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包帯公爵の結婚事情  作者: 奏 舞音
番外編③

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211/211

新しい奇跡

 世界一幸せな結婚式から数か月。

 シエラに奇跡が起きたのは、青空広がる夏の日だった。

 北に位置するリーベルトの夏は過ごしやすいのだが、今はアルフレッドの仕事について王都にきていた。

 太陽の日差しに当たらないように気を付けていたのだが、体がだるく、心配したメリーナが大げさに医者を呼んでしまった。


「もう、暑さにやられただけよ。少し休んでいれば大丈夫なのに」

「いいえ。奥様に何かあってはあたしが旦那様に叱られてしまいますわ」


 そう言って、メリーナはシエラをベッドに寝かしつけた。

 ぷうと頬を膨らませていると、来客を告げるベルが鳴る。

 医者が来たのだ。


(医者を呼んだなんて知られたら、それこそアルフレッド様に心配をかけてしまうわ)


 アルフレッドはクリストフの側近として忙しい毎日を送っている。

 そんな彼の疲れを少しでも癒したいと思って傍にいるのに、シエラが心配をかけてしまっては本末転倒だ。

 しかし、こんなに自分は暑さに弱かっただろうか。

 シエラが首を傾げていると、白衣を着た医者がメリーナの案内で入室してきた。


「わざわざありがとうございます。でも、私は大丈夫ですわ」

「それを確認するのが、我々医者の仕事ですよ」


 落ち着いた声色で医者がにっこりと微笑む。

 それもそうだとシエラは大人しく医者の問診に答え、触診に応じた。

 その結果、医者は柔らかな笑みを浮かべたまま告げる。


「おめでとうございます。ご懐妊です」


 シエラは己の耳を疑った。

 固まっているシエラの傍で、メリーナが「おめでとうございます!」と号泣している。

 その光景を見て、じわじわとシエラも理解する。


「え……本当に? わたしと、アルフレッド様の赤ちゃんが……?」


 震える声で問うシエラに、医者はこくりと頷いた。

 嬉しすぎて言葉を失う。

 いつか子どもができたら――と想像してはいたけれど、もう現実になったのだ。

 シエラは自分のお腹にそっと手を当ててみる。

 まだ何も分からない。

 それでも、ここに――自分のお腹の中に愛する彼との赤ちゃんがいる。

 なんという奇跡だろう。

 シエラは感動して涙が止まらない。

 同じく号泣しているメリーナと涙目越しに目が合い、二人で抱きしめ合う。

 しばらくそうしていたが、シエラはハッとする。


「あ、あの、この子のためにわたしはどうすれば!?」


 今のシエラは自分一人の体ではないのだ。

 まだ母としての自覚は薄いが、この子が無事に育つよう気をつけなければ。

 シエラは医者から注意事項を、メリーナも侍女として気をつけるべきことを聞く。

 また明日様子を見に来ると言って、医者は帰っていった。


「奥様、おめでとうございます」


 すでに目を真っ赤にして、メリーナが祝いの言葉をくれる。


「ありがとう。アルフレッド様、今日は早く帰ってきてくれるといいのだけれど」


 いつも夕食の時間にも間に合わないくらい忙しいのだ。

 きっと、今日も遅くなるだろう。

 それでも、アルフレッドには早く伝えたかった。


「そうだ。わたしが王城に出向くというのはどうかしら?」

「絶対にやめてください! それに、アルフレッド様は奥様が体調不良で医者を呼んだと早馬で伝えましたから、きっとすぐに帰ってきますよ」


 メリーナがそう言うと、寝室のドアがバンッ! と開いてアルフレッドが飛び込んできた。


「シエラ! 大丈夫か!?」

「えぇっ?」


 帰ってくるのが早すぎて、シエラの目は点になる。

 いつの間にか、メリーナは気を利かせて部屋から出ていた。


「こんな格好ですまない。シエラが心配で」


 アルフレッドの額には汗が浮かび、いつもピシッとかっこよく決めているシャツは乱れている。

 きっと、また馬に無茶をさせて爆走してきたのだろう。

 アルフレッドは落ち着かない様子でベッド横の椅子に座り、心配そうに海色の瞳をこちらに向けている。


「ふふ。アルフレッド様ったら。わたしは見ての通り大丈夫ですわ」


 シエラは近くにあったタオルでアルフレッドの汗をぬぐう。


「いいや、大丈夫ではないはずだ。シエラが無理をしないように、メリーナが傍にいてくれているんだ。彼女が医者を呼んだということは、よほど体調がよくなかったのだろう?」


