再会2−4
しばらくしてリアが沈黙を破る。
「恋人はどうしたのだ? もう結婚したのか?」
2年前の別れの際、恋人がいること、近々結婚をするつもりでいると話していたのを思い出したからだ。
そもそも、ショウの里の者たちは外部の人間との接触を極端に嫌う。だからあれ以来、リアはショウと再会することはないと思っていた。結婚すれば特に里からは出ないだろう。だからこその疑問だった。
「……」
ショウはなにも言わずに、目を伏せた。途端に暗くなった表情に、リアは口を閉ざす。聞いてはいけなかったことを聞いてしまっただろうか、と思っていると、ややあってショウは口を開いた。
「ルトは……死んだ。殺されたんだ」
予想していなかった言葉に、リアは驚きを隠せなかった。「殺された……? それは本当なのか?」と訊ねる。にわかには信じがたい。だが、頷いたショウからただならぬ気配を感じ、それから慌てて頭を下げる。
「それは悪いことを聞いた。すまない」
もしかしたら、思い出したくないことを思い出させてしまったかもしれない。
それを見て、ショウが慌てて両手を振った。
「別にリアが謝ることじゃないよ。それよりも、リアの父さんも元気か?」
話題を変えたかったのだろうが、今度はその言葉にリアの動きが固まる。脳裏に、父が殺された瞬間が過ぎった。胸がざわつき、無意識のうちに左胸に手を置いた。小さく深呼吸をしてから口を開く。
「私の父も殺された」
ショウは大きく目を見開いた。リアがショウの言葉に驚いたように、ショウもリアの言葉に驚いたようだ。
それから罰の悪そうな顔をして、頭を掻きながら「それは……オレも悪いことを聞いた。ごめん」と謝られた。
リアは首を横に振る。
「いや、お前が謝ることではない。お前の恋人が誰に殺されたか、聞いてもいいだろうか?」
もしかしたら力になれるかもしれないと思い、リアはそう訊ねた。戦場で背中を預けて戦った者同士。力になれるならなりたい。
それに、ショウの里にいる者たちは子供を除き、ほとんどの者が手練れであったはずだ。その里に住む者を殺すなんて、並大抵のことではない。里に入った瞬間に誰かに気づかれて追い出されるのがオチだ。なのに、ショウの恋人は殺された。それが不思議でならない。
リアの疑問に、ショウは大きく息を吐いた。胸の内に巣食う感情を吐き出すかのように。
「銀髪の男だ」
ゆっくりと紡がれた言葉に、リアは耳を疑った。その人物を知っているからだ。
「銀髪の、男……? それは本当なのか? 本当に、お前の恋人は銀髪の男に殺されたのか?」
リアの言葉に、ショウは彼女の両肩を掴み詰め寄った。
「リア! なにか知っているのか⁉︎」
「落ち着け。知っているもなにも、私の父も銀髪の男に殺されたのだ」
「……リアの父さんも?」
リアは自分の両肩を掴むショウの手を掴む。抵抗することなく離れた。
「まさかとは思うが……その者は、己を『クオシス=アレイ』と名乗っていなかったか?」
返事を聞かなくても、ショウの表情で答えがわかった。ショウもその名を知っている。
「クオシス=アレイがリアの父さんも殺したのか?」
も、と言うことは、やはりショウの恋人であるルトもクオシス=アレイに殺されたのだろう。
「私の目の前で殺したのだ。それに、私の魔法が通用しなかった」
「リアの魔法が……通用しない? そんなこと……。だって、リアは世界最高峰の魔法使いなんだろ? そのリアの魔法が通用しないなんてありえるのか?」
ショウの疑問ももっともだ。リアだって信じられなかった。自分の力を自負していたからこそ、傷一つつけられなかったことが悔しかった。
「実際にあり得たのだ。私は、あの男に傷一つつけることはできなかった」
その時の悔しさを思い出し、手のひらをぎゅっと握り締める。その様子をショウは見つめた。
「私はその男を殺すと心に決めた」
2年前に戦場を離れる時、リアが不殺の誓いを口にしていた。もう二度と、誰も殺さないと。けれど、リアはその時の誓いを破ろうとしている。それだけの決意が瞳からありありと感じられた。
「オレもその男を殺すつもりで故郷を出た。もう燃えてしまって、誰一人として残ってないけど……」
「クオシス=アレイが、故郷を燃やしたのか?」
「ああ。みんなを殺して故郷を燃やし、オレの目の前でルトを殺したんだ……!」
「……」
リアは目を伏せて考える。同じ相手に大事な人を殺された者同士が出会ったのであれば、とるべき行動は一つしかない。
「ショウ。ならば、提案する。私たちは一緒に旅をするべきではないか?」
「……リアとオレが?」
ショウの指がリアを差し、次に自分を指す。それを見て、リアは頷いた。
「そうだ。私たちの目的は一緒だ。ならば、一緒に旅をするほうが都合がいい。幸い、奴がいる場所はわかっている」
「クオシス=アレイのいるところを知っているのか⁉︎」
そう言うということは、ショウは仇がどこにいるのかもわからずに闇雲に探し回っていたのだろう。そして、ここで目的を同じくするリアと再会したのだ。もしここで出会ってなかれば、ショウはこの大陸をずっと彷徨っていたことだろう。リアもリアで、強力な味方を手に入れることはできなかった。
リアはこくりと頷く。
「奴は『始まりの島』で待っていると私に言った」
「……『始まりの島』?」
「【聖域】のことだ」
世界の混沌が始まる場所として恐れられ、誰も足を踏み入れない場所とされている。大陸の中心に存在する湖に浮かぶ島。人々はそれを【聖域】と呼ぶ。
遥か昔、二人の勇者がそこで混沌を終わらせたと言い伝えられている場所。
現在は勇者信仰の聖地とされており、国から許可を得た選ばれた上級神官以外は滅多に立ち入らない。
ショウは『始まりの島』という言葉は知らなかったようだが、【聖域】という言葉は知っていたようだ。
「あいつが、そこに……?」
身体から力が抜けたかのように座り込む。
「ああ。そもそもお前は、『意思ある闇』という言葉を知っているか?」
「意思ある……闇?」
聞き慣れない言葉に、ショウは首を横に振った。ショウの里は外部との接触を絶っている。知らなくても当然だ。
「人間の歴史に伝わる神話の話だ。天地創造の際、万能であるはずの神はある一つの失敗を犯した時の話だ。闇で満たされていた世界に神の手によって光が射し、闇は世界の隅へ追いやられた。やがて闇は意思を持ち始め、神を恨むようになった。闇は《神の失敗作》と呼ばれ、蔑まされた。蔑まされた闇は、《神の成功作》と呼ばれるこの世界を破壊しようと考え始めた」
「……それがどうしたんだ?」
眉を寄せたショウがそう訊ねると、リアはため息をつき「考え付かぬか? バカ者め」と言って言葉を続けた。
「意思ある闇の名前は《神の失敗作》だ。その別名を、【古代フーゲン大陸神界聖語】でなんと言うと思う?」
ショウがハッとした顔になる。なにか思い当たったようだ。
「まさか……」
「そうだ。そのまさかだ」
リアはゆっくりと口を開く。
「《神の失敗作》は別名、クオシス=アレイと言う」




