信頼と裏切りの戦場10−7
「私はお前を信用しているが、同時に利用しているのも事実だ。それだけは先に言っておく。私は生きて帰るために、お前を利用すると決めたのだ。お前たちの剣の腕前はよく知っているからな。この戦場で生き残るために、私はお前を護衛に選んだ。ヴェアール家の権力にも興味がなく、私の魔法を目の当たりにしながらも目の色を変えないお前をな。信用できない者であれば、どんなに剣の腕が立っても傍に置くつもりはない。信用できない者に背中を預けるなど、自殺行為に等しいからな。私は生きて帰るために、信用できない者は傍に置きたくない」
「……」
その言葉に、ショウはハッとした。脳裏にいつも見ている光景が思い浮かぶ。
リアは常にショウの前を歩いていた。歩いている時、ほとんどショウを振り返ることはない。それはショウに対して無防備に背中を晒しているのと同じこと。それを当たり前だと感じていたが、リアとしてはちゃんと理由があったのだ。
信用できる者だけに背中を預ける。そう決めていたリアにとって、この戦場で背中を預ける者として認められのが自分なのだとやっとわかった。自分を信用してくれているのだと実感した。背中を預けられる相手なのだと思ってくれているからこそ、リアはショウの前を歩く。迷いなく、振り向くこともせず。
本当に心の底から信用されているのだと実感した瞬間、ショウの中でなんと表現していいかわからない感情がぶわっと芽生えた。それは全身を駆け巡って、指先をわずかに震わせた。その震えをリアに悟られないように必死に抑え込む。
ずっと恐ろしい存在だと教えられてきた人間だったが、亜人が思っているように人間全員が亜人を嫌っているわけではないのだとわかった。将軍のように亜人と人間の混血種もいるし、リアのように亜人に対して寛容な人間もいる。
隠れ里にこもってばかりいた亜人が考えているよりも、人間の亜人に対する感情は長い年月の中で変わってきたのかもしれない。長い年月を生きる亜人だけが昔の記憶を覚えていて考えを変えることができず、人間はその間に何世代も経て、その考えを変えてきたのだろう。
これは、里にこもっていれば知らなかった事実だ。里を出たからこそ、知ることができた。もしかしたら、恋人と結婚した後は一緒に里を出て人間社会で暮らしていくという選択肢もあるかもしれないと思った。
ルトと共に里を出て人間の世界で暮らしていく。それもいいかもしれない。小さい頃から人間に対して里のみんなとは違う考え方をしていたせいで「変わり者」だと呼ばれていたルトは、里の中で肩身の狭い思いをしていた。もしかしたら、ルトには人間の世界の方が合っているのかもしれないと思った。特に、貴族の中で亜人に寛容的な土地柄であるヴェアール領に。
この戦場を生きて帰ることができたのならば、ショウはリアたち人間の話をルトにして、人間の世界へ行ってみようと提案しようと心に決めた。
ルトと無事に結婚できたら、世界中を回る旅をしてもいいし、気に入った街に家を借りて住むのもいいかもしれない。
そこまで考えて、恋人との未来のためにショウが取るべき選択肢は一つだけだった。
「リアが……」
気づけば口を開いていた。首元のルトが願を掛けて渡してくれたネックレスのトップを右手で握り締める。
ずっと黙っていたショウが口を開いたことで、目の前にいるリアがまっすぐに見つめ返してきた。
いつもの意志の強い赤い瞳。魔力を持っている証である赤は、リアが紛れもなく魔法使いであることを教えてくれる。赤い髪に赤い瞳。赤いローブに赤い魔鉱石が付けられた杖。魔法使いだけに許された赤をまとうリアは、戦場で生き残るためにショウを利用すると言う。
そのことに、不快感は覚えなかった。ショウだって、ヴェスラ草原の最前線で生き残るために、なんでも利用した。それと同じことだ。
ここでは、誰もが生き残るために必死なのだから。
だから、リアが言っていることはなに一つ間違ってはいない。ショウがリアを責める必要はなに一つない。
もう一度、ペンダントトップをぎゅっと握り締め、意志を込めた瞳でリアを見返す。
「リアがオレを信用してくれるのであれば、オレもリアを信用する。オレを生き残るために利用するって言うなら、オレも生き残るためにリアを利用する。オレもーー絶対に生きて帰りたい場所がある」
ーー恋人の元へ、絶対に生きて帰る。
その言葉に、リアが唇の端を吊り上げて楽しそうに笑った。どうやら、リアが満足できる答えを出せたようだ。
リアが持っていた杖の先端で地面をかつんと叩き、続いて魔鉱石が付いている方の先端をショウの胸に軽く当てた。
「いいだろう。私たちは共に生きて帰りたい場所がある。利害が一致しているということだな。お前も生き残るために私の力を大いに利用するといい。私も生き残るためにお前の力を大いに利用する。そして、私はお前が生き残るために私の力を躊躇いもなく使うと約束しよう。だから、お前も私が生き残るために自分の力を躊躇いもなく使え」
そして、リアは杖の先でショウの胸を軽く叩いた。
「共に生き残ろうではないか。この戦場をーーーー」




