【第2面(裏面)】 (7)
夜空を魔物が覆っていた。
空から火を噴く鳥の魔物。
地上を丸太のような足で闊歩する獣人の魔物。
隕石のように降って来る魔物。
洪水のように町を襲来していた。ビルからは嘔吐や下痢のように人の群れが吐き出され、道を埋め尽くした。しかし、避難は思うように進まず、大量に魔物の犠牲になっていた。
しかし、今まで、男性やメイド以外の一般人は目にしなかったはずだが、どこから湧いて出たのか? ビルの中に隠れていたのか? 私はメイドと一緒にホテルから出たが、溢れ返る群衆で避難は覚束ない。飛び交う光線、石礫、弓矢の雨。逃げ惑う群衆の断末魔。私の血肉が共鳴し、ヒリヒリ痺れる。闘うべきか。――勇者として。
「ショウブ、手を上に!」
という声を聞き、私は咄嗟に手を伸ばした。
強い力で引き上げられ、体は宙に浮いた。
「社長つかまって!」
瞬時の判断で私は男性に言った。男性は私の手を掴んだ。私は浮き、私に掴まる男性も浮いた。
私を引き上げたのは、シェリィだった。
光に包まれ、大きな翼が生えているが、羽ばたいてはいない。翼が飾りで、空飛ぶ呪文でも唱えているのだろう。群衆達と、メイドが、私達を目で追った。メイドの目には絶望と羨望が光り、やがて暗く閉じた。私は胸に鋭い痛みを感じた。……だが、手遅れだ。
「地上に居たら巻き添えになる。上行くで」
私達はシェリィに引かれて上昇した。空中でも光線や矢が戯れのように飛び交っていた。当たれば少なくとも大怪我だ。
私達はビルを高層で繋いでいる空中道路まで行き、下界を見守った。今回現れた魔物の群れは、王宮に現れた魔物たちよりも強大だ。建物や人間への攻撃力から明らかだった。RPGであれば、序盤では決して登場しない強敵たち。魔女や魔導士タイプの魔物もおり、風や雷で群衆を駆逐する様子も見られた。
『ゲーム』内ををさまよう小さな群れが気まぐれに襲って来たのではなかった。計画的で大規模な総攻撃に見える。この『箱庭』を徹底的に滅ぼそうという意図を感じる。
下界の道という道には群衆が溢れ返り、ゆっくりと漂う泥の流れのようだ。泥の中の小石のように見えるのは魔物だった。逃げ場を失い、引きちぎられる、群衆たち。
その時、地下の格納庫からせり上がって来たのは、不思議な光沢をもつ楕円の戦車だ。戦車は発砲で魔物に応戦する。閃光と爆発。魔物達にも犠牲が出始める。
『箱庭』側も手をこまねいているわけではないようだ。
「あの戦車には、うちらの配下が乗っとる」
「あなた達の配下? あのメイドさんとか?」
「せや。日頃から訓練された優秀な戦闘員なんや」
「プレイヤーではないの?」
「『箱庭』に居るプレイヤーは、うちらとあんたの十一人や。うちらは『箱庭』の管理者や。十人で『管理組合』を結成し、フィールドを管理しとる。あとの住民達は『箱庭』というフィールド情報の一部や。もちろん大事やで。フィールド情報の破壊はうちらの力の減衰を意味する。だから『箱庭』は守らなならん。中に侵入されても、防衛システムはある。戦車とか、あとはアレやな――」
その時、小さなドラゴンが、私達に襲い掛かった。すかさずシェリィはライフルを構え、撃った。光線が小ドラゴンの目を撃ち抜き落命させた。二十メートルあろうかという死体がひょろひょろと落下した。
この場所も安全ではない。ドラゴンやガルーダといったタイプの魔物も乱舞しているのだ。高層でも戦いは行われていた。鋭利な刃やプロペラのついた個性的な飛行機の一隊が魔物を迎撃していた。ああいう乗り物は何て言ったか……。ゲーム用語では飛空艇とか言ったはずだ。
「アレが『箱庭』の誇る兵器や。五艇あって、『管理組合』のひとりが乗っとる」
シェリィは悠然と飛空艇を指差し――、
巨大なドラゴンの火柱が一機の飛空艇を貫通した。
なんという勢い。まるでマグマのレーザービームだ。
飛空艇は動力を失い、落下して行った。
「リュ、リュシアン! リュシアンーーーッ!!」
シェリィは柵に寄りすがって叫んだ。
ドラゴンは悠然と飛び去った。
「なんでや……? おかしいやんか。今まで、こんな大群に襲撃されたこと、ようなかったで」
