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【第2面(裏面)】 (8)

「……なんや、あんた?」

「君は口を滑らせた。承諾しなければプレイヤー権限は移らない。ならば、この少女は、君達に承諾を与えることはない。不服ならば実力で奪い取ってみるかね?」

「……!!」

 シェリィの顔に動揺が貼り付いていた。男の手を払い、飛びすさった。

 プロペラ音が響いた。巨大なグラフィックの接近。飛空艇が頭上に居る。上空を囲むように三艇。異様に滑らかなホバリング。データの海に、等質なデータが溶け込むかのよう。

 近くの艇の乗り口が開き、管理組合ギルドの一人が叫んだ。

「シェリィ、迎えに来た。ここは危ない。早く乗って」

「せやな。だが、ちょい待ってな。今説得しとるところやからな……」

 シェリィは答え、私に向き直る。

「最後に訊くが、うちらに加わる気は無いと、あんたは言うんやな?」

 シェリィの眼光にされるも、私は、ちゃんと呟いた。

「ええ」

 シェリィは脅迫する。

「うちは征服欲が強うてなあ。自分のものにならんもんは、自分の手で殺す。それでもええやろかな?」

「御託を並べる前に、とっとと殺したらどうだね。そうしないのは、できないからだ。君達は詐欺師だからな」

 男性が堂々と論難する。

「詐欺師がなぜ詐欺の手口を使うか分かるかね? 実力も実質も無いからだ。だから、詭弁や幻影を繰り出すしかない。恐怖を演出し、救い主を名乗る。相手に付け入るには常套の手法だ。君達の行動は、この少女からプレイヤー権限を取り上げることに集約されている」

 私が言いたかったことを、男性が簡潔に言ってくれた。

 テレビで警戒警報が流れた時、気付いた。この『箱庭』は、何かがおかしい。タイミングが、悪すぎるというか、よすぎる。端緒を掴んだら、仮説は芋蔓式に出てきた。そして、シェリィの動揺で、仮説が真説だと判った。

「くっくっく。……さよか。しゃあないわな。馬鹿っぽい女やと思うて、見くびりすぎたかもしれん。小賢しいフロクが付いとったわな」

 男性を一瞥、忍び笑うシェリィ。 

「どのへんで気付いたんや?」

 場違いなほど冷静に、シェリィは訊いた。

「特別なことはしてないわ。ただ、あなたたちが私に与えた『データ』を、落ち着いて見直してみた」

 データを見ること。検討すること。

 なぜなら世界はデータ・・・・・・・・・・だから・・・。男性に教わったことだった。

「強力な魔物の襲来だとしても、あなた達の自慢の『箱庭』が、こんなに簡単に危機に陥るのはおかしい。逆にいえば、その程度の『箱庭』なら、団結して守るなんて無意味。管理組合ギルドの存在意義は無い」

 シェリィは表情を動かさずに聞く。

「けれど、なぜか、『箱庭』は混乱に陥った。そしてあなたは、混乱に乗じて、私のプレイヤー権限を奪おうとした。だけど、上位者が『ビリッカス』のデータを欲しがるのはおかしい。あなたにとって、私のデータは、奪う価値がある・・・・・・・ということ。――つまり、詐欺師のあなた達は、身分を詐称している・・・・・・・・・。詐欺師はどういう手法を使うかしら。たとえば霊感商法。霊が憑いていると脅し、お札や宝石を買わせる。詐欺師が演出するのは、幻影よ。法螺ほらとも言うわ。取り囲んで脅迫したり、ホテル代を払わせたり、唐突すぎる魔物の襲撃を作り出したりね。すべて『あなた達のフィールドの効果』だとしたら、演出だと気付くのは難しい。だけど、詐欺師であるなら、そのくらいの技術は持っていると思った」

