スポットライトの罠
建国記念パーティー当日。
王宮の大広間は、色とりどりのドレスを纏った貴族たちで埋め尽くされていた。
会場の中央には、二階へと続く巨大な大理石の階段。
その階段の上——会場全体からもっとも視線が集まる「最高のスポットライト」の位置に、カイル王子とアイリスが立っていた。
「皆様! 本日は我が国の建国を祝う良き日であると同時に、ひとつの『悪』に決着をつける日でもある!」
カイル王子の朗々とした声がホールに響き渡る。
その隣で、アイリスはピンク色の可憐なドレスの裾を握りしめ、今にも泣き出しそうな瞳で可哀想なヒロインを演じていた。
「そこにいるロザリー・ヴァルハイトは! 義妹アイリスに対し、嫉妬から数々の嫌がらせを行ってきた! 彼女の亡き母親の唯一の遺品であるペンダントを壊し、毒を盛ろうとまでしたのだ!」
わっと会場が騒然となる。
階段の下、大勢の貴族に取り囲まれた私は、背筋を伸ばしたまま微動だにしない。
「ロザリー! 弁明はあるか!」
「いいえ、カイル様。私が何を申し上げても、皆様はお信じにならないでしょうから」
私が儚げに目を伏せると、アイリスが待ってましたとばかりに階段の前へと躍り出た。
涙をポロポロと零しながら、健気な声で叫ぶ。
「カイル様、もうやめてくださいっ……! お姉様を責めないで! 私がドジだから、お母様の遺品を壊されてしまったんです……っ! 私が我慢すればいいのですから……!」
「ああ、なんて健気なんだアイリス……! 聞いたかロザリー、お前はどれだけ心が腐っているんだ!」
カイル王子が目頭を熱くする。
周囲の貴族たちからも「亡くなったお母さんの遺品を壊すなんて」「なんて恐ろしい悪女」と非難の声が上がり始めた。
(……はいはい、八年前から擦り続けている『可哀想な私』の持ちネタね。第一幕は終了。ここから幕間の伏線回収よ)
私はそっと、胸元の扇子を優雅に開いた。
それを合図に、私が仕込んでおいた第一の罠が動く。
罠その1:物理的証拠の崩壊(退路の遮断)
「アイリス。その壊されたというお母様のペンダント……見せてくださる?」
私が静かに問いかけると、アイリスはビクッと肩を揺らした。
「え……? で、でも、お姉様がバラバラに壊して……」
「ええ。ですが私、壊されたという破片を買い取って、腕利きの宝石商に復元を依頼しましたの。本日のパーティーに間に合うようにね」
合図とともに、公爵家の老執事が恭しく黒い箱を差し出した。
中に入っていたのは、美しく輝くペンダントだ。
「なっ……! なぜそれが……っ!?」
アイリスの顔色が変わる。
「不思議ですわね、アイリス。あなたのお母様が亡くなられたのは、八年前ですわね? ですが……そのペンダントの裏側の刻印を専門家に調べさせたら、半年前に王都の安物露店で購入されたものだと判明しましたの」
会場から「え……?」「亡くなったお母さんの遺品じゃないの?」とざわめきが起こる。
「ち、違います! 私は……露店で似たものを買い直しただけで……っ!」
焦るアイリス。だが、これはまだ序の口だ。
罠その2:共犯者の裏切り(心理的孤立)
「それに、あなたが『お姉様に毒を盛られた』とおっしゃった件ですけれど」
私はゆっくりと階段を一歩登った。
「私があなたのお茶に毒を入れるところを見た、と証言していた平メイドのマーサ。彼女、昨日公爵家を辞職しようとしていたので、引き留めてじっくりお話を聞きましたわ」
「な……マーサが……!?」
「彼女、泣いて白状しましたの。『アイリス様から金貨十枚を渡され、ロザリー様が毒を入れるのを見たと言えと脅された』と。金貨のシリアルナンバーを照合したら、あなたが父様から与えられたお小遣いの口座と一致しました」
大鏡に、マーサが署名した自白書が大きく映し出される。
同時に、会場に設置した集音の魔石が、アイリスの激しい呼吸音を爆音で拾い上げた。
「くっ……あの使えない負け犬が……っ!」
アイリスの口から、低く凶暴な呟きが漏れた。
本人は小声のつもりだったろうが、魔石を通して「あの使えない負け犬が」という声がホール全体に朗々と響き渡ってしまった。
貴族たちが「今、何て言った……?」「使えない負け犬……?」と息を呑む。
「あ……違う、今の違うの!! 私はそんなこと言っていな……っ!」
罠その3:演出家による心理的トラップ(完全自爆)
アイリスはパニックになり、助けを求めるようにカイル王子の腕にすがった。
「カイル様! 騙されないで! お姉様は悪魔です! 私を陥れるために嘘をついているんです! 私を信じて……私を愛していると言ってくれたじゃないですか!!」
「ア……アイリス……?」
カイル王子も、目の前の「可憐なヒロイン」の見たことのない恐ろしい表情に引いている。
ここで、私は最後の仕上げに入った。
あえて悲しそうに、けれど哀れむような視線で彼女を見つめ、静かに告げた。
「可哀想なアイリス。……本当は、あなたが一番『愛されていない』と知っていたのね」
「……は?」
「いくら可哀想なフリをして男たちを操っても、誰も『本当のあなた』なんて愛していない。あなたが愛されているのは、あなたが作った『可哀想な人形』だけ。本当のあなたは、誰からも見向きもされない空っぽの人間だから……だからそんな嘘を重ねるしかなかったのでしょう?」
演出家として、役者の「一番触れられたくない劣等感」を正確に射抜く言葉。
「可哀想なフリをしないと愛されないなんて、哀れな子」
その一言が、アイリスの精神の堤防を完全に決壊させた。
「うるさい……うるさいウルサイウルサイ!!!」
アイリスは髪を振り乱し、カイル王子の腕を振り払って叫んだ。
「あんたに何がわかるのよ!! 男なんてチョロいのよ! 涙を一滴こぼして『かわいそうな私』を演じれば、このバカ王子みたいに簡単に信じて、私の言う通りに動くのよ!!」
「ア、アイリス……!?」
「黙りなさいよこのドジカエル! あんたの顔を見るのも反吐が出るわ! 私はね、八年間も惨めな思いをして我慢してきたのよ! 公爵家の娘になって、あんたを足蹴にして、この国の頂点に立ちたかったのよ!! なのに……なのに何で全部バレてんのよぉぉぉ!!」
絶叫するアイリス。
完璧なスポットライトの下、大鏡には顔を般若のように歪ませて叫ぶ彼女の姿が映し出され、集音の魔石がその怒声を余すことなく会場中に届けていた。
静まり返る会場。
顔面蒼白になり、腰を抜かして階段を転がり落ちるカイル王子。
自らの手で化けの皮を剥ぎ取り、完全に自爆した「元・悲劇のヒロイン」。
私はゆっくりとドレスの裾を持ち上げ、静まり返る大観衆に向かって、完璧な一礼を捧げた。




