閑話 二人のこれから
目を覚ますと、一番にクリストフの顔が見えた。
泣いていたのか目が赤い。
(どうして、殿下は泣いているの……?)
自分の状況が思い出せず、イザベラは不思議に思う。
「イザベラ!」
名を呼ばれ、いきなり抱きしめられてイザベラは混乱する。
「ちょ、やめてください」
「嫌だ。君を失うくらいなら、俺はもう我慢しないと決めた」
「……え?」
「本当に無事でよかった……愛している、イザベラ」
クリストフから愛を告げられて、イザベラはハッとした。
魔女の呪いを解くために、イザベラは死を覚悟して力を使った。
けれど、死ななかった。愛を学べという女神の采配で。
(わたくし、ちゃんと生きているのね。みんなの――殿下の傍に帰ってこられて、よかった……)
愛を信じなかった前世のベラと違って、今のイザベラは愛がどれだけの力を持っているのかを知っている。
アルフレッドとシエラに見せつけられたし、クリストフがイザベラを愛してくれていることが自分の心を動かしていた。
あんなにも女神と愛を嫌悪していたのに、今は愛のあたたかさに救われている。
「体調が回復したら、改めて君の気持ちを聞かせてほしい」
クリストフが離れようとするのを察して、思わずイザベラは腕を伸ばした。
そして、彼の背にぎゅっと腕を回す。
「イザベラ?」
まさかイザベラが抱きしめ返すとは思わなかったのだろう。
クリストフは驚いたような声を出す。
でも、イザベラはそれどころではなかった。
好きな人との抱擁は初めてで、心臓が飛び出しそうだ。
「……改めなくても、これが答えです」
まだ自分の口からうまく伝えることができない。
それでも、イザベラの精一杯でクリストフに気持ちを返したい。
「ありがとう。十分すぎるよ」
そう言って、クリストフはイザベラの体を包み込むように優しく抱きしめた。
「こうなったら、婚約解消を解消しなければならないな」
イザベラを抱きしめたまま、クリストフは嬉しそうに言う。
「本当に、わたくしでいいのですか?」
イザベラは、自分の都合で彼を振り回してばかりいる。
一方的に婚約解消したくせに、クリストフを拒絶しきれなくて、後になって好きだと気づいたのだ。
それに、一度解消した婚姻を再び結び直すなんて、できるのだろうか。
もし無理矢理押し通せば、第一王子である彼の立場を悪くしてしまうかもしれない。
「イザベラでなければダメなんだ。俺が愛するのは君だけだから」
「でも……」
「イザベラは何も心配しなくてもいい。君はこの国を救った英雄の一人だ。父上も感謝していたよ。俺の気持ちを伝えたら、応援してくれているよ。もしロナティア王国が反対してきても、説得する自信はあるよ。それくらい俺は本気で君を愛している」
「クリストフ殿下……」
クリストフはイザベラの赤い瞳をまっすぐに見て、言葉をくれる。
向けられる想いを感じて、胸が熱くなった。
(わたくしも、同じだわ)
クリストフでなければ愛せない。
彼に愛される幸せを誰にも奪われたくない。
「ロナティア王国の方は、わたくしにお任せください。でも、お兄様はきっと喜ぶと思うわ」
エドワードは妹の幸せを願ってくれる優しい人だから。
もちろん国益のことを考えて、ヴァンゼール王国との友好を強める手段としてうまく利用することだろう。
「それは心強いな。だが、今後のことはまたゆっくり話をしよう。君はまだ目覚めたばかりだし、まずは食事が先だな」
そうして、クリストフに甲斐甲斐しく看病されてイザベラは回復した。
なんだかとても恥ずかしい経験だったが、クリストフがずっと傍にいてくれて幸せを感じられる時間でもあった。
後日、アルフレッドとシエラが見舞いに来てくれて、二人の結婚式の招待状をもらった。
「次はイザベラ様ですね」
と、こっそりシエラに耳打ちされて、顔がゆでだこのように真っ赤になったのはクリストフには秘密だ。
再び婚約に向けて動き出しているが、肝心のイザベラがクリストフにまだ好きだと伝えられていない。
婚約を結ぶ時までにはちゃんと言葉にして言いたい。
愛を伝え合うアルフレッドとシエラを見ていると、ますますその気持ちが強くなった。
近い将来、必ず伝えると決めてイザベラはロナティア王国への手紙をしたためた。




