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【第1面】 (4)

 

 雷のような音がして崩れた天井が家臣を潰していた。

 

 突如、激しい地震が起き、天井が落ちたのだ。メートル単位の石材が派手に落下した。何人かの家臣が下敷きとなり、すでに声もない。

 一瞬の出来事だった。私はハッと息を詰めたまま硬直していた。

 揺れと地鳴りは一層激しくなった。

 また天井が崩れた。

「危ない!」

 私は飛び出した。足元が覚束ない。でもとりあえず、王を救わなきゃ。ヒジリを玉座から引き離し、抱きかかえて走った。城内は騒然、逃げ惑う家臣が続出。次々と天井は崩落。家臣は下敷きとなる。警護の兵士達も石に潰される。何人。何十人。何が起こっている? いや、その前に、王を守るのだ。王の屍を残して冒険の旅に出る勇者なんて間抜けだ。

「すまぬ勇者よ、これは一体」

 私の懐で王が戸惑う。ヒジリの顔をした王。王冠は外れ、髪が乱れている。

 天井の半分近くが崩落し、巨大な穴があいた。

 覗く夜空にグラフィックが出現した。

 大きいが非現実的な立体映像だった。

 ツノを生やし、帯や指輪や首飾りの宝飾品に身を包み、黒いヴェールを羽織った人外の姿。威厳に満ち、畏怖を感じさせる異形。味方ではないのを直感した。 

【我こそダークマスター。お前達を滅ぼす者也。】

 像は告げた。地下から響くような不気味な声。煌々と暗く光る目が剥き出しとなる。

「おお……。あれが、ダークマスター……。なんと忌まわしい姿」

 王は像を見上げ、恐れをなすように目を閉じた。

【我に牙剥く愚かな者共よ。今ここで死に絶えるがよい。】

 像は指を掲げた。するとまた地鳴り。残っていた天井が一気に降ってきた。逃げられない。私は王をかばい、身を盾にして、伏せるしかなかった。

 石材が次々に体に直撃した。あああ! 痛い! 骨が折れたッ、内蔵が破裂したっ、……。

 ……いや。

 不思議と痛くない。

 私は体を起こす。王は無事だった。石が直撃した私の肩は……無傷だった。別の岩が足を塞いでいた。さすがに折れただろう。岩をどけると、足も無事だった。鎧のおかげなのか? それよりも、私の力で一メートル近い岩を動かせるとは? 

 驚愕と納得が同時に来たた。

【……ほう、勇者の看板倒れと思ったが、普通の人間とは違うな。】

 DMダーク・マスターは、その悪魔の彫刻のような異形の上に、歪んだ笑みを浮かべた。元来の表情が歪んでいるから、屈折した笑みは、やたらと素直にも見えて、美と威厳さえ感じさせたほどだった。

【だが、貴様達は我のもとに辿り着くことはできん。せいぜいあがいてみせるがいい。ふっふっふっふっふっ………………。】

 含み笑いを残し、DMダークマスターのグラフィックが暗く変化した。

 その影は魔法のように夥しい怪物へと分裂した。DMダークマスターの配下達だろう。怪物の群れは私達に一直線に襲い掛かった。

 翼の生えた魔物。

 長い牙の魔物。

 図体の大きい魔物。

 コウモリのような翼に巡らされた薄い肉の膜。牙の滑らかな光沢と重量感。たっぷりのボリュームの粘土で作ったような筋肉の盛り上がり。

 私は魔物の一つ一つの造形に、えもいわれぬ感動と、もちろん危機感を覚えた。

 それは、胸の高鳴る恐怖だった。

 魔物の足音。鉤爪の擦過音。肉弾のぶつかる音。家臣や兵士が無残に引き裂かれ砕かれる。肉の破片と血しぶきが飛び散る。その色、軌道、阿鼻叫喚のBGM、すべてが劇的だった。時間はまるで止まっていた。私の鎧の下の鳥肌。それは、躊躇ではなかった。絶望でもない。血が沸騰した。脳が快感を覚えていた……! 