「トチ狂った発想やなぁ。この魔物達が幻いうんか? 今も町は破壊されてるんやで」

「その町も幻なら? 自作自演だわ」

「アホか。それに、うちらの身分も嘘? どないして、そんなんできるんや?」

「『ゲーム』ではフィールドを自作できる。偽のカウンターを作るぐらい、わけないわ」

 私は結論を言った。そして、さらに踏み込む。

「あなた達は、本当は上位者ではないはず。もしかすると私よりも弱い可能性だってある。力があったら詐術には走らない。とっとと殺してる。私が殺されてないのは、そういうこと。『箱庭』に住んでいたいなら、それもいいわ。自分達の幻影世界に閉じこもるのも、トリッキーだけど、デスゲームを回避する一つの方法。だけど私は、停滞ではなく、クリアを目指している。『箱庭』の外に出してもらうわよ」

「……迷惑な観光客さんや。どうやらあんたは、管理組合ギルドに入る資格がないらしい」

「入る気は無いわ。外に出して」

「嫌だと言えば?」

「闘って外に出る」

 シェリィは姿勢を正し、冷たい目をして、せせら笑う。

「後悔すんでー? 大口叩いたけど、闘ったら、うちらの力を知るんや。『嘘じゃなかった。詐欺師なんかじゃなかった』って、臍を噛んで死ぬことになるんやで」

 私は、生唾を飲み込む。動揺してはいけない。シェリィの意図は脅しだ。平常な状態で闘わせないことを狙っている。実際の力が無い詐欺師は、相手が平常な状態なら勝ち目はない。『ゲーム』では内面がステータスに反映する。「ジブン」のグラフを揺らさない努力が常に必要だ。エルフのステージで学んだ。

 ……だが、もしほんとうに、シェリィの力がカウンター通りなら? 私は、穢れ無い正義のヒロインのように大見得を切った自分を、死ぬほど後悔する。というか死ぬ。

 いや、ジブンを掻き乱す雑念を入れるな。『ゲーム』を進めるには、賭けも必要、それは今だ。私は賭け札を出した。この手でいくだけだ。

 

「しゃあない、はじめるで」

 シェリィは自分のカウンターを呼び寄せた。

 同時に私のカウンターも後方に出現する。互いのステータスが表示される。シェリィは順位7位、HP387。額面通りなら、相当に手強い。対して私は……。

 私は愕然とした。

 順位、99位。HP、7。

『ゲーム』の当初に戻ってしまっている。本当に「ビリッカス」だ。散々動揺したことの『反映』なのか。実体の無い恐怖を投げ付けるシェリィの詐欺手法は、成功したと言える。

 だが、いい加減、私のほうも成長した。折れそうなジブンの重みに、全身でこらえて、耐えた。

 成長、か。

 現実では絶対に言わない恥ずかしい言葉だ。私が素直に成長という言葉を使える世界は、もう、『ゲーム』だけ。まだ『ゲーム』をやめたくないなと、おそらく初めて、私は感じた。尺取虫が進むような成長だが、まだ続けたいと。

 鈍い痛みが脛に走った――HPが4減り、3となった。

「ふう、どうや? 銃を撃ったら150前後ものダメージを与えてしまうからな。次の攻撃で、あんたは終わりや」

 シェリィがライフルの台座で殴ったのだ。

 脛は現実並みに痛かった。HPが0になれば、ゲームオーバーだ。もう一撃、多くとも二撃で、私は死ぬことになる。

 だが、私は、妙だと思うほど、しっかり立っていた。気力も体力も萎えていなかった。カウンターの表示と、ジブンの内的な感覚に、明らかな乖離があった。

 ハッキリ言えば、シェリィが詐欺師であることに「賭け」た決め手は、この、ジブンの感覚だった。

 膝の痛みも、苦戦する戦いも、「現実」の嫌らしさの比ではない。

 それを体得したから、私は、ここに居る。現実のようにすくんだままでは恥じ入る次第だ。

「いいわ、攻撃して」

 私は両手を広げた。嘘か本当か、次の一撃で明らかになる。私は、嘘に賭けた。『ゲーム』の中でなら、現実ではする気もない、どこをどう見ても物語の主役であるような、演技をしたっていいだろう。

