【第2面】 (3)
「ご無沙汰だったわね。何をしていたわけ? 一週間にもなるのよ」
「HAHAHA、頭を冷やすんだ、友よ。それはお前さんのせいじゃろ」
不快な声が、快活に響いた。
「私のせい?」
「お前はヒジリを『SC』のベットにしたじゃろう。だからな、お前からヒジリに近づくことはできないのじゃよ。『SC』をクリアするまでは、ヒジリに接近できなくなったのじゃ。ゲームの決まり事が現実に作用しないと思ったら大間違いじゃぞ。ヒジリとて勧誘者の仕事もあるでな……お前だけに構っていられる訳ではない。じゃが、勧誘者からの伝達事項はプレイヤーに平等に与えられねばならない。そうだ友、だからわしがヒジリの代わりに伝言役となり、お前を呼び出したのじゃ。わしは今の時間、売店の棚に居る。伝達事項があれば伝えよう。定期的に売店を覗くことじゃな」
そういうことか。
ベットにしたのは、いわば質に預けたのと同じ。接触が制限されるのは当然のこと。ヒジリに会えなくなったのは、私の自業自得だ。私は納得したし、後悔した。
今まで通りにヒジリに会うためにも、『SC』を早々にクリアしなければ。
「今日はヒジリからの伝達事項はあるの?」
「Um。連絡ではなく、質問のようじゃがな。こう言っていたぞ。『君は夜になったらサークルビルに居る?』と」
「なにそれ」
「知らぬ。言われたままを伝えた。それではの」
RTは飛び立った。
私は手を伸ばし、RTを捕まえた。
「……何じゃ、いかさま殿。まだ何か?」
「名前で呼ばないで。特に、恥ずかしい苗字では」
私はRTを掴む手に力を込めた。監視役のRT。私やヒジリを高みの見物している態度が気に入らなかった。
「ねえ、あんたさ。本当に、違反したり役目が終わったら、ヒジリを殺すの?」
「もちろんだとも友。決まりじゃからのう。わしは『SC』の代弁者じゃ」
「だったら、私に『SC』のクリアのやり方を教えなさい」
ワタシは強い口調で迫る。
「ダメじゃな。わしの存在価値が減るじゃろうが」
私は握力を強めた。RTの固定した顔はヘラヘラ笑っている。脅しは通用しない相手らしい。ぬいぐるみに痛覚はあるか。たぶんない。ところで、私は、『ゲーム』前よりも怒りやすくなったろうか。そんな気がする。『ゲーム』に合わせて感情の起伏が激しくなり、しかも制御できていない。
摩訶不思議なのは、現実でも『ゲーム』のようなパフォーマンスが出せてしまうことだ。さっきの私は意図せずに女を腕一本で持ち上げた。たぶん、殺すことも可能だった。
「Hei、イカレ始めてるな、わが友よ。イイ感じに『反映』しておるようじゃ」
私は知らずに力が緩んだようだ。RTは手から脱け出した。
「……『反映』、ですって?」
「Nnm、『ゲーム』が現実の心身を蝕むのさ。『反映』は『ゲーム』の特典なのじゃ。『ゲーム』で得た能力を現実でも使用できる。『反映』を目的に『ゲーム』に参加するプレイヤーも居るほどじゃ」
「そんなことが、」
あるとは思えなかったが、今の自分を省みるに、事実であることは疑いなかった。
たとえば、『ゲーム』で巨大な火球を出す魔法が使えれば、現実でも使えるのか? 私が「暴走」し、気に入らない人間を魔法で殺したら、「大学構内で爆発事故 原因は不明」などと報道が流れるのか?
「Naa、気楽に考えたまえ。『反映』と言っても、現実世界が変わるわけじゃない。お前一人が力を得るだけさ……。『ゲーム』の力を持つプレイヤーは、現実世界では無敵じゃ。お前は『現実』に苦しめられてきたのじゃろう? 遠慮することはない。『現実』を壊してしまえ。何でもできる。力があれば揉み消すのも容易い」
耳元で浮かび、RTは囁く。私はRTの本性は悪魔だと思った。『ゲーム』側に居るのに、『現実』への関与を唆す。矛盾する態度は、悪ノリゆえだ。『ゲーム』への集中を殺ぐ意図を裏読みする。
たしかに、唆されてみたい思いも無くはない。『反映』した能力を現実使用すれば、今までに無い活気的な結果を現実へと運べるかもしれない。
いや、果たして、できるのか?
