表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
倭国大乱 観測者は全ての歴史を見届ける  作者: 明石
第三章 倭国大乱・弥生時代終焉

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

184/230

第百八十一話 永遠の想い

闇に包まれた世界が、光を取り戻した。

突然のことで、目が眩んだ。

自分がどこにいるのか、まるで分からない。


身体に、痛みが無いことに気付いた。

重石で縛られたような息苦しさもない。


身体中を刺し貫かれた痛みも、解放された“観測者の力”を使った反動も、綺麗に消えている。


また、転生したのか。


自分の身体を眺め回す。

元の姿のままだった。


なら、私は助かったのか。

だとしても、なぜ立った状態で目覚めたのだ。


意識はまだ、朦朧としている。

それでも眩い光に慣れてきて、周囲の風景が、少しずつ鮮明になった。


空が澄んでいる。

青々とした若草と、様々な彩りの花々が、どこまでも生い茂っている。

地平線の彼方まで、果てしなくそれは続いていた。


足を、踏み出そうとした。

鮮やかな草花を踏むことに気が咎めたが、私が歩き出した瞬間、行く手の草花は左右に開かれ、小さな道が出来た。


私は心の内で胸を撫で下ろし、歩み始めた。


「……ナビ」


声を上げた。

返事はない。

あいつなら、ここが何処なのか教えてくれるはずなのに。


何度か呼んだが、ただ私の声が空に溶け込み、花に吸われるだけだった。


少し寂しかった。

ただ、不安はない。

必ず、ナビとはまた会える。

私にはそれがわかる。


――随分と歩いた気がする。


疲れはない。

寧ろ歩けば歩くほどに、心地よい活力が全身を満たしていく。

澄んだ空の空気と、花々の香り、そしてこの美しい風景のお陰だろうか。


ふと、遠くに、人の姿が見えた。


「ナビ……?」


少し歩を速めて歩いた。

だが途中で、慌てて足を止めた。

突然、道が途切れていた。

大きな裂け目が走り、地を割っていた。


裂け目は左右のどこまでも続いていて、果てが無い。

覗き込むと、底が全く見えないほどに深い。

闇が、口を開けているようだった。

この美しい景色に、異様なほど不釣り合いだ。


気付かずに落ちなくて良かった。

この場所は殆ど平坦で、向こう岸も地続きのように、同じ風景が広がっている。

だから、近づくまで分からなかった。


対岸の人影もそっと近づいてきて、ようやく姿がはっきりと見えた。


ナビだと思っていた人影は、全くの別人だった。


「……ああ」


そしてようやく、私はこの場所が何処なのか分かった。


「迎えに来てくれたんだな、タケル」


向こう側には私の友だちが、タケルが立っていた。

卑弥弓呼ひみくこの姿ではない。

倭国に戻ったばかりの頃の、日御子に初めて会った頃の、若い姿のタケルだった。


そして“俺”の姿も、いつの間にかその頃に戻っていた。


「そっか、やっぱ死んだのか俺」


それはそうだろう。

あれだけの傷を負って、過ぎた力を無理矢理行使して、無事な理由わけがない。

なぜ何も疑問に思わなかったのか、不思議なくらいだった。


笑いかける俺を、タケルも微笑で見つめ返している。


「日御子はいないのか」


問いかけながら、辺りを見回す。

タケル以外の姿は見当たらなかった。


「何だよ、お前一人か」


また顔が見たかったのに。

少し残念だ。

それが、表情に出てしまったのだろうか。

向こう側にいるタケルの微笑が、少し寂しそうになった。


「嘘々、冗談だって。そんな顔するなよ」


俺は慌てて手を振った。


「台与の為とは言え、最後に滅茶苦茶やっちまったからな。愛想尽かされて当然だよな」


俺は右手で頭を掻く。


「お前が来てくれただけでも嬉しいよ。そもそも、日御子と俺たちじゃ行き先が違うよな」


何が可笑しいのか分からないが、俺はそう言って笑った。


「よし、待ってろよ。今そっち行くからな」


裂け目はかなりの距離だが、走って跳べば、何とか向こうに届きそうだ。

俺は後ろへ下がって、距離を取った。


思い切り地を蹴ろうとした時、突然裂け目が広がった。

タケルの姿も、その分遠ざかる。


「何だよこれ」


慌てて、割れた地面の間際まで駆け寄った。

もうどうやっても、ここからあちらへは行けない。


「タケル、待ってろよ。穴に沿って走れば、どこかで途切れてるはずだ。回り込んでそっちまで行くから」


思い切り叫んだ。

そうしないと、もうタケルに会えなくなるような気がして。


だけどタケルは首を振って、俺の方を向いたまま、少しずつ後ろに下がり始めた。


「ちょ、ちょっと待てって。俺も行くから。置いてくなよ」


また、タケルが首を振った。

そして今度は腕を上げて、俺に向かって指を差した。


「は、何だよ。俺がどうしたんだよ」


軽く、指を前後させた。


「……後ろ?」


ゆっくりと振り向いた。

いつの間にか俺のいる側だけ、草花が消えていた。

剥き出しの土が一面を覆う、荒野へと変わっていた。

空は漆黒に染まっている。

亀裂の上で割られたように、澄んだ青と黒い闇が、一直線に接している。


俺はあまりの光景に、またも言葉を失った。


再び地に視線を落とした。

荒野と黒の先に、黄金色の光が浮かんでいる。

光の中にナビの姿があった。


花緑青はなろくしょうの艷やかな長い髪と、薄緑の涼やかな衣が、花の代わりに美しく佇んでいる。

そして、身体の前で組んだ手が、一際強い光を放っていた。


静かに、でも強く、俺を見つめている。

俺を、待っている。


「……でも、ごめん、ナビ」


俺はもう一度、タケルを振り返った。


「タケル。俺もそっちへ行く。俺も連れてってくれ」


叫んだ。

距離がまた広がっている。

けど、声はまだ届くはずだ。

お互いの顔も、まだ見えている。


「俺はもういいんだ。“全ての歴史を見届けたい”なんて、最初は思ってた。でも今は違うんだ。お前たちに出会って、お前たちと生きた。その時間を観測出来ただけで、俺はもう満足なんだ。これ以上は要らない。俺もここで終わりたいんだ。お前たちと一緒に。日御子とタケルがいない時代を見届けたって、何の意味も無いんだよ」


