年表 序章〜三章
20XX年
史学科の大学に通う学生が、歴史を修復するために、古代に転生させられる。
148年
主人公が弥生時代、北九州(佐賀県唐津市辺り)の竪穴住居で赤ん坊の姿で目覚める。
158年
吉備(岡山)や出雲(島根)で、土地を巡った戦が激化。
159年
九州まで戦乱が及びつつあり、生き残るため、主人公のいる集落の首長が伊都国の庇護下に入る。
170年
海から現れた吉備国が、伊都国を攻める。
海岸沿いの、主人公たちの集落が矢面に立たされ被害が出る。
伊都国を見限り、今の倭国では生き残れないと首長が判断し、漢(中国)を目指し舟で旅立つ。
主人公は航海を無事に終えるための生贄、持衰となる。
会稽郡句章県に辿り着き、重い税と引き換えに未開墾の地を与えられ、そこに倭人村を築く。
持衰は航海を成功させたことで、半ば神格化される。
171年
会稽郡で、許昌が漢からの独立を宣言。賊徒を束ね、近隣の民を襲い、金品を巻き上げる。
172年
許昌の部下、李魁が倭人村を襲う。
会稽郡司馬・孫堅に助けられ、倭人たちは共に戦うことに。
174年
孫堅が許昌との最終決戦に臨む。
倭人たちも従軍。
持衰も遅れて、その戦いに参加。
許昌と息子の許昭を討ち、乱を鎮圧するが、首長と持衰も死亡。
175年
主人公、句章の倭人村で転生。
184年
太平道の張角が、黄巾の乱を起こす。
佐軍司馬として、孫堅が黄巾討伐に参加。
主人公、倭人村を訪ねてきた于吉と、その弟子の宮崇と行動を共にする。
主人公、再び持衰と呼ばれるように。
黄巾の乱の主要人物たちが病や戦で没し、一応の収束を見る。
187年
涼州の反乱鎮圧で武功のあった董卓が、頭角を現し始める。
189年
後漢の霊帝が崩御。
後継を巡る争いが勃発。
霊帝の外戚だった何進が、宦官に殺害される。
少帝を廃し、弟の献帝を即位させ専横を始める。
190年
反董卓連合結成。
于吉が孫堅に招かれ、持衰も寿春まで同行する。
持衰、于吉たちと別れ、孫策と周瑜の元で、武術と軍略を学ぶ。
その後、周瑜と共に孫堅軍に合流。
191年
陽人の戦い
董卓の配下、胡軫を破る。
持衰、胡軫軍の武将、華雄を討ち取る。
大谷関の戦い
徐栄に勝利するも、董卓を取り逃す。
董卓は洛陽の主要施設を焼き討ちし、長安へ都を遷す。
洛陽市街戦
洛陽で追手を足止めする呂布と交戦。
持衰、重傷を負い、于吉の治療で一命を取り留める。
192年
襄陽の戦い
劉表との戦いで、孫堅が命を落とす。
持衰、倭人を率いて、再び倭国へ戻る。
邪馬壹国(宮崎県西都市)で受け入れてもらう。
ヒミコに出会う。
ヒミコ、宮崇の元で道術を学ぶ。
193年
漢から来た持衰たちの働きで、邪馬壹国が発展。
194年
邪馬壹国の評判を聞きつけた近隣の小国が、いくつか傘下に加わり始める。
ヒミコ、宮崇から学んだ道術を活かし、加盟国を巡って人々を救う。
ヒミコの評判が北九州を中心に広まり、邪馬壹国に加わることを希望する国が激増する。
196年
宮崎県に相当する地域の国の大部分が、邪馬壹国に組み込まれる。
持衰がヒミコの名前に、“日御子”という字を当てる。
国土が増したことで、強国との国境が近づき緊張感が高まる。
南の投馬国と争いが起きる。
197年
九州の中立国を巡る争いが、強国の間で起きる。
その間隙を突き、邪馬壹国が奴国の支配に晒されている不弥国を援助する。
