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【第3面】 (2)

「ここです」

 連れて来られたのは、都庁の最上階だった。

 といっても、ここはトーキョー都庁ではない。昔トーキョー都庁だった建物、である。

 新しいトーキョー都庁が建つ際、「歴史的な建造物を壊すのは時流に逆行する」という民意により、観光施設として移設、転用された。なぜだかうちの県が誘致に当選したので、ここに「都庁」があるのだ。トーキョーで解体し、こちらで組み直したという。現在の色はディープパープルだ。下卑た色である。

 地元民は「ツリータワー」とかいう不恰好な名前で呼び倣わしている。テナントは低層ゾーンと上層ゾーンにまとまっている。エレベーターも中層の大部分には停まらない。大部分はあきらしい。そのためか、秘密結社なり正義の組織なりの隠れた本拠地が都庁にあるという、当然嘘である噂も、絶えることはない。

 テナントは大衆的なものだ。コンビニはもちろん、日用雑貨の激安店、ラーメン屋や食事処などの餌場、量産衣料品を金と引き換えるインフラ的服屋、などがひととおりある。ほかには、図書館や、公営団地、学校、「都庁資料館」などが入っている。

 最上階は、お約束通り展望階だ。おそらくトーキョー時代のように人は多くはなく、活況とは言えるが、盛況ではなかった。フロアに虫食い穴のように置かれたテーブルでは、制服の高校生が受験勉強していたりする。駄曲のBGMが脳味噌を殴打してくる。最近流行のJRMジャパンラップメタルとかいうジャンルだ。ボリュームを絞ってほしい。

 トーキョーではどのようなビル群を眼下にしていたかは知らないが、現在はモザイク状に都市と田園が絡み合った適当な景観を眺めることができる。

「私は、庶民には考え付かない事を企画しているの」

 厚い窓ガラスを後ろ手に触れ、mkmlは言った。

「イカサマちゃん。私と一緒に、この世界を変えてっ」

 私は、ごく真剣にそんな事を言われ、自分の動作が停止するような悪酔いを感じた。少しだが確実に、世界の時間が止まっていた。それはきっと、mkmlが別のセカイを割り込ませようとしたゆえの、世界の摩擦だった。

 だが、この世界はmkmlのセカイを押し流し、ふたたび囂々と流れだす。

 世界を変えるですって、この子は何を中二病丸出しのコトを。二の句が継げなかった。が、私が継ぐ必要もなかった。mkmlは全身から言葉が溢れるに任せた。破裂した風船のような瞬発力。

「この世界には、人間を超えし選民集団が存在する。その種族はEPエンチャンテッド・ピープルと呼ばれ、ヒトにしてヒトならざる異能を授かった宿命さだめの民。私は、そのひとり。私と一緒にこの世界を手にしましょう。この偽りの世界を叩き壊しましょう」

「ちょっと……。ちょっと待って。なんで私が一緒に?」

 私は深刻に、その一言を吐き出すのみだった。

 相手の怨念じみた昏い顔。それは生半可な信仰どころではない。根っから「染まり切った」人間が全身で表現する、エネルギーのよどみだった。気を緩めたら、一気に吸われそうだ。

「言うまでもないでしょう。あなたにも私と同じ素質を感じたんです。だからあなたを見過ごせません。あなたにはEPエンチャンテッド・ピープルの眠れる素質がある」

 じりっ。mkmlは近付いてくる。窓にはベッタリと貼り付いた手形。

「世界の頂を極めるためにのみ生まれた、純粋な、汚れなき一族。その化身が私。そして、あなたです。来るブルームーンの月曜日、××山で『差配の儀リチュアル』が開かれます。遠隔参加も含めれば50に迫る同族が参加するとされているのです。行き魔しょう。私と一緒に魔界へ。あなたを歓迎するの。私と同じ血が流れる仲間ですから。目覚めましょう、さあ……」

 mkmlは私に手を伸ばした。

「私は、エンチャンテッド何とかじゃないわ。証拠をみせて……? 私がソレだという」

「これからみせる。一緒に来て下さい。あなたは嫌でも知るでしょう。私達EPエンチャンテッド・ピープルの宿命を」

 mkmlは手を伸ばしてきた。

 もちろん証拠なんかあるわけがない。だから証拠を出せるわけがない。私は確信していた。

 だが――、私は、控え目に、手を握り返した。

 話を真実だと一片も思ったわけではなかった。恐怖に圧されたわけでもなかった。なのに私は、mkmlに同意した。

 なぜなんだろう。私はこの、哀れ極まりない、みすぼらしい痛い電波少女を、放っておけないと思った。

 mkmlに対して感じる、暗いガラスの破片のような輝きは、おそらく、いとおしさだった。



 都庁からの帰り、mkmlは満足そうだった。ちょうど日暮れ時で、下界の都心の大通りは、落ち葉のような色が濃かった。たくさん居る人々は影絵のようだった。現実世界が一つのトーンに染まる限られた時間帯。

「イカサマちゃん、ありがとうございます。もしかしたら、解ってくれないかと不安で。でも、解ってくれてよかったです」

「ううん、そんなことないわ」

 私はmkmlに愛想笑いを投げた。本心は夕日の効果が隠してくれる。

「きっと後悔はさせません。EPエンチャンテッド・ピープルは裏の世界の争いを勝ち抜き、頂点に駆け上がるのです。もちろんCCクレージー・クローラーSOMシットロード・オブ・マネーといった敵対勢力たちも強力です。仲間内での血みどろの争いもあることでしょう。しかし、勝つのは私達です」

 mkmlは決意を秘めて言った。メガネが似合う、もとの真面目な顔に戻っていた。

 もよりの駅に来た。mkmlはバスだが、私は電車なので、ここで別れることになる。

「ではまた月曜日に会いましょう」

 mkmlは言った。

 私は頷いた。


「――」

 

