信頼と裏切りの戦場9−3
リアの言葉に、え、そうなの? とショウは隣の椅子に座るリアを見る。貴族の名前だけではなく、領地の位置も把握しているらしい。貴族の人間にとっては、そんなことは当たり前なんだろうか、と考えてしまう。
ローゼムはこくりと頷いた。
「お見通しですね。そうです。兄は仇だと言っていたフィッツラルド卿を殺す機会を窺って、領地内に隠れているのではないかと思ったんです。だから、サウス=リアクターで薬師の資格を取り、ここに店を構えました。万が一、私の存在を知られてしまった場合のことを考え、フィッツラルド領に店を構えることができませんでした。祖父がどんな手段に出てくるかわからなかったからです。だから、兄は身を隠して、虎視眈々と機会を窺っているのではないかと」
でも、兄は本当に死んだんですね、とローゼムは悲しそうに笑う。
「兄は本当にサウス=リアクターを嫌っていました。その身体にはサウス=リアクターの血しか流れていないのに、父と母を見捨てたこの国を心底憎んでいました。もしかしたら、私がここにいることすら、冥層界から見下ろして怒っているかもしれません」
「……では、ノース=カイマートに帰るのか?」
リアの言葉に、ローゼムは首を横に振る。
「いえ。ノース=カイマートに帰るつもりはありません。私は兄ほどサウス=リアクターを憎んではいないんです。悪いのは父方の祖父であって、この国ではないと思っています。なので、私は父と母が生まれ育ったこの国でこれからも生きていきたいです。父方の親戚とは疎遠ですが、母方の親戚はとても良くしてくださいます。なので、悪い人たちばかりではないと理解しています。だから、この国やフィッツラルド卿を憎む気持ちはありません」
それに、とローゼムは言葉を続ける。
「一緒にいる時の父と母は本当に幸せそうに笑っていました。父も母も故郷を捨ててでも一緒になれて、互いに幸せだったんだと思います。兄は母が悲しみのうちに死んでしまった現実に、それを忘れてしまったんでしょうね。父も母も、この国や自分の親を恨むような言葉なんて一言も言ったことがなかったのに」
戦場にいる時も思っていたが、レンゼムは感情優先型の性格をしていた。だが、双子であるにも関わらず、ローゼムは状況を冷静に見て分析して考えるタイプのようだ。だからこそ、ショウが兄を手にかけたと知っても冷静さを失わず、その原因を訊ねてきたのだろう。意味もなく殺されたわけではないのだと、理解した上で。
「そんな兄は無事にサウス=リアクター軍に潜入できたんですね」
「そうだ。弓が使えるとのことで、弓兵部隊に配属となった」
「確かに、兄は弓が得意でした。暮らしていた街の隣には大きな森が広がっていて、そこでよく数人の仲間と一緒に狩りを行っていました。狩った獲物なども自分たちで捌いていたため、ナイフもある程度は扱えたと思います」
「……弓が使えると言うのは本当だったんだな」
レンゼムはサウス=リアクター軍に潜入するために、嘘と本当をうまく混ぜ合わせていたのだとはっきりとわかった。だからこそ、幼かったリアは見抜くのが難しかったのだろう。
弓兵部隊を訪れたリアを笑顔で出迎えていた時、彼はどんな気持ちだったのだろうか。
それを考えると、リアは少しだけ憂鬱になる。あの時のリアはレンゼムのことが大好きだったが、レンゼムはリアのことは大嫌いだったことだろう。自分の母を死に追いやった祖父と同じ国の貴族の人間として、心底憎んでいたかもしれない。
「私は……、レンゼムのことが大好きだったんだがな……」
当時のことを思い出して、リアがぽつりと呟く。
それはあの時のリアを知っているものであれば、みんなが頷くだろう。リアは本当にレンゼムに懐いていた。だが、それがレンゼムの作戦の一つだった。
「結局、私はレンゼムに裏切られ、彼はショウに斬られて死んだ。その遺体になにか情報がないかと確認した軍医から、ノース=カイマートの兵士に彫られる刺青を見つけた、と言われて、そこで初めてレンゼムは敵国の人間だったのだとわかったのだ」
当時のノース=カイマートでは、兵士の右足首に軍旗のマークを彫ることが多かった。それを彫ることによって、戦場で死んだ人間の中から自国の兵士の遺体を回収する目印にしていたらしい。
「あの時の兄はなにを考えていたのかはっきりとはわかりませんが、サウス=リアクターを心底憎んでいたのだけはわかります」
ローゼムの言葉に、リアはこくりと頷く。
「レンゼムは本当にサウス=リアクターを憎んでいた。最期にそう言っていた」
「兄はショウさんに殺されなければならないようなことをしたんですね?」
「そうだ」
リアの視線がショウに向けられる。赤い瞳に射抜かれ、ショウは小さく息を吐いた。
「レンゼムが入隊した数日後から、サウス=リアクター軍で兵士の不審死が起き始めました」




