信頼と裏切りの戦場7−1
7.
「……え?」
ショウの言葉に、ローゼムは言葉を失って大きく目を瞠った。自分を見つめてくる黒銀の髪の青年をまじまじと見つめてから、「あなたが……?」と小さく言葉を紡いだ。
まだ自分が聞いた言葉を信じきれていないような表情に、ショウは真面目な顔でこくりと頷く。
「はい。オレが、あなたの兄を殺しました」
それは紛れもない事実だった。
「私もその光景は目撃している。レンゼムはショウに斬られて死んでいる。それは間違いない」
リアがショウの言葉を認めた。ヴェアール家の人間が証人なのだから、疑いようがない事実だ。
ショウとリアの関係が気まずくなってしまった出来事が、レンゼムの死であったことは間違いない。ショウは自分の仕事をまっとうするためにレンゼムを殺し、リアはレンゼムの裏切りに心底傷ついた。だから、レンゼムのことはショウとリアの記憶に強く残っている。
二年が経った今でも、忘れられないくらいに。
「そう、ですか……」
人殺し! と憎悪の目を向けられることを覚悟していたショウは、どこかホッとした様子を見せるローゼムの反応に驚きを隠せなかった。
先日のリアの時のように、罵られることを覚悟してここに来たのだが、今のところローゼムからはそのような雰囲気は感じられない。
ややあって、ローゼムは晴れやかな笑顔を浮かべた。
「どこかで生きているんじゃないかって希望を捨てきれずにいたんです。でも、本当に兄が戦死したのであれば諦めがつきました。これで、兄の面影を探さなくて済みます」
ローゼムが見せた安堵したような表情は、兄が戦死した現実をようやく受け入れることができたからなのだろう。戦死したと聞かされただけで、遺体が戻ってきたわけでもない。死んだところを見たわけでもない。それでは、もしかしたら生きているかもしれないと希望を持ってもおかしくないだろう。
予想とは違う反応を見せたローゼムに、リアは不思議そうな声音で訊ねる。
「……あなたは、自分の家族を殺したショウを責めないのか?」
リアの言葉に、ローゼムはそちらに視線を向け、少し悲しげに微笑んで首を横に振った。
「いえ。責めるつもりでこちらに来てもらったわけではありません。私は兄が死んだのか死んでいないのか、それだけが知りたかったんです。それに、兄が行ったのは戦場です。戦場は生きるか死ぬかの場所。そこで兄は戦死した。兄だけではなく多くの人が戦死したはずです。兄はその中の一人だったのだと思います」
確かに、《フレスト対戦》でも多くの死者が出た。ショウの部下だってたくさん死んだし、リアはたくさんの兵士を守り切ることはできなかった。世界最高峰の魔力を持つ魔法使いでさえも、一人も死なせることなく守り切るのは難しい戦場だった。
たくさんの人が戦死し、レンゼムはその中の一人。ローゼムの言うことに間違いはない。なのに、こんなに割り切っているのが不思議でならなかった。
唯一の家族を殺した者が目の前にいるのに、怒りは湧いてこないようだ。
二人がそんな疑問を覚えているのが表情からわかったのだろう。ローゼムが視線をショウへと向ける。
「あなたたちは、意味もなく兄を殺したわけではないのでしょう? 戦場で生き残るために兄を手にかけざるを得なかったんだと思います。私はその判断を責めることはできません。兄を殺さなければ、兄があなた方を手にかけていたかもしれません。そしたら、兄はあなた方の遺族から恨まれたでしょう。そんな戦場での出来事に対して、私はあなた方を責められません。あの場所では誰もが被害者で、誰もが加害者です。あなた方にここに来てもらったのは、本当に純粋にただ兄が死んだのかどうかを知りたかっただけなのです」
「「……」」
ショウが一晩思い悩んだのが嘘なくらいに、ローゼムはあっさりと事実を受け入れていた。人殺し、と罵られることさえ覚悟していたというのに。
隣りの少女へ視線を向けると、リアも少し唖然としているような気がした。本当にローゼムの反応が予想外だったのだろう。こんな考え方をしている遺族もいるのだと驚かされた。
「でも、兄が死んだことを知れてよかったです。これで、兄が生きているかもしれないと希望を持ちながら探し続けて、見つからないことに絶望しなくて済みます。兄はこの世界のどこにもいない。もう冥層界で生まれ変わる順番を待っているかもしれないですね」
両手を胸に当てて、ローゼムは優しく微笑む。
「私が兄を探し続ける日々は思う終わりです。今度は夜空を見上げて、あの流れ星は兄の魂かな、とか思う日々に変わりますね。いつの日か、生まれ変わった兄に会える日を楽しみにしています」
夜空で星が流れれば、それは上にある冥層界から生まれ変わるための魂がこちらの世界に落ちてきて、新しい命に宿るということ。星が流れる数だけ、この世界では命が生まれる。
「兄はきっと、またこの世界に戻ってきてくれます。私はそれが楽しみです」
この人にとって、レンゼムは本当にいい兄だったのだろう。リアとショウの心には大きな傷をつけた男だが、弟にはとことん優しい兄だったに違いない。召集命令が来た弟の代わりに戦場に行くくらいに、弟想いだったのだろう。
少し目を閉じて物思いに耽っていた様子だったローゼムだが、ゆっくりを瞼を開けてショウを見た。
「差し支えなければ、あなたが兄を手にかけた理由を教えてもらえませんか?」
その言葉に、ショウはぐっと言葉を呑み込んだ。理由を言えば今度こそ罵られてしまうのでは? そんな考えが頭を過ぎり、言っていいのか悪いのか判断に迷ってリアをちらりと見る。
強い意志を感じさせる赤い瞳と目が合い、その視線が話してもいいと了承しているように思えた。
なので、ショウは覚悟を決める。
大きく息を吸って吐く。高鳴りそうになる心臓を落ち着けてから、口を開いた。
「レンゼムは巧妙に偽装工作を施して、サウス=リアクター軍に潜入してきました」
7月になりました。
今月も毎日19時以降の更新で頑張ります。