日御子の働きで、奴国との停戦協定が成る。
その後、奴国をはじめとした北九州の強国と同盟。
動乱が落ち着く。
198年
日御子たちの父、邪馬壹国王が崩御。
日御子の兄・都萬彦が、御子の神託により王位を継承。
御子が神託の負担に耐え切れずに死去。
都萬彦が北部連合内で実権を握る。
199年
都萬彦が投馬国との戦いで、故意に同盟国の味方兵を敵に殺させる。
持衰、同盟国を手中に収めるために手段を選ばない都萬彦と、袂を分かつ事を決断する。
持衰、日御子を奉じて都萬彦と戦い勝利する。
都萬彦を捉えて家族諸共、漢へと配流する。
宮崇もこれに同行し、そのまま漢へ帰国する。
200年
日御子、北部九州連合の盟主として即位。
持衰、彼女の世話役として、側仕えを許された唯一の男子となる。
205年
タケル、大率として朝鮮半島との交易管理を担う。
タケル、伯済国(百済)と手を結び、斯蘆国(新羅)の昔于老と戦う。
その褒章として日御子への目通りを願うが、希望していた形ではなかった。
タケル、連合国の在り方と持衰に失望し、出奔する。
タケル、投馬国に脅かされている狗奴国を救い、そこに身を寄せる。
206年
タケルの働きにより、狗奴国の領土が急速に広がっていく。
タケルと狗奴国の王女・迦夜が婚姻を結ぶ。
タケルが投馬国を破る。
これにより、狗奴国が九州南部の覇権を握る。
208年
タケルと迦夜の間に、息子(狗奴健)が産まれる。
タケル、狗奴国王に反旗を翻し、王位を譲らせる。
卑弥弓呼と名を改めて即位する。
220年
魏の曹丕が献帝から禅譲され、皇帝となる。
後漢王朝滅亡。
238年
魏司馬懿が遼東の公孫淵を倒し、魏が帯方郡を得る。
東アジアの中華への玄関口が開く。
239年
難升米、都市牛利らが魏へ朝貢。
司馬懿より、朝鮮半島南部に倭国の出先機関を築くことを条件に、大量の下賜品と位を授かる。
240年
魏の返使、悌儁が倭国を訪れる。
日御子、正式に親魏倭王となる。
連合国と狗奴国の戦い。
魏と呉も参戦し、半ば代理戦争となる。
241年
持衰、畿内にある小国の王、根子彦(開化天皇)を支援。足がかりを作る。
242年
難升米が朝鮮半島南部の任那を支援。
斯蘆国の昔于老から守り切り、任那の地に倭国の出先機関を作ることを許される。
243年
掖邪狗、伊声耆らが魏へ朝貢。
244年
河内の根子彦が死去。息子の御眞木彦(崇神天皇)が後を継ぐ。
御眞木彦、国名を大和国と定める。
御眞木彦、日御子の陵墓であり、彼女を祀るための祭壇となる箸墓古墳を建造。
246年
連合国と狗奴国の戦い。
狗奴国王・卑弥弓呼が討ち死に。
台与が河内の笠縫邑で、疫病と飢饉を鎮める。
247年
魏の仲介を得て、狗奴国と和睦を結ぶ。
248年
日御子崩御。
弟の穂北彦が、北部九州連合の盟主となる。
吉備の鬼城山で、温羅が大和に対して反乱。
それに呼応して、御眞木彦の叔父、武埴安彦も反乱を起こす。
持衰、天照軍と邪馬壹国軍を率いて、無断で狗奴国領に侵攻。
武埴安彦とその妻の吾田媛が、大彦と五十狭芹彦に討ち取られる。
五十狭芹彦が温羅を討ち取る。
持衰、狗奴国軍との戦いで死亡。
狗奴国軍はほぼ全ての兵を、邪馬壹国軍と天照軍に虐殺される。
249年
穂北彦が更迭される。
台与が新たな北九州連合の盟主となる。