シェリィは四肢を震わせ、激しい落胆に陥った。彼女は仲間を失ったのだ。リュシアンの顔は知らないが、私にライフルを向けていた誰かだったんだろう。しかし、もう居ない。死が福引きのポケットティッシュなみに乱発する世界。内蔵が溶け落ちるような嫌悪感。シェリィの呻きが理解できた。けど、苦しみを除いてやることは、私にはできない。
シェリィは涙で湿った顔で私を見た。
それは、濡れた朝顔のように、しなやかな顔だった。怒りに引きずられず、闘う意志に満ちていた。
「なあ、あんたも力を貸してくれ」
「……私?」
シェリィは静かに頷く。
「ほんとなら、あんたに『箱庭』を見てもらって、それから返事をもらうつもりやった。けど、この非常事態や。あんたの加勢が必要や。一緒に戦ってくれるな?」
たしかに、今の危機的な状況では、一緒に戦うのは自然なことに思える。私はプレイヤー側であって、魔物側ではない。
「一緒に戦うのは構わないけれど、」
「ありがとうショウブ。ほなら、あんたのプレイヤー権限をうちに預けてくれるな?」
「え?」
シェリィは私の手をグッと掴む。友好の握手、なのか? 無表情だが禍々しい眼光。私は気圧される。
「うちらと一緒に戦うちゅうことは、『管理組合』に加わるいうことや。加わったメンバーはゲームデータと管理権を頭目に預けることになっとる。歓迎するで、ショウブ」
獲物を狙う蛇のような、寒い暗い瞳。
握手は、ほどけない。骨が砕けるような力。
手の痛みと、シェリィの本性に、私は顔が歪んだ。
「頭目の一括管理で『箱庭』は磐石の機能をする。防衛システムもや。たとえビリッカスでも、プレイヤーは拒まん。プレイヤーはゲームの中では特別なんや。フィールドを作れる唯一の存在だからや。あんたの今までのデータを譲渡してくれ。悪いようにはせん」
断ると言ったら? 喉には、その言葉が込み上げていた。しかし、シェリィの圧力に押され、心身が動かない。何とか出た答えは、
「戦ってあげるわ。でも、あなた達とは別行動で、戦う」
「何だって」
シェリィの首筋に、ぶわっと血管が浮いた。
ダンッ、私は首を鷲掴みにされ、柵に押し付けられた。私が大学でエルフにしたように。シェリィも私と同じだ。『ゲーム』に入れ込むプレイヤーは、狂信に憑依される。人間の器に収まらない、強靭な実行力。
「やかましいアバズレだなあ。だまってきいてりゃよお。いいからうちらの仲間に入れって言ってんだよ。ゲームのゴクツブシがよお。てめえのデータは『箱庭』で役立ててやるんだからよお」
「苦しいわ、シェリィ。……じゃあ、どうしたらデータをあなたにあげることができるのよ?」
私は悶えながら言う。力は、少しだけ緩んだ。
「チッ、最初から素直になれや。マップを表示しな。てめえの管轄するデータが出て来るだろ。そのデータを見ながら、『データと管理権を譲渡します』と言えばいいんだ」
「知らなかったわ。そうすれば、私のプレイ権がなくなって、『管理組合』の一員になるのね?」
「そうだよ。さっさとしな」
私はマップを表示した。黒い天球が出現した。天球の左下あたりだろうか、結構な面積を占めて、デフォルメされた未来都市のグラフィックがあった。そこには現在地を示すピンクの点滅もあった。『箱庭』を示している。『箱庭』から上に辿ると、とても小さい光があった。王宮のグラフィックだった。私が作ったフィールドは、ちっぽけなものだった。集団の力と、一人の力の差。
「分かったわ」
「よし、早く」
「『譲渡します』と言わなければ、あなた達はプレイヤー権限を奪えないのね」
「……てめえ、何を言っている?」
「こういうことよ」
私は、マップを消した。
愕然とするシェリィ。眼球が小刻みに動く。動揺が現れる。その「データ」を観察し、私は、確信を強めた。
「早くマップを出せェェェェ!! そうしないと――」
シェリィは私を柵に押し付ける。落とそうとしている。私がエルフにしたのと同じくらいの力だった。つまり、私は対抗できるはずだ――動揺に我を忘れなければ。私だって、『ゲーム』の世界で、経験を積んでいる。
太い腕がシェリィの腕を掴み、ゆっくりと私から遠ざけた。
男性が助けてくれた。
「……なんや、あんた? 男の出る幕やあらへん」
「無駄な事はやめたらどうだね。君達の仕掛けは見破られている」