タケル。分かってくれ。

一人にしないでくれ。

もう、限界なんだ。

お前たちのいない世界で、俺は十分頑張っただろう。

もう疲れたんだ。

寂しくて仕方がないんだ。


それでも悲しそうに、タケルは首を振るだけだった。


「タケル」


叫んだ。

遠くへ、遠くへ行ってしまう。

俺のたった一人の友達が。


駆け出した。

飛ぶ。

それでこの闇に堕ちても構わない。

また一人になるくらいなら。


持衰じさい


タケルの声。

厳しく、怒ったような声。

思わず、俺は足を止めた。


「甘ったれんな、バーカ」


「バ……、は?」


何を言われたのか、一瞬理解できなかった。


「お前がこの先も見届けなきゃ、日御子と俺の、みんなの想いはどうなるんだよ。誰が繋げていくんだよ」


「タケル、何言って……」


「お前が繋げていかなきゃ、俺たちの時代は、俺たちがいたって事実が、無くなっちまうんだぞ」


観測者による、歴史の修復の事を言っているのか。

なんで、タケルがそんな事を知っているんだ。


「俺が消えても、すぐに歴史は無くならない。他の観測者が、代わりに見届けてくれるはずだ」


「お前が観なきゃ意味ないだろ」


俺じゃなければ。

なんで、なんでだよ。

なんで、そんな事を言うんだよ。


「“日御子”と“タケル”を知ってるのは、お前だけだ。お前と生きた俺たちは、お前じゃなきゃ残せないんだよ」


“日御子”と“タケル”。

“卑弥呼”でも、“卑弥弓呼”でもない。

史書に記された、情報だけの存在じゃない。

確かにそこにいた、血肉の通った人間。


笑って、泣いて、怒って、愛して。

どの時代にだって当たり前に存在した、本当の人間。


「お前がいなくても、世界は守られるかもしれない。けどお前がいなきゃ、誰が俺たちをこの先の時代に、お前のいた時代に、連れてってくれるんだよ」


そうだ。

俺はこいつを知っている。

彼らを知っている。

他の観測者に託した歴史の中では、もう彼らは、彼らで無くなってしまうんだ。


「ふざけんなよ、タケル……」


力を込めて、拳を握りしめた。

悔しかった。

こいつにそう言われたら、もうそうするしかないじゃないか。


「なんでお前、最後の最後に、そんな頭良いこと言えるんだよ」


「おいおい持衰。そんな言い方すると、まるで俺のことバカって言ってるみたいだぞ」


思わず、俺は吹き出した。


「だからそう言ったんだよ、バーカ」


「はあ? 何だとこの野郎」


「さっき俺のことバカって言ったお返しだ」


とうとう堪らず、俺は声を上げて笑った。

タケルもつられて、大口を開けて笑う。

友との別れの悲しみを、無理矢理にでも、遠くへ追いやるために。


「わかったよ、タケル。しょうがないから、ちゃんと最後まで見届けてやるよ。お前らが作った時代の、その続きをな」


ひとしきり笑い、少し落ち着いたところで、俺は涙を拭いながら、口を開いた。


「けど狡いよな。お前は俺を置いてって、楽になっちまうんだから。俺はこの先、ずっと一人ぼっちだってのに」


「違うだろ、持衰。俺も日御子も、ずっとお前と一緒だ。人は繋がっていく。例え血の繋がりが無くたって、人の想いは繋がっていく。なんつうのかな、誰かが生きてるってことは、それだけで、居なくなった人たちが、そこにいるってことになるんだよ。だからお前が居てくれれば、この先に生きるお前たちの中に、俺たちは永遠に生き続けるんだ」


「お前そのセリフ、かなりベタだぞ」


俺は茶化すように笑った。

涙が流れ出ていて、上手くいかなかったけど。


「いいんだよ。この時代では最先端だ」


そう言ってタケルは、俺の知ってる無邪気な笑顔を浮かべた。


「それにさ、これから色んな奴に出会える。そして、絶対にお前の傍に居続けてくれる人が、お前にはいるだろ」


そしてタケルは、また俺の後ろに向かって、指を指し示した。


「ああ、そうだな」


俺も、タケルに微笑み返した。

そしてゆっくりと、友に背を向けた。

ちょっと頼りないけど、かけがえのない相棒の姿がそこにあった。


「じゃあな、持衰」


「ああ。またな、タケル」


背中越しに、別れを告げた。

走り出す。


地の裂け目から亀裂が走る。

後方から次々と、足場が崩れ落ちていく。


走った。

真っ直ぐ。

ナビの元へと。


叫んでいる。

俺の名を、必死に呼んでいる。


崩れ落ちる地面が、俺に追いついた。

跳んだ。

足下に、闇が広がる。


ナビ。

手を伸ばしている。

俺も思い切り、前に出した。

ナビの小さな手を握った瞬間、黄金色こがねいろの光に包まれた。


そして、何かとても、懐かしい気持ちに満たされた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