『反映』された能力は、元々ゲームクリアのためのスキルのデータが、現実世界に一部転送されたものと考えられる。
ゲームのスキルは、現実で使うには、切れ味が鋭すぎる。
「現実的」な、複雑・鈍重・非効率な方法こそ、現実生活には適している。
この世界の冷めた「現実」という空気。その空気に冒された人間達。私が一人、『反映』のパワーを開放しても、白けた全校集会でお祭り騒ぎをするピエロのようなものだ。どこまでも寒々しく、空しい。そもそも使う気になれない。やっぱり、だめだ。能力があろうと無かろうと、私は「現実」にタッチしたくはない。「現実」に何かをやろうという意欲など、お笑いだ!
とりあえず『ゲーム』に戻ろう。RTの囁きに囚われるわけにはいかない。私は『反映』の効果で悪酔いしている。この吐き気を遠ざけるためにも、『ゲーム』を続けるしかない。今の私には、戻るべき場所がある。それは、陽炎の集まりのような現実世界の中で、一本のロウソクの炎のように、確実なものに思えた。
「お生憎様。今は『現実』にタッチしている暇は無い。私は一刻も早く『ゲーム』をクリアする必要がある。私はヒジリをベットにしてしまった。申し訳ない気持ちに苛まれる。だからといって、許されるわけではない。結果を出さなきゃならない。クリアするしかない。ヒジリをベットから解き放ってやりたい」
RTは何かを喋ろうとした。分かっている。「自分でヒジリをベットにしたくせに」と嘲るのだろう。だから私は喋らせないために、こう続けた。
「そして、クリアした後は、あなたにもヒジリは殺させない」
「Hou」
RTは呆気に取られ、私を見下ろした。
「Houriisitto! おもしろい。できると思うなら、してみたまえ。さらばだ友よ」
捨て台詞を投げ、RTは飛び去った。
「現実夢」の悪酔いは続いていたが、最初のように意識が途切れるほど苦しくはなかった。RTやヒジリの存在を意識していることで、現実が中和されるようだ。
私は飛んで行くRTを追った。見失わなければ、「現実夢」まみれのキャンパスから出られる予感がした。サークルビルに行こう……。
どうしたら再度『ゲーム』できるかは知らない。だが、『ゲーム』に一番近い場所はサークルビルのはず。『夜になったらサークルビルに居る?』というヒジリの伝言。真意を推測する。私はヒジリをベットにしたせいで、ヒジリに近づけなくなったらしい。しかし、逆はどうか? ヒジリから私に接近することは、支障ないのではないか?
「偶然サークルビルに居る私にヒジリが近づく」ことはできるはずだ。伝言の意味は「夜にサークルビルに居れば会える」ということだ。そう理解した。
気付いたらキャンパスを抜け、サークルビルへの坂を走っていた。貝殻の形に似たRTの影が、風船のようにひらひらと舞っていた。「現実夢」の霧の向こう、少しずつ『ゲーム』の輪郭が見える気がした。
ビルに入るとRTを見失った。
とりあえず、925Eに行ってみた。ドアは施錠されていた。RTの二次元パネルが掛かっている。この絵の中にでもRTは入ってしまったのか。パネルにデコピンを食わせた。無言だった。
私はおなかがすいている事に気付いた。腹がダストボックス化したようにすいていた。神経が昂っているようだ。
ビルの二階の学生食堂に行った。広くて、すいていた。Bランチとカツ丼を注文した。それを事務的に食べた。
食器を下膳すると、猛烈に眠くなった。眠気で歩くのも辛くなり、[ ラウンジ ]という表示が出ているスペースに立ち寄った。待合室のように整然と連結された椅子が並んでいた。観葉植物が仕切りのように置かれてあった。すこし休むには適していた。私は椅子に座った。若干沈むマットは座り心地がよかった。
ヒジリをベットにした事が、頭に去来した。自分を悔い、だけどあれしか無かったと弁護し、やはり私は最悪だと落ち込む。
ぐるぐると暗い螺旋に吸い込まれた。