 夫が過保護で困ってしまう。けれど、今回ばかりは医者を呼んでくれたメリーナに感謝しなければならない。

 何せ、妊娠なんて初めてのことで自分では気づかなかっただろうから。


「それに、泣くほどしんどかったのだろう?」


 シエラの目に浮かんだ涙に、アルフレッドは目ざとく気づく。


「これは、その、嬉しくて……」

「嬉しい? 体調が悪かったのに?」


 どういうことだとアルフレッドが戸惑っている。

 アルフレッドに赤ちゃんができたことを伝える方法を考える前に本人が帰って来てしまった。

 本当はサプライズで喜ばせたかったのだが、真剣に心配してくれているアルフレッドに嘘をつくわけにもいかない。

 シエラは深呼吸をして、虹色の瞳でまっすぐ愛する夫を見つめた。


「アルフレッド様、大事なお話があります。実は……」


 さらっと伝えたかったのに、緊張で言葉が詰まる。


(アルフレッド様は、喜んでくれるよね……?)


 二人で幸せな家庭を築く。それがシエラの夢だ。

 でも、アルフレッドが子どもを望んでいなかったら?

 そんな不安が一瞬頭をよぎってしまった。

 無意識にぎゅっと握りしめていたシエラの拳にアルフレッドの手が添えられる。


「大丈夫だ。何があっても、私はシエラを愛している」


 アルフレッドの言葉が心に響いて、ボロボロと涙がこぼれた。


(そっか。わたし、本当は不安だったんだ)


 妊娠が分かってもちろん嬉しいけれど、初めてのことでこれからどうすればいいのか分からないし、自分がちゃんと母親になれるのかも分からない。

 それに、母親になった自分を変わらずアルフレッドは愛してくれるのか――。

 貴族の男性が愛人を作る話は、夜会でよく耳にしていた。

 子どもを産むと妻を女として見られなくなる、なんて話も。

 けれど、何を怖がることがあっただろう。

 アルフレッドからの愛情を疑ったことなどないというのに。

 シエラは涙を拭いて、もう一度アルフレッドの目を見つめる。


「……実は、アルフレッド様との赤ちゃんができたんです!」


 勇気を出して言ってみると、今度はアルフレッドが固まっていた。

 何も言わないので、またシエラは不安になる。


「アルフレッド様? あの、赤ちゃん、嬉しくないですか?」

「いや、嬉しすぎて、幸せすぎて、心臓が止まるかと思った……」


 茫然と呟いた後、アルフレッドは立ち上がった。


「シエラ、本当にありがとう! 愛してる!」


 海色の瞳に涙を浮かべて、アルフレッドはシエラの体を気遣うように優しく抱きしめてくれた。

 しばらく二人で喜びを分かち合う。


「ここに、私たちの子がいるんだな」


 そっとシエラのお腹に触れて、アルフレッドは噛みしめるように言った。


「はい。わたしもまだ信じられませんが。この子は、男の子か女の子、どっちでしょうね」

「どちらでも、無事に生まれてきてくれるならそれでいい。だが、私のように陰気臭くならないよう、シエラ似の子であってほしいな」

「え~! わたしはアルフレッド様に似た子がいいです! 男の子だとイケメンで、女の子だと美人に育ちますわ」

「あぁ。シエラが母親なのだから、子どもは絶対にかわいい。間違いない」


 アルフレッドと二人で生まれてくる子の話をしていたら、不安なんてあっという間に吹き飛んでいた。


(早くこの子に会いたいな)


 不安どころか、自分たちの子どもに会える日が待ち遠しくなっていた。

 そう、まだ生まれてくるのは先のはずなのだが。


「あの、アルフレッド様。これらは一体……?」

「こういうのは早く準備しておいた方がいいだろう」


 妊娠を伝えた次の日には、赤ちゃんのためのベッドやおもちゃ、手押し車など、赤ちゃん用品が多数。

 すべてアルフレッドの手作りである。


「でも、ちょっと早すぎませんか?」

「すまない。嬉しくてなかなか眠れなくてな……無意識に手を動かしていたら色々と作っていた。自分でも驚いている」


 素直に謝り、照れたように言う夫が愛おしくてたまらない。

 あぁ、この人と夫婦になれて、家族になれるなんて、自分は本当に幸せ者だ。

 思わず、シエラはアルフレッドを抱きしめていた。


「アルフレッド様、大好きです」

「私もだ。愛してるよ、シエラ」


 互いに引き寄せられるように口づける。

 愛情を伝えるためのキスは、優しくて心をあたたかくしてくれる。

 愛する人と結ばれる奇跡。そして、愛する人との子どもを授かる奇跡。

 女神ミュゼリアが愛という芸術を愛し、加護を与えてくれる意味が分かったような気がする。

 愛こそが、奇跡そのものなのだ。


(子どもが無事に生まれてくることもきっと、奇跡ね)


 日常の小さな奇跡を積み重ねて、大きな奇跡へと繋がっていくのかもしれない。

 愛する人との奇跡の日々をこれからも大切にしていこう。

 そうシエラは心に誓った。

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