幕間④ 消えた人々の行方 弐
「人の魂が情報である以上はね、どれだけ時間が流れたり、状態が変化しても、それが無くなることはない。キミたちの世界で言う、ユニタリ性だね」
「なるほど、分からん」
「まあ、聞きなって。つまり人が死んでも、その人の魂の情報は、より高次な情報世界に保存されている。人だけじゃなく、この物質世界は全て情報から成り立ってるから。ホログラフィック宇宙論に近いね。あ、その意味で言えば、高次な世界はちょっと違うか。むしろその逆で……」
「ああ、ちょっと待て、置いてくな」
思考の沼に一人で沈んでいきそうなナビを、俺は必死に呼び戻した。
「ごめんごめん。それでね。過去、現在、未来。“存在が確定”している人間は、全て情報世界に存在しているの」
「未来も?」
「そうだよ。本当は時間という概念は存在しないの。過去も未来も、全ては同時に存在している。過去から未来への一方向にしか、物事は影響しないと錯覚してるけど、未来が過去に影響することもあるんだよ。キミという存在が良い例じゃない」
「言われてみれば……。いや、でもちょっと違わないか。俺は実際に過去に飛んでるから、その時点で俺は未来でなく過去の存在で……ん、あれ?」
「話しが脱線しちゃうから、その辺はまた次の機会で」
異議なし。
「つまり死んだ人間も、情報世界においては、常に“存在”している」
「存在している……」
日御子も、タケルも、消えていない。
この世界のどこかに、今も尚、存在している。
「でも、喜び過ぎないで。それは存在しているってだけで、本人たちの自覚とは別の話し。意識や記憶のデータはあるけど、本人たちが認識できてるわけじゃない。感情や意思は無いの」
「何かを考えたり、感じたりすることは無い……」
「そう。だから死んだ人にとっては、いないのと一緒。“我思えぬのであれば、我はなし”ってね」
「けど、お前はそのデータの世界から出てきたんだろ」
「出てきたわけじゃなくて、それはキミの認識に頼って……」
「いいから。死んだ皆もそこにいるなら、お前みたいに何かの拍子で、現実世界に現れたりとかしないのか。つまり幽霊のように」
「まあ、あるにはある。情報が物質世界に漏れ出ることはね。けど、それもデータの一部に過ぎない。亡くなった本人とは言えない」
「でも……、いや、ごめん。うん……何となく分かった」
求める答えが出るまで駄々を捏ねても、世界の理ことわりが変わるわけではない。
大体ナビだって、救いのある答えを知っているなら、最初から言っているだろう。
死んだら、いないのと同じ。
当たり前のことだ。
転生者の俺にはその実感がない。
自分がそうなのだから、もしかしたら他の皆もって。
「まあ、そりゃそうだよな。死後の世界とか、そんな人間に都合の良いものが、そうそう有るわけ無いよな」
俺は努めて明るく振る舞った。
けれどナビは申し訳なさそうに、眉根を寄せている。
「ごめん。本当のことを言う必要なんて無いって、分かってはいるの。死後がどうなるか分からないからこそ、人は救われるのに」
「“観測者”だからな。仕方ないさ。それにさ……」
日御子とタケルがいなくても、俺のやる事は変わらない。
俺が歴史を修復し、未来へ繋げなければ、日御子とタケルたちが“いた”という過去までも、無かった事になる。
死ぬ間際に出会ったタケルとの会話を、俺はナビに伝えた。
「そっか、タケルはそう言ってたんだね」
「それも俺の頭が勝手に作り出した、幻みたいなものだけどな。だけど俺は、あいつらがいた時間を守りたいって気持ちまで、幻にはしたくない」
ナビは小さく何度も頷き、枡の酒をゆっくり呷いだ。
その所作はとても美しくて、思わず見入ってしまった。
「これは、慰めとかではないからね」
「うん……?」
「確かにキミが見たものは、夢みたいなものかもしれない。でもね、キミとタケルの間には、強い繋がりが存在していた。そんなキミが思い描いたタケルの言葉なら、それは本物の言葉なんだよ」