 まるで、ヒロインのように。

 私は『最強の勇者ヒロイン』になるのだから。

「さあ、早くして。それとも、私がする? あなたの『387』の数値がどうなるか――」

 私は一歩、進んだ。

 シェリィは一歩、退がった。

 シェリィは、仄暗い眼で、銃を握り締めた。私に、振り下ろした。

 

「…………く、く、く」

 

 シェリィは不気味に笑った。

 私は、3のダメージを受け、カウンターが0を表示した。

 私は、死ななかった。

 しっかり立っていた。

 私は、稲光のようにたびたび私を苦しめた、凍える恐怖が、私の身から去ったのを感じた。

 ガシャリ。シェリィは銃を投げ出した。ダラリと四肢を垂らし、濁った目で私達を眇めた。

「勝負、あったなあ」

 シェリィは諦め、呟いた。

 ぐにゃり、シェリィが軟体動物のように、ひしゃげた。

 私の視界が歪んだからだ。

 かき消すように、シェリィは、居なくなった。

 飛空艇も消えた。

 魔物も点々と消えていく。

 私の背骨の付け根に激・・・・・・・・・・痛が走った・・・・・



「な」

 恐ろしい事態が進行していた。

 が、出るのはまぬけな声のみだった。

 腰から全身へと広がる、火花が散るような痛み。分子の結合が解き放され、私自体が、宙へと散るような。手術される自分を自分で見るような恐怖感。私は、痛む箇所を眺めた。

 体にナイフが突き刺さっている。見覚えがあるナイフ。キャンパスで私を襲った老婆のものだった。あの時、男性が助けに入り、老婆からナイフを取り上げた。

 そのナイフが男性の手で私の腰に埋まっている。

「いいかね、本物の詐欺師というのは、詐欺師だと気付かれはしないのだよ。仕事を終えるまでは」

 ゴリッ、男性はナイフを内側にねじる。意志とは関係なく、私の口は絶叫し、体は弓なりに反れる。麻酔の逆だ。強制的に全身にショックを走らせる。ただ痛いだけの痛みではない。もっと不吉な衝撃だった。このナイフ、なにか、まずい……。

「あのバアサンが、エルフが、きみを倒せるとは思っていなかった。最初からこうするつもりだったよ。きみというデータを解体する。データを頂き、これからに生かさせてもらうよ。『ゲーム』を進めるためにね」

 男性は笑いもしなかった。一つ仕事を遂行しただけのこと。そういう顔。

 シェリィは、いや、もしかしたらシェリィ達は、囮? 

 黒幕は最初から、男性であったのか?

「な、――かはっ、プレ、っちが、っは、」

 沸騰するように湧き上がる痛み。声が、かすれる。

「『ゲーム』には男性のプレイヤーは居ない? その通りだ。『詐欺師』が生み出した幻影を除いてはね。『ゲーム』の決まりを逆手に取れば、警戒されずに敵プレイヤーに接近できる。冥土のみやげに教えよう。わたしは・・・・詐欺師・・・の代理人・・・・なのだ。本人は安全なところで高見の見物を決め込んでいるわよ」

 そう語る男性の姿は、メガネのメイドに変質していた。

「だってぇ、馬鹿らしいやん? ゲームで死ぬなんて。頭使うやつは、カラダ使ってプレイなんぞ、ようせんし。ゲームなんて、片手間にクリアしてナンボやないか」

 次は、シェリィの姿だった。

 ナイフだけが、相手の同一性を示すように、握られ続けている。刃から流れ込む波状の衝撃。熱いのか冷たいのか、とにかく私に破壊的なショックを与える。ナイフを抜く力は、私には無かった。……しかし、どういうことなんだ? エルフが男性の手下で、男性はメイドで、シェリィで。いやでも幻影なのだから、もしかして、メイドでもなく、シェリィでもない?

