エピローグ 大切な人たちと
かつて〈呪われし森〉と呼ばれていた森には明るい陽の光が降り注ぎ、色とりどりの花々が咲き誇る。
あたたかな春の陽気を感じる昼下がり。
アルフレッドたちは花咲く森へ毎年恒例のピクニックに来ていた。
「――そうして、一緒にたくさんの困難を乗り越えた【包帯公爵】と【盲目の歌姫】は永遠の愛を誓い、幸せに暮らしました。めでたしめでたし」
優しく、歌うような声で絵本を読み聞かせているのは、シエラ。
亜麻色の髪を結い上げ、深い緑色のドレスを着ている妻はますます美しさに磨きがかかっている。
花に囲まれている姿は、花の女神のようだ。
「もういっかい!」
そんな女神の膝の上でパチパチパチ、と小さな手を叩いてねだっているのは、天使のような娘だ。
レースとリボンのついたピンク色のドレスを着て、母親によく似た虹色の瞳を輝かせている。
ふわりと風が吹くと、やわらかな金色の髪をさらう。
アルフレッドとシエラの特徴を受け継いだ娘は、今年で五歳になる。
「ふふ。リーシェは本当にこの絵本が大好きなのね」
「だって、ママとパパのおはなしだもん!」
シエラが読んでいたのは、【包帯公爵】と【盲目の歌姫】の絵本。
心を閉ざしていた【包帯公爵】を【盲目の歌姫】の優しい歌が癒していく。
ヴァンゼール大聖堂で結婚式を挙げてから、アルフレッドとシエラを題材にした創作物が色々とつくられるようになった。
この絵本はそのうちの一つだ。
まさか自分たちの恋が人々の間で話題になると思わず、悪意ある創作が出てこないかと警戒したものだが、杞憂に終わった。
国王ザイラックがしっかりと目を光らせてくれたおかげで、どの作品も照れくさくなるくらい愛に溢れていたのだ。
リーシェがお気に入りの絵本も、あまりにロマンチックに美化されているのが気恥ずかしくて、アルフレッドは口を挟む。
「せっかくピクニックに来ているのだから、景色も楽しまないか?」
「うんっ!」
素直に頷いてくれた娘が可愛くて、アルフレッドは思わず抱き上げた。
リーシェが生まれた時から、もう包帯はしていない。
理由は簡単で、娘に怖がられたくないから。
だが今は絵本の影響で包帯を巻いてほしいと頼まれるから困っている。
「きゃ~っ! ねぇ見て、パパ、ママ。お花がすごくきれい」
アルフレッドに抱きあげられたリーシェが、青空に向って手を伸ばす。
その視線の先には舞い上がる花びらがあった。
「本当。とってもきれいね」
シエラがアルフレッドに寄り添い、幸せそうに微笑んでいる。
「あぁ、本当に。最高の景色だな」
隣には愛しい妻、手の中には大切な娘。
絵画のように幸せな光景がアルフレッドの眼前に広がっていた。
「シエラ、リーシェ、心から愛しているよ」
毎日、毎分、毎秒、愛おしさが募る。
「わたしも、愛していますわ」
「リーシェも! パパとママだいすき!」
家族三人でぎゅっと抱きしめ合う。
「君たちはいつ見てもラブラブだな」
不意に聞こえた声に振り返れば、クリストフが笑みを浮かべて立っていた。
その隣には王太子妃となったイザベラもいる。
毎年恒例の元〈呪われし森〉でのピクニックは、あの日の英雄たちが集まる日でもあるのだ。
離れたところに護衛も立っているが、気を利かせて気配を消していた。
「遅くなってごめんなさいね」
「公務でお忙しいでしょうから、気にしないでください! というか、イザベラ様のお体は大丈夫ですか?」
約束の時間に遅れてしまったことを謝罪するイザベラに、シエラが首を横に振る。
この二人がどれだけ多忙なのかはアルフレッドもよく知っている。
むしろ、毎年よく参加してくれているものだ。
それに今は公務以上に重要なことがある。
「医師からも適度な運動は必要だと言われているもの。ここの新鮮な空気はきっとこの子のためにもなるはずだわ」
膨らんだお腹を撫でながら、イザベラが目を細める。
イザベラは現在、クリストフとの第一子を妊娠中なのだ。
「俺も心配だから城にいろと言ったんだが、こう言われてしまってな」
クリストフが苦笑する。
その手はずっとイザベラの腰に回っており、いつ何があっても守るという愛情が感じられる。
「そうですか。でもきっと、イザベラ様が来てくれてグリエラも喜んでいるでしょうね」
イザベラはグリエラの親友ベラの生まれ変わりだ。
かつての友の幸せそうな姿をきっと、グリエラも祝福しているだろう。
「グリエラ、もうすぐわたくしが母になるのよ。信じられないわよね」
イザベラが森を見て呟くと、地面に咲いていた花が優しく揺れた。
――おめでとう。
そんなグリエラの声が聞こえた気がした。
「あ、今動いたわ」
「何!? 本当か!」
「元気に生まれてくるんだぞ。お前が生まれてくるこの国は、絶対に俺が守るからな!」
イザベラがお腹を撫で、クリストフも手をあてる。
「なんだか懐かしいですね」
「そうだな」
自分たちの時のことを思い出し、二人で笑みを交わす。
そんな両親の間で、リーシェが顔を上げて聞く。
「リーシェのこと?」
「えぇ、そうよ。リーシェも、お腹にいるときからたくさんママとパパに話しかけてくれたのよ」
「うん! 覚えてる。だから、リーシェは早くママとパパに会いたかったの!」
娘からの意外な言葉に、アルフレッドとシエラは目を見開く。
「そうだったのか。リーシェ、パパとママのもとに生まれて来てくれてありがとう。シエラ、リーシェに出会わせてくれてありがとう」
「アルフレッド様、それはわたしの台詞ですわ。リーシェも、ありがとう」
虹色の瞳に涙を浮かべて、シエラがにっこりと笑う。
「さ、全員そろったんだから、早速ピクニックを始めよう」
「はい!」
すべてはこの場所から始まった。
魔女の呪いも、シエラとの出会いも、王国の命運も。
〈呪われし森〉が魔女と人を引き裂いたが、呪いがなければ今の幸せもまた存在しなかった。
悲劇を生んだだけではなく、人と人とを繋いだ場所でもあるのだ。
そして、これからはこの奇跡が続くよう守り続けていく。
誰も不幸を背負うことのないように。
まっすぐに幸せに手を伸ばせるように。
大切な人たちと笑顔で日々を過ごせるように。
「今年もこうして皆で集まれたことに、乾杯!」
「乾杯!」
クリストフの音頭で、皆でグラスを合わせる。
かつて魔女の呪いに蝕まれ、〈呪われし森〉と呼ばれていた森には、皆の明るい笑顔の花が咲いていた。
「包帯公爵の結婚事情」、最後まで読んでいただきありがとうございます。
最初は第一章部分だけで完結予定だった本作ですが、読者の皆さまの応援のおかげで続きを書きたいと思うようになり、アルフレッドとシエラの物語はどんどん広がっていきました。
コミカライズや書籍化というありがたいお話もいただき、より多くの皆様に知っていただくことができました。
WEB版はよく更新が停滞して、読者の皆様をお待たせしてしまい申し訳ございません。
ですが、これまで応援してくださった皆様、本当にありがとうございます。
「包帯公爵の結婚事情」本編はこのエピローグにて完結ですが、番外編を書きたいと思っているので連載中のままにしています。
今後とも「包帯公爵の結婚事情」を見守っていただければ幸いです。




