【第2面】 (12)
間一髪で逃げられてしまった。
私は、ユイには分からないように、静かに息を吐き出した。相手に逃げられたことに、じつはホッとしていた。覚悟ができていない相手を殺したら、後味が悪すぎる。
「ショーブちゃん、追い掛けましょう」
「追うって……私達もログアウトするの?」
「もちろんです。敵を捕まえて倒しましょう! ――あっ、だめでした。たしか、ゲームの勝負を現実に持ち込むのは反則なんでした」
ユイは頭を抱えた。『ゲーム』には私が知らない決まりがまだあるようだ。
ふと、ユイは私のカウンターを見上げた。
「あ、ショーブちゃん、順位があがりましたよ! よかったですね!」
確認すると、カウンターの順位は「61」に変わっていた。「98」だった先刻と比べると、素晴らしい変化。
だが、『SC』は穴が目立つ気がする。今の順位もどれほどの決定力を持つのか。ログアウト中に順位の変動があったり、殺される寸前でログアウトできたり、不確定な箇所が多い。仕様上の欠陥と思えるほどだ。
しかし、今回のイベントから、私は一つの仮説を立てた。
それは、プレイヤーを一番深く囚えた感情が『ゲーム』を進める動力となることだ。
いわば、プレイヤーの人格そのものと言える生々しい部分を、『ゲーム』は反映するのだ。
プレイヤー自身も制御できない、感情の深淵。
その謎めいた脈動が、ブーストされ、インターフェイスを通じて発露される。『フィールド』を作成したり、敵を倒すエネルギーとなる。HPが上がるのもそのためだ。
プレイヤーの内側のブラックボックスが『ゲーム』を進めるのだ。
おそらく、「レベルが高いプレイヤー」とは、安定したパフォーマンスを出せる能力や、『ゲーム』の特性を整理しペースを掴む能力、等に秀でたプレイヤーを指すのだろう。
空蝉ヒジリは、計算の立たない期待をする人間には思えない。私に『信じている』と言えたのは「ブラックボックスの使い方によってはクリアの目がある」と見たのではないか。
そうであると嬉しい。
もちろん、ギャンブルには違いない。ブラックボックスは怪物じみた存在だ。プレイヤーが制御できるものではない。むしろプレイヤーを囚えてしまう。
『ゲーム』の行く末を思うと、不安と期待が混じった重圧が、上空の黒雲のように私の心を囚えた。
「敵を逃がしちゃったのは残念ですけど、お城が復活したのは良かったですね! 『魔法の引き出し』を取りに行きましょう。攻略本の通りです」
私はユイに手を引かれ、王宮に入って行った。
城の地下の宝物庫は厳重に施錠されていたが、「王様の恩人である勇者殿には自由に開けて差し上げろ」という通達が衛兵隊長から出ていたらしく、私達は宝物庫に入れてもらうことができた。
立方体の宝箱を開け、『魔法の引き出し』を手に入れた!
錆びた黒い腕輪で、装飾の鎖や宝石があしらってある。これは城に秘蔵された伝説の道具のひとつなのだ。攻略本や、兵士の話では、「けがれのない心をもつ冒険者だけが身に付けることができる」。
この腕輪を装備した者は、さまざまな呪文を覚えることができ、最終的には魔王の闇を切り払う聖なる呪文さえ使えるようになるという。名前から、机の引き出しのような形を思い浮かべたが、実際は全然違った。
子供であり、邪念もなさそうなユイが装備するのが、とりあえず適格だろう。
ユイは、『ゲーム』の腕輪の反対、左手に腕輪をはめた。
「んしょ……ちょっとキツいな……けど大丈夫です」
ユイは二個の腕輪を嵌めた両腕を交差させ、ポーズをとった。
ともかく、これでユイの能力アップが期待できる。
というわけで、イベント一つ消化した。
用済みの場所にとどまるのは、『ゲーム』では無駄なこと。私達は、王宮をあとにした。




