信頼と裏切りの戦場6−10
敬礼をやめた兵士は、今度は直立姿勢になる。リアを前にして緊張しているのがよく伝わってきた。
「実は、戦場の近くに小さな村を発見いたしまして、住民に避難を呼びかけました。ほとんどの住民は避難したのですが、その際、若い男性の村人数人が兵士に志願いたしまして、入隊を許可するかどうかの指示を仰ぎたいという伝令を受けまして、急いで参上いたしました」
あまり予想していなかった内容に、リアが首を傾げる。
大きな戦争が起こる前に周辺を探索するのはよくあることだ。元々からそこに暮らしている住民が被害を受けるのは、サウス=リアクターとしても避けたいところではある。なので、避難を促すのは当然の判断だろう。
しかし、その住民の中から兵士に志願する者が現れるというのは珍しいことだ。普通なら急いでほかの土地へ避難する場合が多く、自ら戦場へ飛び込んでくる者はほとんどいない。
それを知っているからこその疑問だった。
「兵士に志願する者が?」
「はい」
「そのようなことを私の一存で決めていいと将軍が言ったのか?」
「はい! 将軍はリア様にお任せするとおっしゃられました。リア様なら間違えることはないだろうと」
ショウは将軍の普段の様子から、リアに対して全幅の信頼を寄せているのがわかるので、そう言ったとしても不思議ではないような気がした。
本来なら入隊に関しては将軍の管轄なのだが、元々が多忙な人だ。今は本当に手が離せないのだろう。なので、リアに判断を委ねるということらしい。
リアは少し考え込むような仕草を見せた後、「いいだろう。将軍が私に権限を与えたのであれば仕方ないな。案内してくれ」と答えを出した。
リアの言葉に、兵士は安堵したような表情を見せた。ここでリアが断れば、本当にどうすればいいかわからなくて困り果てたはずだ。
「はい! こちらです」
伝令役の兵士は先導するために歩き始め、リアがその後に続く。リアの護衛役として傍を離れることができないショウは、その後に続くしかなかった。
「こんな国境近くに村があったのか?」
後に続きながら、リアが兵士に向かって口を開く。油断し切ってきた兵士の背筋がピンと伸びた。
「はい。この周辺を探索していた兵士が集落を発見したようで、フレスト周辺が戦場になることに気づいていない様子でした。そのため兵士たちが説明を行い、住民たちに退避を促したところ、数人の若者が兵士へ志願してきたと報告を受けています」
戦場近くに住む者たちが兵士に志願することは、多くはないがあることはある。ショウだってそのうちの一人だ。だからショウ自身は不思議に思うところはないのだが、リアはなにか引っかかるところがあるのか、ずっとなにかを考えているような雰囲気を出している。
「確かに、今はサウス=リアクターとノース=カイマートがフレスとの近くで国境を挟んで睨み合いをしている状態だが、衝突は今のところ起きていないからな。近くの集落の住民が気づいていなくてもおかしくはないだろう。だが、衝突が起きれば真っ先に被害を受けるだろうから、今のうちに退避を促すのはいい判断だ。要らぬ死者は出さない方がいい」
しかし、なにが引っ掛かっているのか結局わからなかったようだ。本営を出る頃には、自分なりに納得する答えを導き出したのか、なにかしらを考えている気配は感じられなくなった。
兵士に志願していても入隊が決まるまでは軍営の中に入れてはいけないため、軍が待機している場所の近くにある森の脇まで案内された。そこまで結構な距離だった。
帯剣している数人の兵士に囲まれた状態の数人の男性が、近づいてくるリアに気づいてこちらに顔を向けた。
「……魔法使い様⁉︎」
まさか魔法使いがやってくるとは思っていなかったのだろう。かなり驚いた表情をして、慌てて低頭する。
その者たちを見下ろし、リアが口を開いた。
「お前たちが兵士に志願している者たちか?」
リアが問いかけると、頭を地面に擦り付けていた一人の男が顔を挙げ、「はい。私たちは、この近くの村に住んでおりました。先ほど、兵士の方からこの場所で戦争が行われると言う話を聞き、サウス=リアクターの国民として自国のためになにかできることはないかと考え、軍へ志願いたしました」と答えた。
ノース=カイマートのスパイかと考えていた様子のリアだったが、志願している者たちの顔つきにはサウス=リアクターの特徴が出ているし、言葉はフーゲン大陸共通語だが敵国の訛りも感じられない。綺麗なサウス=リアクター訛りだった。イントネーションも完璧にこちらの国のものだったので、リアは本当に近くの村に住んでいた自国の人間であると判断した。
「その心掛けはいいが……、剣を使うことはできるのか?」
「剣にはあまり自信がありません。どちらかと言うと狩りでよく使用する弓の扱いの方が得意です」
「弓か……。確か、弓兵の部隊からもう少し人員を割いてほしいと言う話が出ていたな?」
リアのその言葉に、弓を持っていた兵士がこくりと頷く。
「はい。剣を扱える者は多いのですが、弓を扱える人材はなかなかおらず、隊員の数が足りていない状況です。なので、隊長はもう少し人員を割いて欲しいと将軍に嘆願しております」
その答えを聞いて、リアは持っていた杖でかつんと地面を叩いた。
「いいだろう。リア=ヴェアールの名において、お前たちの入隊を許可する。配属部署については弓兵部隊を考えているが、正式な配属は将軍と話し合って決めるため、それまではほかの兵士と一緒に待機していてくれ」
「わかりました」
再び頭を下げた男に対して、リアは再び問いかける。
「一応、名前を聞いておこう。名をなんと言う?」
男は顔を上げ、にこりと人好きそうな笑みを浮かべて告げた。
「ーーレンゼム。レンゼム=ウィンターと申します」




