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倭国大乱 観測者は全ての歴史を見届ける  作者: 明石
第四章

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第百八十六話 消えた巫女

日取り窓から陽光が差し込み、朝特有の澄んだ風が、竪穴住居の中を通り過ぎた。

僅かに残った火種の温もりは、晩冬の寒さにすっかり掻き消された。


俺は身体を少しだけ芋虫のように身体を身じろぎさせ、ゆっくりと起き上がった。


「朝か……」


「おはよう」


「ああ、おはよう」


ナビと軽い挨拶を交わす。

この時代に来て、この生活を始めるようになってから、ナビは決まって声をかけてくれる。


そんなナビに救われてるけど、俺が寝てる時、コイツはどうしているのだろう。

人間でないから睡眠は取らないだろうから、俺が起きるまでずっと一人で待っているのだろうか。


仮にそうだとしたら、ひどく退屈そうだ。


住居から這い出し、朝の空気を肺いっぱいに吸い込みながら、俺は大きく伸びをした。


この時代の空気はやはり美味い。

ただ暮らしてるだけで健康になれそうな爽やかさだ。


「さあ、出来きはどうかな」


俺は昨日燃やしていた焚火に目を落とした。

上に被っている、燃えて灰色に変色した泥を退かし、俺は焼成していた土器を取り出した。


「嘘だろ、割れてんじゃん」


今回は六つの土器を焼いていたのだが、そのうちの半数以上が割れていた。

この仕事を任されて一年近く経つが、未だにこういう失敗は多い。


「日干しが足りなかったか? それとも泥の被せ方が甘かったかな……」


「うーん、砂を入れ忘れてない?」


「あ、それか」


ナビの指摘通りだった。

粘土に混ぜる砂を忘れていた。


元々混入していた砂利も有るから、全部が割れてはいなかったけど、それが結果に現れてしまった。


「砂が少ないと土中の水分が逃げ道を失って、内部で破裂しちゃうんだよね。後は収縮してひび割れの原因にもなる。天日干しして乾かすのも同じ理由だね」


「なるほど、そういう理屈だったのか」


「多すぎても耐久性が下がるから、その辺のバランスは、まあ経験だよね」


土器を作り始めて一年近く。でもその理屈は初めて聞いたな。


「よう」


「あ、おはよーっす」


振り向くと、袖付きの麻衣に身を包んだ、三十代くらいの男が歩いてきていた。


父親、ではない。

俺の主人だ。


転生した俺は奴婢として生まれ変わっていた。

本当の親はもういない。

母親も奴婢の女性で、父親はそもそも分からない。


雑婚が当たり前なので、不特定多数の男女が互いに関係を持つ。

だから俺みたいな子供は珍しくない。


母親は俺が産まれてすぐに亡くなり、俺はその主人にそのまま仕えることになった。


「今日の分を取りに来たぞ」


「いやー、それが……」


俺は焚き火跡に目を向けた。

そこには割れた土器たちが転がっている。


「今日は一段と酷いな」


「面目ないッス」


主人は焼けた土器の前にかがみ込み、割れた土器を拾い上げた。

甕の形は保っているが、これでは使い物にならない。


「無事なのは二つだけか……」


そう言って割れてない土器の検分を始める。


俺はゴクリと生唾を飲み込む。

土器の出来次第で俺の給金、つまりは貰える食料や麻布の数が変わってくる。


「ドキドキだね」


「やかましい」


下らないことを呟くナビを小声で叱りつけた。


「ふむ、まあまあだな」


「まあまあッスか……」


「交易に出せない事はないがな。厚さが不均一だし、色味が悪い。もう少しだな」


「精進します……」


俺は肩を落とした。

去年から農閑期は土器の製作を命じられ、この冬の間はそればっかりに集中していたのに、未だ満足いくものは出来上がっていない。


「……これくらいだな」


主人は手に持っていた二つの皮袋を取り出した。

どちらもそれなりの膨らみがある。


主人は片方の皮袋の中身を、もう片方に移す。


パンパンの皮袋と、スカスカの皮袋の出来上がりだ。


「ほれ」


当たり前のようにスカスカの方を手渡された。

