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Wind Illusion Story ー世界は混沌に選ばれし勇者の再来を待ち望むー  作者: 雪杜 凛


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信頼と裏切りの戦場5−4

「研究って発表するものなの?」

 ショウが住んでいた里でも薬師の家系があり、そこで薬草などの研究をしてたりもしたが、特にその内容を誰かに伝えたりとかはしていなかった。研究が成功し、新しい薬ができあがった時だけ、周りに報告したりはしていた。

 研究内容をまとめた資料などは残していたが、論文のようなものは作ってはいなかったはずだ。

 それを思い出したショウがきょとんとした様子で訊ねると、ローゼムは視線をそちらの方へ向けた。ショウの疑問に対して不快感を覚えている様子は感じられなかった。

「研究に対する助成金もいただいておりますので、しっかりと研究していますという証拠を提出するのが決まりなんです。それが助成金をいただく条件となっています。内容次第では、助成金の打ち切りもありえるんです。そしたら、研究は自費で行わなくてはならなくなるので、研究者は発表論文を書く時はいつも以上に気を遣います。論文の出来次第で、研究を続けていけるが続けていけないかが決まってしまいますので」

 そう言いながら、三人に対して椅子を勧めてきたローゼムは、「お茶を準備しますので、少しお待ちください」と言ってどこかへ行ってしまった。

 椅子に座ったリアは、「本当に来るとは思っていなかったような反応だったな」と呟いた。その言葉に、ショウはこくりと頷く。

 兄の死の真相を知りたいと願いながら国境を超えた彼にとって、リアたちとの出会いはまたとないチャンスだったはずだ。教えてくれるかもしれないと期待しながら、そのまま街を出ていってしまうかもしれないという不安と戦っていたことだろう。

 自分の店に訪れた三人を見た瞬間、彼が一瞬だけほっとした表情を見せたのをリアは見逃さなかった。

 昨日ぶりにあったローゼムの目の下には、うっすらとクマのようなものがあった。それは発表論文のこともあるだろうが、リアたちが来てくれるのかも不安で眠れなかったであろうことがわかる。

 しばらく待っていると、「お待たせいたしました」と言ってローゼムが戻ってきた。その手にはティーカップが乗っているトレイがある。

「この地方の特産品のお茶です。香りがいいって評判なんですよ」

 そう言われて目の前に置かれたティーカップからは、確かにかなりいい香りが漂ってくる。果物のような甘さの香りが辺りに漂い、緊張感が少しだけ和らぐ。

 リアがカップを持って一口飲むと、口の中に甘い香りが広がって鼻の方へ抜けていく。甘さの余韻がとても残るお茶だった。

「確かに、いい香りだ」

 リアが素直に褒めると、ローゼムは嬉しそうに微笑む。

「ここで店を構えたのも、このお茶が決め手の一つです。一口飲んで惚れ込んでしまいました」

 そしてローゼムも椅子に座り、リアたちに向かって頭を下げる。

「来てくださって、本当にありがとうございます。ほとんどは来てもらえないのではないかと諦めていました」

 頭を上げるのを待ってから、リアが口を開く。

「レンゼムから、弟がいたことは聞いている。俺よりも頭が良くて優秀な弟がいるのだと、よく言っていたからな。よく覚えている。レンゼムはしきりに弟のことを褒めていた。自慢の弟なのだろうと当時から思っていた」

「……兄は戦場で僕の話をしていたんですか?」

 まさか自分の話をしていたとは思っていなかったのだろう。驚いた様子でローゼムが問いかけてきた。

 リアはその言葉に頷く。

「ああ。同じ日に同じ親から生まれたはずなのに、俺と違って出来のいい弟だと。俺に与えられるはずだった頭も、全部あいつが持っていっちまったと言っていたな」

 リアの言葉に、ローゼムは少しだけ視線を下げた。なにかを思い出して、申し訳なさそうな表情になる。

「本当は徴兵令は僕に対して来ていたんです。でも、兄は俺が代わりに行くと聞かなくて。お前は俺よりも優秀で未来がある。俺は頭も良くないし出来も悪い。だから、俺が行ったほうがいいと言って、本当に僕の代わりに戦争に行ってしまったんです」

 ローゼムはそこで言葉を切り、真正面に座るリアをまっすぐに見つめた。

「僕が寝ている間に準備を済ませて、行ってくる、と置き手紙だけを残して家を出ていった兄は、二度と帰ってきませんでした。ただ、町長から『戦死したと報告が来た』と言われただけです。遺体が戻ってきたわけでもありません。だから、どこかで生きているのではないか、という希望が捨てきれず、僕は親戚を頼って国境を越えてこの街に来ました」

 戦争が終わってから二年間。仕事の合間にできる限りのことをして兄を探し続けたが、レンゼムの情報はまったく手に入らなかったと言う。

 本当に死んでしまったのではないか、と諦めかけていたところに、自分の顔を見て驚くリアたちと出会った。この人たちは兄を知っていると、直感的に思った。しかし、それと同時のその反応で兄の死を悟ってしまったのだと言った。

 昨日、リアたちにこの店の住所を書いた紙を渡してその場を立ち去ったのは、薬を配達する仕事もあったのだが、それと同時に兄の死を受け入れる心の準備をするためでもあったらしい。

「あなた方は兄の最期を知っているんですか?」

 ローゼムの言葉に、リアがちらりとショウを見る。覚悟を決めろ。そう言っているかのような視線だった。

 ショウは小さく息を吸って吐く。覚悟を決めてローゼムに向き直り、「知っています」と答える。

「オレはあなたの兄の最期を知っています」

「……兄は本当に死んだのですか?」

 ショウは一瞬ぐっと言葉を呑み込み、小さく息を吐く。

「レンゼムは死にました」

 そして、次の言葉を紡ぐ。


「ーーオレが、あなたの兄を手にかけました」

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