【第2面】 (4)
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誰も居ない[ ラウンジ ]で目を覚ました。うたた寝したようだ。
私は何となく、部屋が眩しすぎるような窮屈感を覚えた。
が、違った。外が暗くなっていたのだ。時間はまだ昼だが、厚いガラス窓の外、湿っぽい霧雲が広がっていた。
私は何となく、ビルを出てみた。白い石の階段からの光景。霧雲が低く漂っていた。階段を降りなければ、霧雲に手で触れそうだった。遠景になるほど、霧は濃くなった。というか、不自然に黒味がかっていた。町や駅がある方角は、だから真っ暗だった。地鳴りのような、奇妙な音が漂っていた。
ビルを出た所にある公園は、雲のせいだろうか、木々は滴るような緑色。地面は骨のように白かった。
踏切型のロボットが木に紛れて立っていた。脈絡なくあり、見落とすところだった。
現実の景色に似せたここは、『ゲーム』のフィールドか。
木々のやわらかな新芽を掻き分け、ロボットに近付いた。
【『SC』にようこそ】
頭部の電光板で、文字がスクロールしていた。プレイヤーを追尾するロボット。現実ではない目印。
私は再び『ゲーム』に入ったらしい。腕輪も具現化していた。
腕輪が光り、変調を示した。麦色のLEDの点描が「ユイ」という文字を描いた。腕輪の表示は、他のプレイヤーの存在を伝える。ユイが近くに居るということだ。
何となく、笑いたくなる。サークルビル前の公園という見慣れた景色の中にユイが居る? ちぐはくな印象だ。公園を進んで行くと、ユイを見付けた。ブランコに座りミネストローネ味の『うまい棒』をかじっていた。
ユイは前回の服装のままだった。アニメの導入部のようである。現代の公園に現れた古代の魔術師。――本人は「僧侶見習い」と言っているが。
「また会えて嬉しいです、ショーブちゃん。きょうも元気に、ゲームしましょう!」
背の低いユイが、人懐っこく抱きつく。『ゲーム』に入ったばかりの私は当惑する。
「あなた、どうしてここに?」
「なんとなくです~。ここで待ってたら来るって思いました」
ユイは屈託なく笑う。ここに居るのも私と会うのも当然という顔。細かいことを気にしていない。『ゲーム』を現実と同一視している感すらある。ユイは外見的には多く見積もっても中学一年というところだ。現実世界ではどういう生活をしているのだろう。
「ところで、前とフィールドの景色がちがいますね」
ユイは言い、あたりを見回す。
ここは『ゲーム』ではある。しかし、前回とは違った。『ゲーム』に入る間際の私のイメージを反映したらしい。現実に悪酔いしながら『ゲーム』に入った。ログインの主導権は『ゲーム』にあるようだ。好きな時に入れるわけではない。
「お城はどこですか? 早く、ユイたちのホームのフィールドに帰って、ゲームしましょうよ」
「ここは『ゲーム』なのよ」
「ちがうですよー。だってちがう気がしますもん。ショーブちゃんとユイのゲームの舞台は、こんな景色じゃなかったですよ。ここは、現代のふつうの町じゃないですか。魔物はどこですか? これから向かうダンジョンは、どっちの方向ですか?」
ユイは真顔で尋ねる。たしかに言う通りではある。『ゲーム』の中とはいえ、現代・普通・現実の風景だった。『ゲーム』の気分は起きない。私の服装も、前回勇者的なものでなく、大学での格好のままだ。バッグや財布もある。辟易する「現実」さだった。
前回も、『ゲーム』なのに「現実」的な気分を感じる現象があった。
どういうことだろうか?
「お城に戻りましょう。攻略本によれば、お城の宝物庫には『魔法の引き出し』があると書いてます。『魔法の引き出し』は、僧侶の潜在能力を引き出す道具で、呪文を使えるようになるとあります。ユイはパワーアップできるんです」
ユイは提案した。手に持っている大判の本には『SC冒険者ガイド』というタイトル。
「――って、あんた、攻略本!? どうしてそんなものを?」
「ユイですよ。合宿所で貰ったんです。冒険の役に立つそうです」
私は本を見せてもらう。確かにユイの言う通りの内容が書かれている。城の地図が載っていて、宝物庫の場所まで出ている。『魔法の引き出し』を手に入れたら『西の洞窟』へ向かおう――なんて書かれてある。
妙な話だ。『ゲーム』は確定したものではないはずだ。プレイヤーの無意識のイメージを感知し、フィールドが構成される。だから、「こうすればいい」という「攻略本」は無いはずだ。
いや、つまり、攻略本の存在を私の無意識が望んだのか?
私は心のどこかで、この世界に論理の糸が通ることを望んでいるのかもしれない。あてどのない夢のようなゲームは、夢と変わりがない。ある面での安定感は必須だ。それをゲーム性とか言うのだろう。ゲームとして成立していること。一番大事な決まりだ。
「分かったわ、ユイ、お城に戻ってみましょう」
ユイの提案に乗り、攻略本の効果を見極めることにした。本が使えそうなら、リファレンス用に持ち歩くのは有用だ。
私は腕輪を使ってマップを表示させた。暗い半球に表示された唯一の明るい場所、王宮のグラフィック。『ゲーム』をスタートした地点だ。
マップで王宮が表示された場所、それは現在の景色で言うと、都心の方向と重なる。私達はそちらの方向へ向かうことにした。
現実世界の都心と同じ景色のフィールド。
SCでの都心は、竜巻のような濃厚な暗雲に覆われている。まるで、微細なグラフィックをアピールする、スクリーンショットのようだ。私は不穏な予感を感じたが、「ここはゲームなんだ」と自分に言い聞かせ、何事もないかのように歩きだす。




