが腕を組み、怒ったように首を振る。

でも髪の間から覗き見えるその横顔は、確かに弛んでいた。


心の中で、彼女に感謝した。


「台与」


「はい、じじ様」


「助けて欲しいんだな、俺に」


俺の問いかけに、台与がまた笑った。

でもそれは、女王としての泰然とした笑みではない。


子供の時のままの、俺に全てをを預けるような、あどけなくて真っ白な笑顔だった。


「はい、助けて下さい」


まったく、敵わないな。


俺が欲しい言葉を、こいつらは俺よりも知っていたんだ。


慰めでも赦しでもない。

俺を動かす言葉は、この一言だったんだ。


載斯烏越にまで見透かされたのが少し癪だな。

でもいいさ、精々乗せられてやる。


「よし、お前らの頼みは分かった。いいぜ、救ってやるよ。お前らと俺の、大切な人間たちをな」


「さすが持衰様」


「じじ様、大好き」


台与と載斯烏越が大袈裟に囃し立てる。

俺もまあまあと手を振りながら、ヒーローを気取る。


とんだ茶番だが、今の俺たちには必要な事なんだ。


「そうと決まれば善は急げだ。載斯烏越、舟を用意しろ。筑紫まで一直線に漕ぎ出すぞ」


「あ、じじ様待って」


すっかりその気になった頭に、冷や水をぶっ掛けるような声で、台与が口を挟んだ。


「盛り上がってるとこ、ていうか、盛り上げちゃったところ悪いんだけど、一旦落ち着いて」


「いや、なに。何なんだよ」


「いやー、()()()()()()()()だと、直ぐにもっかい死んじゃうと思うから」


「はあ? 俺がそう簡単に」


言い終わる前に、台与が流麗な動きで素早く立ち上がった。


そして俺の目の前に立つと、背比べの要領で手を使いながら、俺と自分の身長を比較した。


大人にはなったが、一般的な成人女性よりも台与は小柄だ。


そんな台与と、俺の身長は殆ど変わらない。


「ね? 今じじ様はわたしよりも子供なんだよ」


「ぐぐ……」


そうだった。

よくよく考えたら、俺の身体は十二歳の子供の姿だ。

小学生がノコノコ戦場に現れたら、どうなるかなんて考えるまでもない。


「でもどうすんだよ。大人になってから筑紫に行けって言うのか。そんなことしてたら難升米たちは」


「うーん、大人になってからって言うより、()()()()()()()()、筑紫を目指せば良いんじゃないかな」


台与の言葉の意味が理解できず、俺の頭は疑問符だらけになった。


「あの、言ってる意味が良く……」


「それにどっちにしても、一人でなんて無理でしょ。まずは仲間を集めなくちゃ」


俺の疑問はそのままに、台与は容赦なく話しを進めていく。


「仲間って……。でも、大和は軍を動かしてくれないんじゃ」


台与の話しに着いていくため、俺は素早く疑問を投げかけた。


「そうですよ。だから大和以外にいる、わたしの仲良しさんに助けて貰うんです」


「仲良しさん?」


「うん。ねえ、あえちゃん」


「は、はい」


またも会話から弾かれ、ぼうっと突っ立っていた載斯烏越に声をかけた。


「今日ってさ、探湯主くかぬしくんも来てるよね」


「ああ、はい。そう言えば居ましたね。神聞勝かみききかつ殿に着いてきたみたいですけど」


「呼んできて」


「はい?」


「呼んできて」


ぽかんと開いた載斯烏越の口。

それがわなわなと震えだした。


「ま、まさか台与様、あいつを?」


「そうだよ」


「え〜、いやでも」


「お願い、あえちゃん。わたしはここから出られないし」


小さな両手を重ねて、載斯烏越におねだりのポーズをした。

肩の辺りまで伸びた琥珀色の髪が、さらりと揺れる。

台与もたいがい良い齢だが、その見た目は完全に可憐なる少女だ。


これに抗える男はあまりいないだろう。


「……うー、わかりましたよ」


台与に押され、渋々神殿から出ていった。

どんな人物を呼びに行ったのか。


載斯烏越の顔から察するに、ロクな奴じゃなさそうだが。


「さて」


二人きりになったのを確認して、台与が一つ手を打った。


「これからじじ様にはね、筑紫を目指しながら、仲間集めの旅に出てもらいす。その間に大きくなってもらって、身体も丈夫にしてもらって……ね、一石二鳥でしょ」


「いや、そんな悠長な……」


「一人じゃ無理だって言いましたよね。大和が兵を貸してくれない以上、各地にいるわたしの“友だち”に、助力を請いたほうが賢明じゃないですか。じじ様の修行にもなるしね」


「修行て。……でもいいのか。勝手に地方の有力者……、有力者なんだよな? を、動かして。御眞木彦の奴に悪い印象を与えないか」


「いい気はしないかもしれませんが、大丈夫ですよ。他国の判断で筑紫を助けるなら、その意思は尊重されます」


「確かに、本州の東海から西にかけての国々に対して、大和がそれなりに影響力を持っていたのは確認できる。でもこの時代はまだ、絶対的な盟主として君臨していたわけじゃないの」


ナビがさらりと補足説明を挟んだ。


なるほど。だから御眞木彦は、急いで各地の神様を取り込もうとしているのか。


俺がナビの話しに頷いていると、にわかに外が騒がしくなってきた。


「お、着いたかな」


台与が俺の後ろを覗き込む。

釣られて俺も、背後を振り返った。

直後、神殿の高床へ上がる梯子から、載斯烏越がひょこりと顔を出した。


「連れて参りました、台与さ……うわっ」


何者かの手が載斯烏越の肩に伸び、思い切り後ろに引いた。

バランスを崩した載斯烏越が視界から消え、梯子を揺らす激しい音が響き、地面を揺らした。


……落ちたな。


そして載斯烏越をそんな目に合わせたのであろう浅黒い手が床に掛かったと思いきや、一気に一人の男が飛び入ってきた。


日に焼けた肌とは正反対の、白い装束に身を包んでいる。

齢は二十代くらいだろうか。

中々端正な顔立ちをしている。


「お呼びでしょうか、豊鍬入媛さ……ブウォッホー」


台与の顔を見た瞬間、男が頭から後ろに倒れた。

神殿の床を盛大に打ち鳴らし、ひっくり返ったカエルのように地面に転がっている。


何が起こったのかさっぱり分からない。

だが、一つだけ言えることがある。


――こいつ、只者じゃない。


間、勢い、倒れる際の入射角、その後の姿勢。


どれを取っても完璧だ。

コテコテの昭和のリアクションだが、この時代においては遥か先に位置している。


古墳時代に、もうこんな男がいたなんて……。

俺は思わず、生唾を呑み込んだのだった。


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