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倭国大乱 観測者は全ての歴史を見届ける  作者: 明石
第三章 倭国大乱・弥生時代終焉

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幕間④ 消えた人々の行方 壱

この回は本編との直接的な繋がりはありません。

本編で補完できなかった設定の補足となります。

だらだらと会話劇が続きます。

畳張りの、十畳ほどの和室だった。

襖は開け放されており、そこはすぐに縁側になっている。

外には庭どころか、景色と呼べるようなものは無く、ただ白い空間が果てしなく広がっている。


座布団の上に、胡座をかいて座っている。

目の前にはナビも同じような格好で、ちょこんと座っている。


彼女の背後には床の間があり、立派な掛け軸がある。

白い装束のような衣装の女性が、滝の前に立っており、そこから白い光輝のようなものが立ち昇っている。

その先には、光に包まれた天女のような姿がある。


どうでもいいが、なぜナビが上座なのか。


私の足元に置かれた盆の上には、小ぶりの徳利と、小さな丸い盃がある。


私は両手でそれぞれを掴み、徳利から盃に酒を注いだ。

束の間そこに浮かんだ波紋を眺め、私は一息に呷った。


強いだけの、粗野な味わいの普通酒だ。

だが、今はそれがいい。

無遠慮に喉を灼く酒の辛みが、私の沈鬱な思いを紛らわしてくれる。


「なに気取ってんのさ」


ナビは四合瓶を無雑作に掴むと、荒っぽく枡に注いだ。

四合瓶には“獺祭だっさい”と銘打たれている。

有名な日本酒の銘柄だ。

見たところその中でも一級品の物を選んでいる。

確か二十万以上の値の張る品の筈だ。


現実とは隔絶された超常の空間に居るとはいえ、流石に厚かまし過ぎると思った。


「てかさ、なに勝手に始めてんのよ。ほらカンパーイ」


とてもそんな気分ではない。

ナビを無視して今度はちびりと、盃の酒を嘗めた。


「つまんないのー」


鼻を鳴らしてナビは座布団の上に座り直した。

そして現実味が湧かないほどの美貌のナビが、豪快に酒を呷る。

見かけとの差のせいだろうか。


その所作にかなりの不快感と言うか、裏切られたような気分を与えられる。

それに、こんな雑な呑み方をされる酒が、不憫でならない。


「ここに来るたび、毎度毎度落ち込んでるよね。目の前でその顔見せられる私の身にもなってよ」


「別に落ち込んでなどいない。むしろ満足している。今回はちゃんと、時代を繋げられたという実感がある。それに日御子とタケルも、最後まで生き切った。きっと二人も、私と同じ気持ちだろう」


「うわ、出たよ“私”。まだそのキャラ設定でいくの」


「時代に慣れてしまったんだ。あそこで齢を重ねて、自然とこうなった」


「違うね。キミはじじいになっても厨二を拗らせ続けるイタいヤツなのさ」


好きに言えばいい。

もう私もいい歳だ。

ナビの戯言に、一々腹を立てたりはしない。


私は風吹かぬ湖面のような心持ちで、ゆっくりと酒を呑み続ける。


「そうやって余裕ぶってられるのも今の内だ」


そう言ってナビは指を鳴らした。

何を遊んでいるのか。

私と同じ年月を重ねたくせに、こいつは何も変わらない。


成長できぬ人間ほど、憐れなものはない。

そもそも人間ではないのだが。


もう一度、酒を喉に流す。

心地よい痛みが、再び私を灼く。

そう。熱く、喉を灼き。


灼き……、熱く。痛み……。


突如私は激しく咳込んだ。

喉の中に熱した鉄球を流し込んだような痛みが襲う。


何だ、急に……、酒が受け付けなく……。


「はい、どうぞ」


笑顔でナビが、水滴を纏ったグラスを差し出した。

濃い琥珀色の液体。

ウーロン茶。


俺は引ったくるようにナビからグラスを受け取り、激しく飲み干した。

ひりついた痛みはまだ治まらないが、先ほどよりはマシだ。


俺は汗をかきながら、荒い呼吸を繰り返した。


ん、ちょっと待て、“俺”?


