信頼と裏切りの戦場8-3
目が合った兵士がびくりと肩を振るわせるものの発言を咎める様子は感じられず、声をかけられたから視線を向けただけのようだ。それに気づいた兵士がほっと胸を撫で下ろしたのがわかった。
「貴族の間では当たり前のことなのだが、平民にはあまり知られていないことなのか? 貴族は後継者争いで領地が荒れたり領民が被害を受けないようにするために、当主が後継者を定めた際には国王にその旨の書類を提出し、承認印をもらわなければならない決まりになっているのだ。そのことのよって、国王から認められた後継者以外はどういう理由があっても家を継げないようになっている。私の場合も父が王宮に書類を提出し、国王直々に承認印をもらっている。その後に後継者を変更する場合には、変更する旨を記した書類を提出し再び承認印をもらわなければならない。たまに変更される場合があるが、大抵は跡を継ぐ前に死亡したか普段の素行が悪くて当主から後継者としてふさわしくないと判断されたかだな。私もこの戦争で命を落とすようなことがあれば、父に対して兄を新しい後継者とするように頼んでいる」
なんでもないようなことのようにリアは言う。自分が死んだ時のことも考えて、この戦場に来たということらしい。それくらいの覚悟を持ってここに来たのだろう。父親に「自分が死んだら兄を後継者として欲しい」と言っている姿を、簡単に思い浮かべることができた。
「それで、なんだったか? フレストでしか獲れない魚の話だったか? 実物は見たことはないが、文献で読んだことはあるぞ。確かフーレスという魚だろう?」
「さすが、リア様! 博識ですね。そうなんですよ、フーレスはフレストにしか生息していない魚でして、我が村の大きな収入源の一つだったんです」
「フレストでしか獲れない魚であれば、物好きはなにがなんでも食べたがるだろうからな。ヴェアール家の領地はフレストから遠いため、あいにく私はフーレスを見たことも食したこともないぞ」
「味は保証しますので、ぜひともリア様には食べていただきたいです」
「レンゼムがそう言うのであれば、いずれは食べてみることにしよう」
リアは嬉しそうに微笑み、それを見たレンゼムも楽しそうに笑う。そして、レンゼムがさらに口を開こうとした瞬間、「リア様」とショウの背後から声がした。
突然の声に、びくり、とショウが肩を震わせて背後を振り返る。そこには副官の姿があった。
ーー気配を感じなかった……
こんなに近づかれているにも関わらず、ショウはまったく副官の存在に気づかなかった。気配を読むのは得意だと自負しているし、今はリアの警護をしているため周囲には気を配っている。なのに、副官はそんなショウに気配を悟られることなくここまで近づいてきていた。
驚いた表情で自分を見ているショウを見下ろしていた副官の表情からは、なにを考えているのかわからなかった。普段からまったく表情が変わらない人なのだが、今はその無表情に底知れぬなにかを感じてしまう。
副官にショウを害するつもりがあれば、絶対に気付かないうちに殺されていただろうと思った。
「……」
この人はたくさんいる人間の中でも、絶対に敵に回してはいけないタイプだと悟った。あの将軍の副官を務めるくらいなのだ。この人もかなりの手練である可能性が高い。気配を断つのがかなりうまい人なのだろうと予想する。
そんな副官に視線を向けたリアは、「気配を消して近づく癖をどうにかしろ。ショウが驚いているだろうが」と言われて、そんなに顔に出ていただろうかと無意識に自分の頬に触れる。しかし、驚いたのは事実なのでなにも言うことができない。
レンゼムの隣から立ち上がったリアがショウの隣に座り、耳を貸せ、という仕草をしたので耳を近づけるとこそっと「こいつは、元暗部の人間だぞ。将軍に仕える前は、王宮の暗部に所属していて陰と呼ばれる存在だったのだ。国王に命令されて、将軍の副官を務めている」と耳打ちしてきた。
その言葉にさらに驚く。ヴェスラ草原の時に、サウス=リアクターの王族に所属している暗部と呼ばれる部隊に所属している人間たちの話は話題に出たことがある。表の世界にまったく顔を出さないのに、その存在は誰もが知っているのだと。暗殺者向きかもしれないと思ったが、元暗殺者だったようだ。
副官は表情を変えることなく、「人の過去を勝手にバラさないでください」と言ってきて、リアは「隠していることでもないしいいではないか」と笑う。
かなり上機嫌であるリアに対し、副官は「将軍がお呼びですので迎えにきました」と言ったのを聞いて、リアが笑顔を引っ込めて苦い顔をする。
「将軍からの呼び出しか? 最近は呼び出しがないから平和だと思っていたんだがな」
「リア様に必ずお越しいただきたいと」
それを聞いて、リアは大きくため息をつく。
「必ずと言うのであれば、仕方あるまい。呼び出しに応じるしかないな」