「ごめん。言ってる意味がよく……」
「だからさ、もし本当にあの場にタケルが居て、キミの事情も全部知っていたのだとしたら、きっと同じ事を言っただろうって事。だからキミが聴いた言葉、あれはタケルの言葉なの」
最後は捲し立てるように一息に話すと、ナビはまた一気に酒を呷いだ。
それが俺には、なんだか照れ隠しのように見えた。
「……ナビ、ありがとう」
「お礼を言われる筋合いはありません……。事実を言ったまでです」
「そうか」
少し口を尖らせ、視線を逸らしながらナビは答えた。
その仕草が可笑しくて、思わず軽く吹き出してしまった。
それでますます照れてしまい、ナビは逃げるように、酒を口に運んだ。
俺もナビに続くように、ウーロン茶を喉に流し込んだ。
やっぱり酒よりも、こっちの方が美味しく感じる。
「あとさ、過去も未来も同時に存在しているって、私は言ったよね」
「ああ。……待てよ、それって」
「そう。つまりわたしの次元から観れば、日御子ちゃんもタケルも、そして過去のキミも、今も存在しているの」
「俺が歴史を守り切れば、日御子もタケルも永遠になる……」
「そうだよ。だからやっぱりキミは、“観測者”を続けるべきなの。凄く辛くて、永い旅だけど……」
“観測者”としての俺の未来を語る時、ナビは決まって、罪悪感に囚われたような顔をする。
俺をこの輪廻に引き入れたことに、責任を感じているようだ。
でもコイツは、宇宙のシステムに従わされただけだ。
何も悪くない。
「大丈夫だよ。お前が居てくれるんだから」
笑ってそう言うと、ナビは面喰らったような顔をした。
「ふん、やっとわたしの偉大さに気づいたか」
顔を赤らめながら、照れ臭そうにそう言った。
「調子乗んな」
俺とナビは顔を見合わせ、そして二人で笑い合った。
「うん、でもね……」
ナビが目尻を指で拭いながら、口を開いた。
「旅の終わりに、もしかしたらキミは……」
その先は続かなかった。
「なに?」
「ああ、えと、その……」
ナビが少し慌てる。
今の言葉は、無意識に口に出てしまったものみたいだ。
俺は先を促すようにナビを見つめた。
「だから、その、先例が無いから、この先も起こらないことの証明にはならないよねって」
「なんだよ、脈絡が無いぞ」
「さっきの話し。死者と干渉することはあり得ないって。けど“観測者”はまだごく数人しか存在しなかった。ナビゲーターを通して、情報世界につま先が触れているキミたちなら、何かの拍子でデータ化した人間と量子もつれを起こすこともあるかもしれない」
「量子もつれ?」
「キミと死者のデータが結びつき、お互いを認識し合えるようになるってこと。そうすれば、死んだ人間も“観測者”限定で、意思の疎通が出来るようになる」
「そんな事が……」
「いや、待ってごめん。わたし今酔ってるから。飽くまで仮定、仮定の話しだから」
また俺をぬか喜びさせたくないのだろう。
必死に手を振って自分の話しを否定する。
「ああ、分かってるよ。話半分に聞いておくよ」
「うん、そうしてくれると助かる」
胸を撫で下ろし、ナビはまた座り直した。
枡はグラスに持ち替えられ、その中には透明な水が注がれていた。
いい加減、酔いを醒まそうとしているのだろう。
「なあ、ナビ」
「うん?」
「さっき言いかけてたことってさ、本当に量子もつれについてだったのか」
「そ、そうだよ」
「ふーん」
ナビの顔を覗き込んだ。
少し顔が固いが、ポーカーフェイスを気取っている。
誤魔化そうとしているのかは微妙なところだった。
「ま、そういう事にしておくか」
俺は空になったグラスに、またウーロン茶を注いだ。
そして、そのグラスを手に持ち、ナビに向かって突き出した。
「今更だけどさ」
「ああ、そういえばまだだったね」
ナビも固い表情を崩し、グラスを掲げた。
そして互いのグラスを軽く打ちつけ、音を鳴らした。
「「取り敢えず、お疲れ様」」




