【第2面(裏面)】 (6)
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私は『ゲーム』のことを男性に説明した。男性は私のイメージから発生したキャラクターには違いないが、私の思い通りに動かせるラジコンというわけでもない。役に立つアドバイスをくれそうな気もした。それよりも、ベッドがキングサイズの一台だけという寝室に二人だけで居る状況は、沈黙が耐えがたかった。
「ふむ、解った。つまり、ここはゲームの世界である。きみはゲームをクリアしようと考えている。だから、『団』の誘いを受諾し、ここに留まる気はない。と、いうわけだね」
男性はベッドに腰掛け、膝に手を組む。
部屋は薄暗いが、サングラスはしたままだ。
「だが、景色が変わろうとも、世界はデータの融通に過ぎない。ゲームの世界であろうともね。シェリィ君たちへの信頼も、現実世界と同じさ。人間への信頼は、断片的なデータへの信頼と同じことだ。人間が裏でどんなことをやっているかは窺い知れないからね」
「……じゃあ、あなたの意見は、シェリィ達を信頼しろということ? だって私は、ここで立ち止まるわけには……」
ゆっくりとサングラスが頭を振った。
「いや、信頼すべきではないと思うね。わたくしの経験から判断すれば、シェリィ君の言動や雰囲気は典型的な詐欺師のものだ。わたしは彼女達のデータからそういう結論を得たね」
「シェリィ達は、詐欺師――!?」
私は男性を見詰めた。地図模型のような陰翳に満ちた顔。静かで、落ち着いている。
じつは私もシェリィ達には一種の違和感を持っていた。それは、シェリィ達を信用すればするほど増大するような違和感なのであった。私のモヤモヤした感情は、男性の「詐欺師」の判断によって、名前を与えられた気がした。
きっと私はシェリィ達に従うべきではない。
「詐欺師は甘いことを囁く。利点だけを強調し、負担からは徹底して目を逸らさせる。落とし穴を見落としていないか、チェックしてみるといい。――だが、クリアするつもりなら、迷う必要はないだろう?」
「……そうよね」
私は、非常識なほど大きな窓から景色を見た。ビルやネオンが緻密な遠近法で煌めき、直線と曲線の回廊がバランスよく配置されていた。異星や近未来を感じさせる、どことなくファンタスティックな夜景だ。
子供がイメージする「遊園地」を『ゲーム』の力で完全再現したような空間が、この『箱庭』だった。芬々と散っている明かりは緩やかな弧を描いて地平の黒と入れ替わった。『箱庭』と外界の境界線だった。
答えは決まっている。
だが、シェリィ達と衝突し、勝てる自信は無い。
ならば、『箱庭』から人知れず脱出するしかない。何重にも亘る門。同様に『箱庭』を包囲する城壁。どうすれば逃げられるだろうか。
「今から考えればいいことさ。そのために今日は彼女達に引き取りを願い、時間を稼いだわけだ」
と男性は言った。
「現実世界の事業でも言えることだが、切羽詰まれば名案が浮かぶものでね。ゲームのスリルを楽しみながら、落ち着いて考えようじゃないか」
男性は芯から自然に落ち着いているように見えた。私は芯から脅え、心の震えが止まらなかったから、男性の落ち着きが解ったし、染みた。サバイバルの現実世界を歩き続けた経験が、今の男性を作り上げたのだ。男性の存在感のおかげで、私も冷静さの尻尾をかろうじて掴んでいられた。
私は、シェリィ達の言動を中心に、こちらに来てからの記憶を掘り起こし、精査した。私に与えられた「データ」のどこかに、この『箱庭』やシェリィ達のことをよく知る手掛かりは無いだろうか。相手を知らなければ、相手の陣地から抜け出す事は難しい。
私は静かに記憶を反芻してみた。
男性は部屋の中央のダイニングに移動し、100インチはあるだろうテレビを見ながら、ルームサービスで注文した鳥肉の丸焼きらしき物を食らった。何の鳥かは分からない。
君も食べたらどうだいと言い、男性は大皿に料理を取り分けた。私は気晴らしになればと思い、料理を口に運んだ。何の味か不明なパサパサとしたピラフ。発砲スチロールのようだ。テレビでは現実世界で見たことのないニュース番組が流れていた。ストロパデス地方に生息する絶滅危惧種の鳥のハルピュイアが、人工繁殖に成功しました。レーテー川の対岸の軍事国家ダークランドがエルガードに宣戦布告しました。等々。スーツを着たメガネの司会が原稿を読み上げるのは現実世界と同じだ。大いに違和感があった。
ビイビイビイビイビイビイビイ――
突如、警報音が流れ、画面が赤い閃光に満ちた。
画面は暗転し、静まった。だが、故障ではないようだ。電源のランプは、ちゃんとついている。
画面に文字が現れた。白い文字は、黒い画面に、音もなく縫われていく。
第 Ⅳ 種 警 戒 態 勢
ページをめくったように、次の画面。また文字が表記される。
E ハ 『区画』P ヲ 通 過
8 時 方 向 ヨ リ 侵 入 ノ 見 込 ミ
総 員 警 戒 セ ヨ
ふたたび、暗転。自動的にテレビの電源が落ちた。
「――なんだね、これは?」
男性はナイフとフォークを皿に置いた。
わからない。部屋の天井の円いスピーカーからは、無機質な女の声が警戒のメッセージを読み上げる。何となく、メガネのメイドの顔が想起された。
その時、私は何とも言えない空気の変化を覚え、窓へと駆け寄った。
夜景の照度が、極端に落ちていた。
まばゆい明かりやネオンは消え、『箱庭』の輪郭は闇に同化した。
この規模の停電からして、『箱庭』全体に非常事態が起こったらしい。「第Ⅳ種警戒態勢」という表現からも分かった。
トントントントン、扉がノックされた。部屋が大きいので、音が遠い。
「誰だろうね」
「さあ……?」
男性と顔を見合わせる。
――開けてください。当ホテルのメイドでございます。
無機質な声がした。男性が頷いたので、私はドアを開けた。メガネのメイドが立っていた。
「大変なことになりました。急ぎ避難を。DM軍の襲撃です」