 別れ際、mkmlは歩みを止め、振り返り、私に何か言った。セリフは聴こえなかったが、とびきりのかわいらしい笑顔だった。逆光が儚げな影でmkmlを染めた。景色や構図的にも出来過ぎなワンシーンと言えた。mkmlは真摯な笑みを残し、雑踏の中に消えた。

 このような流れを、手垢のついた展開、と言うのである。

 私は、疲労感がひどかった。

 mkmlの空転するエネルギーについていけない自分が、とにかく重かった。熱中するmkmlにジブンを同調させるだけで必死だった。私はmkmlに合わせる一方で、mkmlを突き放して鑑賞していた。そしてmkmlが繰り広げた「演劇」に対し、空疎な寒々しさを覚えていた。

 どうせ、現実なのだ。

 ブルームーン? リチュアル? 裏の世界の戦い? mkmlの期待する展開は絶対に起こらない。

 それでも月曜に付き合うのはどうしてかって? われながらいい質問ですね。それは私が暇だし無為だからよ。『ゲーム』もないしね。いえ、あったらあったで非常に困るけれど。

 mkmlが魂から演出する架空の冒険旅行でお茶を濁そうというわけ。

 下品な動機だと分かっている。でも、見物趣味もあるけど、心のどこかでは、mkmlのことを心配に感じていた。あの子の内面と関わってしまった以上、区切りがつくまでは離れられないと感じた。

 mkmlと一緒に居たら、私は、まるで『ゲーム』を知る前の自分を見てる気がした。

 

 ぼんやり立っていた私は、何となく駅に入る気にならず、雑踏に向かって歩いた。

 虫が知らせたというか、少し歩いた先に、何かがある気がした。

 未来において確実に見るはずの何かが。

 これも『ゲーム』からの「反映」がなせる業だろうか。

 雑踏にまぎれて揺れるmkmlの頭を見つけた。私は距離をあけて追った。

 途中、mkmlが振り返った。何かを気にしているようだった。私は、やましいこともしていないが、なぜか身をかがめ、見えないようにした。

 mkmlは大学の近くまで戻り、ある中規模の本屋の前で立ち止まった。まわりを何度も見回し、本屋に入って行った。なにかを警戒している様子だった。

 私は外から店内を見た。学校が近いからか、多くの学生や老人で、見るからに賑わっていた。

 奥の書架で何かを立ち読むmkml。目は血走っていると言ってもよく、電撃的な素早さでページを捲っていた。

 私は店に入り、mkmlのナナメ後方にポジショニングした。男性客と棚を二重のガードにし、mkmlが動いたら棚の陰に完全に隠れられる。しばらく観察した。

 やがてmkmlは本を棚に戻し、さりげなく周りをうかがうと、店を出て行った。

 私は、外から見えない場所でしばらく待った後、mkmlが見ていた本を自分の手に取った。それは『うにべる』というタイトルの文庫本だった。若者向けの小説の一種のようだ。カバーにはグロカワイイぬいぐるみを抱いた少女のイラストが描かれていた。アニメっぽい絵だった。

 私は本をめくり、ぱらぱらと、摘まみ読みした。果たしてその筋書きは冒頭から私を戦慄させた。私は8分ほど掛け、本の大筋を検索した。本を買おうかやめるか、一瞬躊躇して、結局棚に戻した。興味がない本をなぜ買おうと思ったのか分からない。

 私は店を出たあと、本の裏表紙に載っていた「CONTENTS」の文を思い浮かべた。

奇跡具現チューニングという異能に目覚めた大学一年のアカネは、世界が偽物であるという衝撃の事実を知る。悩める茜の前に、同じく異能の少女・アオイが現れ――。選ばれし「EPエンチャンテッド・ピープル」である二人が運命的に出会い、世界を根底から変える大事業に乗り出す。ハードアクションノベルここに開幕!』

 そういえば、表紙のイラストの少女は、メガネをかけていたなあ。

 同じような、気がした。

 ――いや、はっきり言う。同じだった。

 小説の冒頭を読んだが、カフェテリアでメインキャラの二人が話す場面がある。二人は、そこで初めて、深い話をする。

 そして、都庁に場所を移し、主人公が決意をカムアウトするに至る。

 完璧に同一の展開なの・・・・・・・・・・

 そして、私が「手垢のついた展開」と言った、mkmlが囁く場面。文庫にはその場面のイラストがあった。ただし視点が逆で、駅をバックに佇んでいるもう一人のヒロインのカットだった。そのヒロインは、言うまでもないけれど、私なのだろう。

 これまでに関する限り、mkmlと私の行動は、小説の筋書きをなぞっている。もはやmkmlが小説を意図していることは疑いがなかった。

 やれやれだわ……。

 私は溜め息が出た。

 失望したわけではない。現実世界には失望は無い。期待が無いのだから。

 月曜日、あの子は、ぬいぐるみを持って来るのかな。

 目を閉じて、mkmlがぬいぐるみを抱く様子を想像する。それを、あの本の表紙のイラストに、重ね合わせてみる。ふたつの像は材質が違う。うまくできない。まだ、うまくできない。

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