【第2面】 (2)
建物の外に出ると、心地良い興奮が醒めた。キャンパスを吹く風に溶けていった。
すると代わりに悪酔いが始まった。
鉛の柱が喉をせり上がるような窒息感。暴走した力の反動。
現実の景色が更に汚く感じられて……。脈絡のない悪夢のようだ。
通りに溢れる学生、
立ち並ぶ古い講義棟、
青い空、白い雲、
空を小さく飛ぶ金属の飛行機、
そういうものを、全く脈絡ないものに置き換えてみたら分かる。
通りにはワタアメの袋が人間のように歩き、講義棟の代わりに木クズや古タイヤの産業廃棄物の山があり、空はアナログ写真のフィルムのようにつるつるで黒く、飛行機ではなくカーネーションの花束が飛んでいる、というように。そういう齟齬感が私を食い荒らした。
悪夢ではなかった。
悪夢そのものの現実の体験。
つまり「現実夢」を、私は見た。
現実が解体してしまったのだ。
今までは「現実であるから」という理由、それだけの脆すぎる理由で、現実はヒビだらけの陶器のように何とか形を保っていた。しかし私は『ゲーム』を経験し、『ゲーム』の法則と現実の法則が真っ向からぶつかった。
そして、現実のほうが破壊された。
今は、現実世界が理解不能だった。
だが、現実世界は存在していた。
悪心がした。自制が利かなくなりそうだった。何をやるかわからなかい。いや、事後になっても何をやったか分からない、というふうになってしまうかも。一歩ずつ「狂い」の方へ脳が転がる感覚。私は休憩したかった。強制的に意識を切りたかった。
緊急避難。サークルビルに行くんだ。925Eで、横にならせてもらおう。
ヒジリは居るだろうか、今日も居ないんじゃなかろうか。
最初の『ゲーム』から一週間が過ぎようとしていた。
その間、サークルビルを訪ねても、ヒジリが居たことはなかった。
今日の午前の英語でもヒジリは居なかった。初めての欠席。
ヒジリに会えないのは、私がベットにしたせいだと思った。きっとそうなのだ……。根拠のない不安。息が苦しい。
おかしい。出れない。
歩いても、出られない。
なぜか私は、キャンパスから出ることができなかった。
門はいくつもあり封鎖されてはいない。そちらに向かおうとするが、辿り着かなかった。
見覚えのない四辻に出てしまった。そこも同じような建物に囲まれていて、居場所が分からなくなる。太陽で方向を知ろうとするが、雲に隠されていた。というか、空が眩しすぎて凝視できなかった。「現実」世界の光は、いちいち強すぎるのだ。キャンパスの外に出るのは、望み薄だと感じた。グルグル、回っていた。キャンパスが、それとも私が、むしろ両方なのか。メリーゴーランドの中で、自分も空転している……?
私はひとまずデータ量の少ない場所に逃げた。建物と建物の隙間の薄暗い小路。育ちの悪い芝生があり、腐りかけた木のベンチがあった。私はベンチに沈むように横たわった。
学内放送が聞こえた。
呼び出しをします。学生番号G-××××××の者。5号館の売店に来なさい。
耳にこびりつく響きだった。さもありなん。スピーカーは真後ろ、建物の壁にあった。偶然だろうけれど、監視網を感じさせて不快だった。
……と思ったら、呼ばれた番号は私ではないだろうか?
聞き違いかもしれない。学校が私に用なんて考えにくい。しかし私はベンチを立った。もし自分だったらと思い、気になった。眩暈のする頭で歩き、5号館に赴いた。
ところで、呼び出しの場所はなぜ「売店」なのか。普通、インフォメーションカウンターとか、そういう場所ではないのか。何かおかしい。
売店は5号館のラウンジの更に奥にある。学生達で立錐の余地もなく混んでいた。物資を補給する生物の群れ。データがデータを取り込む行為。私には次元の低い食らい合いに見えた。物資は人間に取り込まれ、人間はより強い人間に取り込まれる。
「ショウブ。Oi、ショウブ」
何処からか囁く声。見上げると、埃を被った飲料用冷蔵庫の上に【RT】が載っていた。見落とすような所に居るものだ。学生達は上に居るRTに気付かず、冷蔵庫の扉を入れ替わり開けて閉める。RTはぽんと飛び降り、私は思わず手を差し伸べた。RTは私の両手にうまく収まった。気付いた学生は居なかった。小さなぬいぐるみの挙動には誰も注意していない。
私は、この奇妙な喋るぬいぐるみに再会し、なぜか、ホッとした。
「わしを外に連れて行ってくれるかい。ヒジリから伝言がある」
「わかったわ」
RTを両手で持ち、フラフラと外に出た。




