信頼と裏切りの戦場9−1
9.
「兄が……サウス=リアクターの軍に潜入してきたんですか?」
予想外の言葉に、ローゼムはさらに言葉を失う。
ショウはこくりと頷き、「そこで、オレとリアはレンゼムと出会いました」と答える。
フレストの周辺にあった集落にいた、軍に志願した数人の若者の一人。レンゼムはその中でもリーダー格のように見えた。ほかの若者たちは、レンゼムに従っているように見え、当時のリアはそれになんとなく違和感を覚えていた。
同じ集落で育った仲間同士ではなく、リアがよく見ているような隊長と隊員みたいな雰囲気を感じていたのだ。しかし、あの当時のリアはレンゼムは集落の若者だと信じ切っていて、その違和感はすぐに忘れてしまっていた。
「私はレンゼムの見た目から、サウス=リアクターの人間だと思った。肌の色も顔の特徴も、サウス=リアクターの人間のものだったからだ。だが、のちに実際はノース=カイマートの人間だと判明した時は心底驚いたな」
少し呆然としていた様子のローゼムは、リアの言葉に視線をそちらへと向ける。
「確かに、私と兄はノース=カイマートで生まれたために国籍はあちらの国です。ですが、両親はサウス=リアクターの王都出身だったらしいです。事情があってサウス=リアクターにいられなくなり、ノース=カイマートに移住して、そこで私たちを授かったと聞いています」
どうりで、とリアが小さく呟いたのが聞こえた。右手の曲げた人差し指を口元に持っていき、少しなにかを考えるような表情になる。少しだけ下げられた視線の先にはローゼムが入れてくれたお茶のカップがあるのだが、考え事をしているリアの視界には入ってはいないようだ。
「レンゼムの顔立ちは間違いなくサウス=リアクターのものだったし、口にするフーゲン大陸共通語にもノース=カイマートでよく見られる訛りは感じられなかった。だから、私はレンゼムをサウス=リアクターの人間だと信じた。今となればそれをわかった上で、ノース=カイマートはレンゼムを送り込んできたのだろうな」
レンゼムであれば、自国の人間だと信じると踏んだのだろう。その作戦は成功し、リアはレンゼムがサウス=リアクターの人間だと信じた。ノース=カイマートの作戦は成功したのだ。騙されたリアのおかげで、レンゼムはサウス=リアクター軍に潜入することができた。
今思えば、主に口を開くのはレンゼムばかりで、一緒に入隊したほかの若者たちは多くを語っていなかった気がする。彼らは訛りが出てノース=カイマートの人間であるとバレるのを恐れたのだろう。彼らに話が向けられると、レンゼムがうまい具合に自分の方へ持って行っていた気がする。
誰もかもが、レンゼムに上手く騙されていたのだ。
ローゼムは、「発音に関しては父に厳しく躾けられました」と言った。
「兄も私も両親から発音を厳しく教えられたこともあって、フーゲン大陸共通語を訛りなく喋るようになりました。両親共にサウス=リアクターの人間ですし、私たち双子も顔つきはサウス=リアクター国民そのものです。なので、あなたが兄をサウス=リアクターの人間だと勘違いしてもおかしくはないと思います」
「確かに、今も会話していて違和感は覚えないな」
リアが言うまで気づかなかったが、確かにローゼムの発音は綺麗な気がする。言われるまで気づかないくらいに違和感がなかった。リアの発音を聞き慣れているため、人間の発音はそういうものなのだろうと思ってしまっていたが、考えてみれば宿屋の主人や露店の店主などはリアとイントネーションが違う気がする。
ショウ自身はあまり聞いたことがないようなイントネーションになるらしく、よくどこ出身なの? と聞かれることが多い。その時はかなり南の田舎の方、と言ってごまかしており、訳ありの者が多い突撃部隊ではそれ以上追及されることはなかった。
リアも貴族であるものの、その領地はサウス=リアクターの王都からかなり離れた南の方にあり、住民には訛りが出るほどの地方らしいのだが、そこに住んでいたにもかからわずリアには訛りを感じない。
「あなたも綺麗な発音ですよね?」
ローゼムの言葉に、リアはこくりと頷く。
「私は貴族であるが故に、あなたと同じく言葉の発音に関しては厳しく躾けられた。そのため、一般庶民でありながら貴族のように綺麗な発音で言葉を話す者は、私が知っている限りあまり出会ったことがない」
「父と母は詳しく私たち兄弟には話をしてくれなかったのですが、父は貴族の家に生まれた人間だったらしいです」
その言葉に、リアが片眉をぴくりと動かす。貴族、という言葉に反応したようだ。サウス=リアクターの貴族であれば、リアが知っている家の可能性が高い。
「ほう、父親は貴族の出身か?」
貴族はなかなか他国で出ることはない。貴族でありながらノース=カイマートに移住するなど、よほどの理由があったのだろうとリアは推測した。
「それがわかったのは父が亡くなった後、一通の手紙が届いたことでした」




