信頼と裏切りの戦場12−2
貴族の娘はなんでも使用人にやらせるらしいと聞いたのが、リアは自分のことはすべて自分でやるタイプらしい。本当に貴族っぽくないな、と思いながら、しばらくして運ばれてきた朝食に魔法をかけているのを見たショウが、「なにしてるの?」と声をかけると、「浄化の魔法だ」と返答があった。
「……浄化の魔法?」
あまり聞いたことがない言葉だったので、思わず言葉を繰り返して訊ねてしまう。
リアはちらりとショウを見た後、すぐに魔法をかけている食事の方へ視線を戻した。
「ほかの者に毒見などさせて万が一があったら申し訳ないからな。浄化の魔法をかけたら、毒が入っていたとしても無効果されるからな。そうすれば、食事が問題なくできるようになる」
兵士が不審死を遂げて犯人がわからない以上、作った人物と運んだ人物には申し訳ないが、万が一を考えると当たり前のことかもしれない。
だが、リアはわざわざショウの分にまで浄化の魔法をかけてくれている。
「オレは、多少の毒には耐えられるけど……」
そう言うと、リアが赤い瞳でぎろりと睨んできた。その迫力に、うっと言葉を詰まらせる。
「それでも苦しい思いをすることには違いないだろうが。毒で苦しんでいるお前を目にしながら、優雅に食事を取れと? 残念だが、私はそんな神経の持ち主ではない。それに浄化の魔法なんて簡単なものだ。魔法使いが最初に覚える魔法の一つだからな。私にとっては、手間の一つにもならん」
そう言って浄化の魔法が施された食事を差し出してくる。ショウはそれを受け取り、自分の分を浄化しているリアを視界に入れながら食べ始める。
ショウが先に食べ始めたことを、リアは特になんとも思っていないらしい。ショウが窺うような視線を向けてもリアは自分の食事へ視線を落としていて、こちらを見る素振りはない。リアがショウよりも上の立場であるのは間違いないのだが、自分よりも立場が下の人間が先に食事を始めることがまったく気にならないようだ。
ーー変な人間だなぁ……
リアと一緒にいる間、何度そう思ったことか。こんなに変わっている人間がいるなんて知らなかった。
一応、里を出る時に人間について書かれているいろんな書物で学んだのだが、貴族はそういうことをかなり気にするから気をつけた方がいいみたいなことがたくさんの本にあったが、その本に書かれている貴族とリアはかなりかけ離れている。
リアはヴェアールというサウス=リアクター国内で最も古い家系でかなり強い権力を持っている家に生まれたらしいのだが、それを盾に他人を思うがままに動かそうとか、そういう驕った部分はまったく感じなかった。
自分の意見を言う時は言うし、拒否する時ははっきりと拒否する。だが、自分の考えを無理やり押し付けたりするような、そんなことはしてこない。相手の考えや忠告にもしっかりと耳を傾ける。
ヴェスラ草原で仲間たちが話していた貴族とは、全然印象が違う。貴族は平民を家畜かなんかだと思っている奴らばっかりだと彼らは言っていたが、リアは身分を持たないショウを差別するような言葉は言わないし態度にも出さない。
自分の分に浄化の魔法をかけ終わったリアが、その食事を食べ始めた。貴族の娘らしく、所作は綺麗だ。突撃部隊の隊員たちと食事をすることが多かったショウにとって、リアの綺麗な食べ方は新鮮に見えた。
食べながら喋ることもせず、食器で音を立てることもせず、本当に食べ方が綺麗だなと思う。これが貴族の食事の仕方なのだろう。
自分の食べかけを見下ろしたショウは、とりあえずゆっくり食べることにした。今まではがっつくように食べていたのだが、リアが不快感を覚えないように気をつけて食事をしようと心に決める。
そして、ちょうど食事が終わった時に、「将軍がお呼びです」と副官が訪ねてきた。
そして、出向いたリアが結界魔法をかけた後、将軍が「夜の間に探査の魔法でなにか引っかかりましたか?」と開口一番訊ねて来て今に至る。
「何度も探査の魔法に引っかからないとなると、やはり軍内部に入り込んではいない可能性が高いと私は考えるが、お前はなにかしらの方法で私の魔法をすり抜けていると考えているんだな?」
リアの言葉に、将軍は真面目な顔でこくりと頷く。
「そうなります。リア様の魔法の精度を疑っているわけではありません。ですが、魔法も万能ではないと教えてくださったのはリア様です。なので、俺は何かしらの方法ですり抜けていると考えています」
将軍の答えをリアは否定せずに、「そうだな……」と呟く。赤い瞳を傍らに置いている杖に向けた。
「確かに、魔法は便利だが万能ではない。魔法使いはそれをよくわかっているが、それを理解していない者が世の中には多いのが残念だ。お前はしっかりと理解しているようで助かる。もし、お前が魔法が万能だと思っているような人間だったのならば、私はこの戦場には来なかっただろう。お前が将軍だからこそ、ここに来ると決めることができた」
「リア様にそう言っていただけたら、この上ない喜びです」