微かに重みが感じられる程度の量。

何とも心許ない。


その中身は米だ。

この時代の俺たちにとっては、貴重な食料源。


「こんだけ〜? 布は?」


「やれるわけないだろ、この出来栄えで」


「ケチ」


俺は子供らしい仕草で、唇を尖らせた。


「しょうがないだろ、去年は不作だったんだ。御眞木入日子みまきいりひこ王様が税を軽くして下さったとはいえ、苦しいのには変わりがないんだ」


御眞木入日子ってのは大和国の王であり、後の第十代天皇、崇神のことだ。


俺が死んでから生まれ変わるまでの間に、あいつはあらゆる政策を行ったようだ。


畿内各地の戸口を調査し、家族構成や土地の広さなどを基準に、課税の量を調節。

更に本州の広範囲から、それこそ女王日御子のいた北九州地方まで交易の網を伸ばし、倭国随一の交易大国として、大和国を発展させた。


民からの評判もすこぶる良好のようだ。


だが俺は知っている。

あいつが自己の利益のためなら、平気で他者を切り捨てる、超絶腹黒クソ野郎ということを。


「そんな顔するな。腕を上げれば、お前に渡せる物も増えてくる。それに、そろそろ田植えの時期だ。仕事が増えれば、その分も上乗せしてやるさ」


御眞木彦を思い出してムカついていただけなのだが、主人はそれを、取り分が少ないことに不満なのだと勘違いしたようだ。


「或いは、巫女様がまたこの地にお見えになれば。日の御子様の元へ帰られるため、西にお沈みになったあのお方が」


「……もう来ないよ」


()()()は。

もうここへは来ない。

俺がそうしたから。


「では、俺も戻るかな。皮袋は次に会った時に返せよ。これも貴重品だからな」


「世知辛いな……」


そして話しは終わったとでも言うように、主人は踵を返し、俺に背を向けた。


「け、何が御眞木入日子だよ。日の御子はお前じゃねえだろ」


主人の背中を見送りながら、俺は姿なき御眞木彦に悪態をついた。


「箸墓古墳を建造したのは、日御子ちゃんをそこに埋葬するだけでなく、彼女を祀るための祭壇としての意味もあったんだね」


「くそ、“造って良いですか?”ってアイツに言われた時、断ってやれば良かった」


「あの時は大和とも友好を関係を築いておきたかったもんね。仕方ないよ」


勿論、日御子の亡骸を箸墓に埋葬なんてしていない。

だが、アイツは勝手に日御子を崇め奉り、元々大和が奉じていた、三輪山の神と結びつけた。


「お陰で大和における日の御子として、御眞木彦が権威を高める事になっちまった」


「全ての神の頂点に立つのが太陽神って言うのは、民衆の実感としても分かりやすいからね。これによって大和国は、各地の神をも取り込み易くなった」


「神話の統合……」


ナビが静かに頷いた。


「そう……。この時代は如何にして神を味方につけるか。それが支配体制に大きく影響を与える。御眞木彦は八百万やおろずの神を祀る最高司祭として、倭国の頂点に君臨するつもりなんだよ」


「だとしたら、真の王は御眞木彦なんかじゃない」


正当なる日の御子の継承者は、あいつだけだ。


「いや、もう止めよう」


あいつも俺も、そんな事は望んでいない。

この国の平和が、一日でも長く続くならそれでいい。


御眞木彦への嫌悪感は、飽くまでも俺の個人的なものだ。


「そうだね。誰がこの国を率いようが、平和であるならそれでいい。それが日御子ちゃんと、あの子の願いだもんね」


御眞木彦がどうとか、倭国がどうとか。

それはもう、俺が考える事じゃない。

今の俺は、持衰じさいじゃないのだから。


俺は腰を落とし、土と火に向き合う、今の俺の日常に戻っていった。




古墳時代は今よりも寒冷だ。

だが、この熱射と傍らで炎を孕んだ火のかまくらは、俺の身体を芯から焼いていくようだ。


季節はもう夏になっている。

不便で何もない、単調で平和で、退屈で充足した毎日。


このまま世界の片隅で、ひっそり歴史を眺めながら年老いていく。

それが“観測者”に最も相応しい生き方なのだ。




――そう思っていたのに。




“歴史の強制力”が与える因果は、否応なく、俺を歴史の渦中へと引き込んでいくのだ。




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