信頼と裏切りの戦場8−4
「レンゼム、また来る。ショウ、行くぞ」
立ち上がったリアが副官について歩いて行ってしまったため、ショウはレンゼムたちにぺこりと頭を下げてから後を追う。
「リア様! またいらしてください!」
リアが突然呼び出されて退席することになんの不快感もないような満面の笑みを浮かべて手をひらひらと振っているレンゼムを振り返って見ていたショウだが、リアはその声に応えず振り返ることもなく歩き続けている。レンゼムはそれを気にする様子もなく、しばらくは手を振った後に隣にいた兵士たちと談笑を始めた。
ーーリアはレンゼムに懐いているように見えるけど、こういう時は結構ドライだよなぁ……
一緒にいる時はかなり親しげに見えるのに、別れる時はとてもあっさりとしている。幼い女の子のように、別れを惜しむとかそんな素振りはまったく見せない。里に同じくらいの年齢の女の子がいたのだが、もっと子供っぽかった気がする。リアが年齢の割には大人びているだけなのか。
レンゼムたちがいる弓兵部隊から離れて本営に向かう途中、本営を囲うように待機している騎馬兵部隊と剣兵部隊の中を通っている時に、リアは少しだけ足を早めて副官に並んだ。
「なにか問題でも発生したのか?」
周りには兵士たちがいるため、あまり大きな声で話すことができずにリアは小声で訊ねた。リアはどこにいても注目を集めてしまうため、現在も騎馬兵部隊や剣兵部隊の隊員たちからの視線を集めてしまっている。
リアの隣に並ぶ副官の表情はいつもと変わらないが、自分が呼ばれた理由はそれしかないのではないかと推測したらしい。
リアの問いかけに、副官は肯定を示すためにこくりと頷いた。
「問題が起きました。なので、リア様の耳にも入れておきたいと将軍が申しており、そのための呼び出しです」
「その問題とやらは移動中に先に聞くことはできないのか?」
「箝口令を出しておりますので、誰が聞いているかわからない場所では話すことができません」
そう言う言葉も周りに聞かれないような小ささだ。隣に並ぶリアには聞き取れたようだが、少し離れた位置にいるショウは亜人の耳をしてもやっと聞き取るくらいだった。
ーー箝口令を出すくらいの問題ってなんだろ? オレが聞いてしまってもいいことなのかな?
ショウはそう疑問を覚えたものの、待機していろとは言われていないのでついて行くしかない。そのうち本営に辿り着き、将軍が利用している会議スペースへ連れてこられたリアは、「一体どうしたのだ?」と声をかけながら副官が上げた天幕をくぐった。ショウも後に続く。
こちらに背中を向けていた将軍はリアの声を聞いて、はっとした様子でこちらを振り返ってくる。
「申し訳ございません、リア様。現在、軍内部で問題が発生しておりますので、リア様の耳にもお入れしておきたくお呼びいたしました」
「軍内部で問題……?」
首を傾げるリアに、将軍は「誰の耳があるかわかりませんので、結界魔法をお願いできますでしょうか?」と言ってくる。
将軍がリアに魔法をーーそれも本来なら魔法の使用が禁止されている本営内で魔法を行使することを頼むのは初めてのことだ。それで、リアは起こっている問題が思っているより重大だと悟ったらしく、真面目な顔をしてこくりと頷いた。
持っていた杖で、きぃんっ、と地面を強めに叩く。木の杖で叩いたはずなのに、金属同士がぶつかり合うような甲高い音が辺りに響き、それと同時にリアを中心に魔法陣が展開した。
それに驚いたのはショウだけで、将軍と副官は平然としている。魔法陣に描かれている文字は文字だとわかるし、見たことがある形をしているのだが、まったく理解することができなかった。幾何学模様と文字で生み出す魔法陣は、白くて淡い光を放ち、しばらくして再びきぃんと先ほどと同じ音が響いた。
「……」
なんとなくだが、この空間だけ世界と隔絶されたような雰囲気を感じた。空気の流れが止まり、張り詰めたような緊張感が漂う。
ーーこれが結界魔法……
初めて見る魔法だが、この魔法の内部に自分なんかが入っていていいのだろうか。外で待機していた方が良かったのではないかとショウが考えていると、それよりも先にリアが口を開く。
「して、問題とはなんだ?」
リアも将軍もショウがこの場にいることに異論はないようだ。だとしたら、ここにいるしかない。なるべく空気になっておくことにする。
その間にリアが将軍に対して問いかけると、将軍は結界を張ったことに対して「ありがとうございます」と礼を述べてから、椅子を勧めてきた。
リアが先に座り、将軍が座る。将軍の後ろには副官が控え、リアの後ろにはショウが立つ。場違い感が否めないショウだが、なにも言われないのでこの場に居続けるしかない。
「リア様の様子からして、まだお耳には入っておられない様子ですね」
「なにがだ?」
リアが首を傾げると、将軍は一呼吸おいて、重々しい様子で告げた。
「昨晩、歩兵部隊に所属している兵士が何者かに殺されました」




