【第2面】 (13)
私達は、エルフの街の廃墟を歩き、暇を持て余した。『ゲーム』なのに手持ち無沙汰になるとは、初めの経験ではある。
「……で、つぎはどうするのよ?」
「そうですね……。」
急に、風が吹いた。
あちこちから吹く落ち着かない風は、やがて、歩くのが危ういほどの強さになった。
風は上空に向かって吹き集まった。まるでアメリカ映画のスケール。巨大な掃除機に吸い上げられるかのようだ。公園を出てからずっと垂れ込めていた黒雲は、風に散らされた。だが、アメリカ映画の光景なら、すでにエルフで見慣れた。私は驚きもせず、ただ観察した。
星一個すらない、真っ黒の空が広がった。
空の向こうには、異様なものがあった。
それは、アメリカ映画を凌駕するスケールだった。
夜陰に紛れて存在する、恐ろしく巨大な物体。
惑星のような巨大な岩が、空中に浮かんでいた。
「あれは……!!」
ユイが、呟いた。
緊張した声。いつものユイではない。
「どうしたのユイ。あれは何? 知っているの?」
「い、いいえ。ちょっとびっくりしちゃって。あれは、たぶん、『DMの箱舟』です……! 合宿所では習ったですけど、見たのは初めてです……!」
「『DMの箱舟』?」
「ええ。DMの分身とも言われる、カオスな存在」
『箱舟』の形は球体ではなく、たしかに船に似ていた。だがそれは、垂直に屹立した船の形。つまり紡錘形だった。表面は岩のような無機物にも、怪獣の肌のような有機物にも見えた。ごおごおとスケールの大きい音を、世界全体に響かせている。それは地鳴りか、暴風か。だいぶ遠くにあるはずだが……。天を突き破るような浮遊物。どれほどの巨大さなのか……。吐き気がした。
「分身、ってことは、魔物や生物? それとも機械や兵器なの?」
「わからないです。『箱舟』を研究した人は居ないからです。どうしてかというと、『箱舟』が現れた場所は完全に破壊し尽くされるからです」
「ありえない設定ね。まずいじゃない」
笑い飛ばしてみたが、本音は後半だ。
この『箱舟』は、まずい。見ているだけで、今までにない恐怖を感じた。しかも、なぜ恐怖を感じるのか、それが解らない。だから異常に気持ちが悪い。広大無辺の宇宙に一人で放り出されたような恐怖。悪夢を実体化したような恐怖だった。
「脅威なのは間違いないです。逃げましょう、ショーブちゃん――」
ユイが言うも、間に合わず。
滑るようにツーッと近付いてきた。
『箱舟』は、手を伸ばして触ってみたかのように、簡単に街に到達した。
私達の真上をなぞる、『箱舟』の岩肌。
「あ……あぁ…………!!」
何もできず、立ち尽くしている自分を発見した。
恐怖のあまり、理性が飛びそうだった。
たまらない圧迫感と閉塞感。声も出なかった。まずい、絶望的かもしれないと、どこか他人事のように思った。
『箱舟』は街を蹂躙した。
高度を落とし、回転しながら、低空を移動した。『箱舟』に巻き込まれたビルは、粉々に粉砕され、『箱舟』に吸われていった。粉砕と、吸収。つまり、消去だった。エルフの残した町は『箱舟』によって消されつつあった。私達も間もなく、消される運命にある……。本当か? もう助からないのか? 近くの建物に避難したら? だけど建物ごと巻き込まれたら? 終わりだ、もうどうしようもない。終わりだ終わりだ終わりだ―――――
私は放心していた。まるで『箱舟』に粉砕されるのを持っているかに見えた。
「まだですよ、ショーブちゃん!」
ユイの声が、私の黒い心に、そのとき閃いた。
「諦めちゃだめですよ!! ショーブちゃんが諦めたら、誰がゲームの世界を救うんです!? 勇者様は、皆の希望……。ユイの、希望なんです!! 諦めないでください……。お願いですから……」
ユイが必死に語り掛け、私の体を揺する。私は魂が抜けたように、くにゃくにゃ揺れた。なんでユイは必死なんだと、冷たさを持って観ていた。――いや、そういえば、いつもユイは必死というか、全力だ。快活で、懸命で、それが普通だった。子供だから『ゲーム』への集中が続くのも理解できる。
馬鹿ユイだな……。この『ゲーム』は、ユイ、あんたが考えてるような、お気楽なものじゃない。いくら勇者サマだって、何度も復活できたりしない。死ねば消滅。無になるんだ。安易な希望があればクリアできるような、都合いい『ゲーム』じゃないんだ。残念だけどさ……。
「ログアウト、してください」
ユイが冷たい声で言った。
それはユイにしては落ち着きすぎた声。私は逆に戸惑った。ユイまで恐怖で錯乱したのか?
ここで、ログアウト? 予想もできない選択。
「さっきの人が使った手です。ゲームを強制脱出してください。結果的に『箱舟』を回避できるかもしれません」
そういうことか。さっきエルフが使った方法。たしかに、ログアウトにより、エルフは私達の前から消えた。同じように私達も『箱舟』から逃げられるかもしれない。だが、次回ログインした時、ここから始まる可能性だってある。それなら先延ばしにしかならない。不確定事項が多すぎるんだ!
「だとしても、次のログインの時まで、『箱舟』を回避する方法を考えてくればいいじゃないですか。大丈夫だよ。ショーブちゃんならできるよ。勇者様なんですから!」
根拠のない励ましだった。ユイは、まだ幼いのだ。死の恐怖を私のようにびりびり感じることは、ないのだ。あくまでもゲームはゲームだと……いや、ゲームだろうと現実だろうと、死ぬことはないだろうと思っている。死を想像もしないし、できないのだ。子供ならではの幸福な熱中を、私は羨ましく思った。
とにかく、今はプレイを続けたら死ぬ。確かに、ログアウトしかない場面なのだ。
私は腕輪のボタンを押す準備をした。
「わかったわ。いくわよ。あなたも準備はいい?」
「ハイ」
ユイは答えた。素直な自信と好奇心に溢れた目だった。ユイ自体、この『ゲーム』が作り出しているプログラムではないだろうか。そんなことを思った。
私は、ログアウトした。