 ……私はこいつの正体をま・・・・・・・・・・だ知らない・・・・・んじゃ?

 それは、恐怖だった。本体を掴んだと思うと、蜃気楼のように後退する。それがいつまでも続く。相手が見えない恐怖こそ、『詐欺師』の真骨頂では。

「最後に教えよう。ここは『夢の夢』とでも言う世界だ。夢の夢、つまり、ゲームの中のゲーム・・・・・・・・・さ。きみは、エルフのステージからまだ出ていないんだ。エルフと入った酒場で、きみは水を飲んだ。あの水には『夢の夢』のフィールドにきみを呼び込む眠り薬が入っていた。わたくしが薬を入れさせたのさ。手下のエルフに指示してね」

「な、」

 なんですって、と呟いたつもりが、まともに声は出なかった。

 ゲーム内ゲーム。

 私はエルフを倒してからも、ずっと『ゲーム』をさまよっていたのか。

 じゃあ、もしかして、「今回のステージ」でユイが居ないのはそのせいか。遅くてもその時に気付くべきだった。どうして、ユイが居なくて、代わりに男性が居たのかと。

 大学で男性に会った時、私はすでに『ゲーム』の中だった。いや、それよりも前、サークルビルでヒジリが腹黒い裏人格を見せた場面も、『ゲーム』の中だった。この男性が、正確には、男性の本体の女性プレイヤーが、作成したゲーム内ゲームゲーム

 振り返れば、『詐欺師』はステージの至る所に、自身を明かす手掛かりをちりばめていた。『詐欺師』にも美学はあるらしい。男性は言った。世界はデータである。データを操れば世界はどうにでもなる。それどころか、「シェリィ達は『詐欺師』だ」と、事実の一端さえ、自ら口にした。私は、シェリィ達に関心を奪われすぎた。シェリィ達は広大な詐欺ステージの一部にすぎなかった。私はステージの全体を精査すべきだった。もちろん、男性のことも。しかし、すでに男性は、私の側に居た。

 私の背後から私を見て・・・・・・・・・・いたのだ・・・・

 データを詐欺的に操り、自分の作成したデータ世界に相手を閉じ込め、データを奪う能力。

 それが『詐欺師』の能力だ。

 完敗だ。私は完全に敗れた。勇者と『詐欺師』の相性は最悪だ。僭越なことを言うが、私が勇者の資格があるなら、ある意味で魔王よりも『詐欺師』は脅威的だった。

 勇者は人間を信用せずにはいられない。人間を助けるのは、勇者の役目だからだ。『詐欺師』が優しさや率直さといった仮面を用いて接近した場合、勇者は背後から刺されるナイフを避けられない。何度やっても負けるかもしれない。

 いま、私は負けた。ゲームオーバーだ。

『詐欺師』が来ると分かっていたら、次は避けられる。

 だが、次は無かった。

 カウンターが警告音を発した。HPが赤字で点滅した。78/103、34/103……。滑り落ちるような減少。これが真正のステータスだろう。内的な危機感とも一致する。

 いつのまにか、私のカラダは変化を遂げていた。

 ナイフの周囲に空隙くうげきが広がっていたのだ。

 空間というよりか、白く光る霧のような感じだ。その部分は、石灰化したように空疎に感じられ、全く動かなかった。そして、白化はカラダ全体に侵蝕しようとしていた。

 そうだ、ログアウト。――無理だった。手も動かなかった。

 絶体絶命だった。

 私は、壊れつつあるデータだった。自我の壁を破壊され、世界に向かって自我が散る予感に襲われた。私は、文字通り、ジブンというデータが結合を解除され、四散していくのを感じた。池に垂らされる絵の具のように薄まり、やがて透明になるのを予感した。

 ジブンとは、質量であり、密度なのだ。ジブンは『ゲーム』への窓だった。それを通して『ゲーム』を認識し、そこから『ゲーム』に関与できた。

 しかし、窓は、ゆっくりと閉じられようとしていた。

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