 私は、はたと解ったのだ。自分が勇者であるということ。

 勇者であるとはこういうことなのだと。

「選ばれし者」。「悲劇の主人公」。あるいはロボットを操縦するアニメのキャラクターでもいい。そういう人々の脳には、きっと快感があったに違いない。今の私がそうだからだ。

 死と隣り合わせの恐怖だとか、自分が選ばれた不条理とか、そういう苦味を軽く超える熱中感。

 王を守るのだ……守れる。即決と確信。

 私は、「現実」と比較した自分の変わりように、恐怖すら覚えた。恐怖さえ、気持ちがよかった。

 理由は分かっている。

 ここは「断片」がきらめいている世界だから。

「現実」とは違う。困難に打ちのめされる気はしない。

 いや、困難を望んでいる。

 戦って課題をのりこえる快感を欲する私が居る。

 このゲームを、どのぐらい「断片」が占めるのかは知らない。ダークマスターや魔物は私が作った覚えはない。しかし、王や王宮のグラフィック、冒険の門出のイベント……。これらは私が無意識に描いた「断片」にも思える。

 つまりこのゲームは、ある程度プログラムされていると同時、私からも介入できるものなのでは。

 私は王を連れ、魔物の突進を回避し、広間の奥に走った。壁に立て掛けられていた、装飾品の剣と盾を手に取る。まるで手の一部のようになじむ感覚。

 蛸のような足と、熊のような巨体をもった魔物が、攻撃してくる。

 私は剣を一閃。確かな手ごたえがあった。魔物の太い腕と胸板を、ざっくりと切り裂いた。

 翼の生えた牛のような魔物が、上空から冷気を吐いて来た。

 私は、盾をかかげた。冷気を遮断できた。

 魔物の群れに動揺が伝播した。魔物どもは一斉に私を向いた。標的を変えたようだ。まとめてかかって来るのは単純な戦略だが悪くはない。どうせならまとめて逃げて欲しかったが、そうはゲームが運ばないか。

 魔物は雪崩を打って襲い掛かってきた。私は慌てなかった。すこし戦闘した感覚では、まとめて来られても充分に対応できると思えた。

「どこからでも来なさい!! 必ず正義は勝つわ!!」

 私は叫んだ。叫ぶ必要はない。だけど叫ぶほうが面白いからだ。

 王を背中に隠し、応戦しつつ後退。こうして時間をかせぎ、安全な場所まで王を連れて行く。地下には城下へと脱出する抜け道があったはずだ。

 ……「はずだ」? 

 なんだろう、この確信。

 さっきもだ。私は壁に剣と盾があることを知っていた。知らないはずのことを知っていた。――いや、兵士が言っていたのかもしれないな。阿鼻叫喚の中で飛び交っていた情報を、私は拾ったのかもしれない。地下道の存在も、家臣の誰かが、命からがら、私に耳打ちしてくれたのだろう。そうにちがいない。

 長い階段を降りる。私の知識によれば、ここを降りて廊下を進んだ所に、隠し階段がある。不思議な直感による謎の知識。

「あっ、」と王の声がした。私は振り向いた。王は赤絨毯につまずき、階段を滑り落ちた。途中の踊り場で止まった。鳥型の魔物が回り込み、王に狙いをつけた。

 

 私は一瞬動揺した。


 ほかの魔物も、王が私の弱味だと見抜いたのか、王を狙いにかかった。

 ――っ、させるか! 

 私は熊の魔物に剣を振るった。

 魔物の剛毛に弾かれた。

 戸惑う魔物と、私。

 魔物はニヤリと笑った。形勢逆転を直感したのだ。

 なぜだ? なぜだか急に通用しなくなった。体から力が抜けていく。動きが劇的に鈍った。

 なんでよ? まずいじゃない!!

 そう思うと余計にパニックになった。

 すると、自分の体が動かなくなった。――比喩ではない。実際だ。ロックされた感覚。

 ゲームでの私の体は、現実とは違うロボットスーツのような物なのか!? 未知の部分があり、把握できていない。

 土石流のような魔物の群れが向かって来た。一転、絶体絶命だった。

 私が防ぎきれなければ、王の命はない。だけど体が反応しない。脳が混乱の極致だった。

 だめだ。やられる。

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