「気付いた? 自分の身体をよく見てみて」


ナビにそう言われ、俺は先ず自分の手を眺めた。

血管が浮き、乾いて皺の増えた手は、瑞々しくきめ細かい肌に変わっていた。

その手を顔に当てると、同じく皺は無くなり、張りのある弾力が、手の平を軽く押し返してきた。


「……若返ってる」


唖然とする俺を、ナビが意地悪くニヤつきながら眺めている。


「これ、お前の仕業か」


「だってお爺ちゃんモードのキミ、絡みづらいもん」


俺の怒りなど全く効いていないように、ナビがニコリと笑い返す。


「余計なことを」


「余計なことって何だよー。若い方が良いでしょ」


「よくない。俺は重ねた時間に誇りを持っている。なんか俺いい感じだったし」


「はい言っちゃったー。それが本音ですー」


「はあ、何がだよ」


「カッコつけてただけでしょ。“私”なんてさ。何が“私”だよ。この厨二病が」


「俺以外にも使ってただろ」


「あの時代の人はいいんですー。キミのはただのキャラ付けですー」


「そんなこと……」


ああ、クソ。これ以上やってもただの水掛け論だ。

俺は怒りを堪えて座り直した。


「それに落ち込んでなんていないって言ってたけど、ホントのところはどうなのかなー?」


こいつ、まだ続けるのか。

俺は気持ちを落ち着けるため、もう一度酒……、ではなくウーロン茶を流し込んだ。


「日御子ちゃんとタケルのこと、ホントはどう思ってんのかな~」


「どうって、だからさっき言った通りで」


「もう、いいからいいから」


ナビはおもむろに立ち上がると、俺の隣に腰を落とした。

そして科をつくって、軽くもたれ掛かってきた。


「ここは、キミと私だけの世界。ふたりっきりの世界。だから曝け出して。私だけには、キミを全部見せて良いんだよ」


妙に艶っぽい声音で、耳元に囁きかける。

ナビの柔らかな身体が俺に密着する。


作り物のような完璧な美しさの少女が、艶かしくすり寄ってきている。

端から見れば垂涎ものの光景かもしれないが、俺からしたら酒臭い女に酒臭い息を浴びせられる罰ゲームでしかない。


だが、ナビの言葉自体は、俺の心を揺らした。


「日御子ちゃんへの思い。タケルへの悔恨。あるでしょ? ずっと我慢してたんだからさ、ほらほら言っちゃいなよ」


そうして、頭の中に様々な光景がフラッシュバックする。


タケルと共に戦った日々。

日御子に会った時の衝撃。

三人で過ごした時間。

丘の上で見た景色。

湖畔の思い出。

日御子の即位。

タケルの出奔。

別れ。託された思い。

別れ。届かなかった気持ち。


「うぐ。日御子……、タケル……」


若返っても酒は残っているのだろうか。

俺の涙腺が物凄い勢いで決壊していく。

一度そうなると理性ではどうしようもなく、俺は滝のように涙を流し始めた。


「うんうん。いいね、いいね。調子出てきたじゃん。やっぱりキミはそうでなくっちゃ」


ナビ……。

折角、人が踏ん切りをつけようとしていたのに。


こいつは案内人なんかじゃない。

鬼か悪魔だ。


「おま、お前、何でこんな……」


ぐすぐす泣き続けながら、俺はナビに非難の目を向けた。


「次に行く前に、一度洗い流した方がいいと思ったから。キミは、頑張り過ぎた……。頑張らせ過ぎちゃった……。ごめんね、だから一度だけ、思いっきり泣いてほしかったの」


「ナビ……」


「それにさ、キミが泣いてくれなきゃ、私一人で恥ずかしいでしょ」


するとナビは口元を歪ませて歯を食い縛った。

目元が細められ、その瞳がどんどん濡れていく。


耐えられたのは束の間だった。

ナビはくしゃくしゃの顔で、声を上げて泣き始めた。

日御子が死んだ時と同じくらい。

もしかしたらそれ以上に。


俺とナビは泣いた。

二人して子どもみたいに。




「いやー、泣いたね」


ティッシュで鼻を噛みながら、ナビが苦笑いを浮かべる。


「ごめんね、付き合わせちゃって」


「……いや、ありがとう」


どれだけ泣こうが、悲しみは消えはしない。

けど、それを無理に押し留める息苦しさからは、解放されたような気がする。


ナビはもしかしたら、俺のために一緒に泣いてくれたのかもしれない。


「……タケルの前では、カッコつけて泣けなかったからな。お前のお陰で、少しだけ楽になった気がする」


「え、何の話し?」


赤く腫らした瞳をティッシュで拭きながら、ナビが鼻声で聞き返してくる。


「俺が死ぬ前の最後の時だよ。精神世界でタケルと会っただろ」


これ以上の転生を拒絶し、永遠に止まった時の中に沈みたいと願った俺を、タケルが叱り飛ばしてくれた。


どれだけ願ったところで、この輪廻の輪から抜け出せないことは変わらない。

でもタケルのお陰で、俺はもう一度歴史と向き合おうと思えた。


「精神世界……? ねえ……、キミ大丈夫……? 妄想が捗りすぎて現実との区別がつかなくなっちゃったの?」


ドン引きである。


「いや、待て。おかしいだろ、そのリアクション。お前だってあの場にいただろ」


「私がキミの……精神世界に?」


“精神世界”と言う時に、微妙に小馬鹿にするようなニュアンスが含まれていた。


「いたよ。いたいた。最後はお前が連れ戻してくれただろ」


「知らないよ。今際の際に夢でも見たんじゃない? 走馬灯みたいにさ」


「……走馬灯?」


納得出来ない。

走馬灯なんて見たことないけど、あれはそんなんじゃなかった。


「けど、お前言ってたよな。俺の魂を取り出して、過去の人間の肉体に移してるって」


「産まれる前だったり、産まれたとしても、すぐに亡くなってしまうはずだった人にね」


ナビがさらりと補足を入れた。


「だったら、あれはタケルの魂が俺に会いに来てくれたって事じゃないのか」


「うーん……」


少し考えたあと、ナビは一口、酒で口を湿らせた。


「まず一つ。“魂”ってわたしが言ったのは、キミたちの感覚に合わせて、便宜的にそう表現したに過ぎない」


手にした枡をそっと床に置き、崩していた足を正座に組み替えた。


「人が死んでも、そのデータは物質世界の前段階の、情報世界に保存されている。宇宙の記憶(アカシック・レコード)ってヤツだね。そのデータ自体を、わたしはキミに魂と表現した」


「呼び方なんてどうでもいい。とにかく、そのタケルの意識が、俺の中に現れたってことだろ」


「あり得ないよ。肉体に意識データをダウンロード出来るのは、わたしのようなナビゲーターだけ。人のデータが意思を持って、他者の精神に直接干渉する事なんて不可能なの」


「そんな……」


俄には認めたくない。

けど、あの場に居たはずのナビが知らないと言うなのら、こいつの言葉が正しいのかもしれない。

嘘をついているようにも見えないし。


そしてふと、疑問が湧いた。

と言うよりも、今まで何度も気になって、その度に聞かないようにしていた事。

知るのが怖かったから……。


「あのさ、人って死んだらどうなるんだ。人の記憶は、宇宙に保存されてるって言ってたけど、それってどういう状態なんだよ。幽霊みたいなものなのか」


「幽霊か……」


ナビが顎に手を当てて考えている。

どういう間なんだ。

かなり緊張する。

やはり人は、死んだらそれまでなんだろうか。


「いない」


身体が冷えていくのが分かった。

やはり、そうか……。

俺が転生出来るのはナビのお陰であり、特例に過ぎないのか。


「……とも言えるし、いるとも言えるかな……」


目を瞑って眉間に皺を寄せ、絞り出すようにそう言った。


「何だそれ、どっちだよ」


「まあ、解釈の仕方によるのかな」


「詳しく」


俺は座ったまま手を床につき、身を乗り出した。


「はー、何で“いない”って言い切らなかったんだろ。わたしってダメだなー」


溜息をつきながら、何やら自分を責め始めた。

そして、ちらりと横目で俺を見やった。


「あんまり期待しないでよ……?」


そう前置きすると、芝居がかった調子で軽い咳払いをした。


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