信頼と裏切りの戦場5−3
物腰の柔らかい可愛らしい女の子だった。この国ではよく見られる茶色の髪に鳶色の瞳。背中まである髪は一つに結んでおり、胸元にドアに掲げられていたイラストと同じものが描かれている服を着ていた。
この店の店員だろうことはすぐにわかった。まず入ってきたリアを見て、口に手を当てて大きく目を見開き、続いて入ったパティに視線が移り、最後にショウを見上げる。
治癒魔法が使える魔法使いが薬屋を訪れることはめったにないため、予想外の客に驚いているようだ。
そんな女の子に対して、リアはカウンターに近づいて告げた。
「すまない、客ではないんだ」
リアがそう言った瞬間に我を取り戻した女の子が、「もしかして、店主が言っていたお客様ですか?」と訊ねてくるので、リアは眉を寄せて「ここの店主の名前を伺ってもいいだろうか?」と問い返す。
そういえば、あの人の名前を聞いてなかったな、とショウは思っていると、女の子は「ローゼムです」と答えた。
「家名も教えてもらえるだろうか?」
「店主の家名ですか? ウィンターです。ローゼム=ウィンター」
「ウィンター……」
ショウが小さく呟く。聞き覚えのある家名だったからだ。それは間違いなくレンゼムの家名だった。だとしたら、昨日の彼はレンゼムの身内で間違いない。
「店主から、赤髪の女の子と黒銀の髪の男性が訪ねてくるかもしれないと聞いていたのですが……」
恐る恐ると言った様子で口を開いた少女に、リアはこくりと頷く。
「それは私たちのことだろう。昨日、ここの店主のローゼムと出会って、もしよかったら来てもらえないだろうかとここの住所を教えられたのだ。昨日出会った魔法使いが訪ねてきたと呼んでもらえるだろうか?」
「わ、わかりました。少々お待ちください」
そう言って、女の子は慌てた様子で店の奥へと姿を消す。その姿を見送っていたリアが「レンゼムの弟は薬師だったのか……」と呟いたのが聞こえた。
「弟は自分と違って優秀だってよく言ってたもんね」
レンゼムにとっては、自慢の弟だったのだろう。薬師になれるほどに優秀であったならば、他人に自慢したくなってもおかしくはない。
「そうだな」
薬草独特の匂いが立ち込める店内には、作り置きで販売されている薬の類は一切なかった。すべて、注文を受けてから作っているのだろう。作り置きできる薬もあるはずだが、この店の店主の意向で薬の作り置きはしないようだ。
「今日は休みって言ってたよね?」
ショウが昨日のことを思い出しながら言うと、「店の前に小さな看板が出ていたが、本日は引き渡しのみの営業です、って書いてあったから、接客は店員だけに任せているんだろう」とリアから返事があった。
あったっけ? と思い返すと、店の前に小さな看板が置かれていたのを思い出した。それを避けて店に入ってきたことも。ショウはまったく気にせずにその隣を通ったが、リアはしっかりと確認していたらしい。
「ショウって意外と周りのこと見てないんだね」
パティにも言われてしまった。確かに、人間は気になってよく見ているが、人間以外はあまり気にしていないかもしれない。がっくりと肩を落としていると、店の奥からばたばたと大慌てて近づいてくる足音が聞こえた。その音は少しずつ大きくなり、三人でその方向を見つめていると昨日出会った男性が走ってくるのが見えた。
「来てくださってありがとうございます!」
そう言いながら姿を見せたローゼムは、ボサボサになってしまった髪を手櫛で梳きながら「お待たせしてしまって申し訳ありません」とニコリと笑う。
「いや、さほど待っていないから気にしなくていい」
リアはそう言い、「こちらにどうぞ」と言って歩き出したローゼムについていく。その間際にローゼムは女の子に対して「お店の方、引き続きよろしくね」と告げ、女の子は「わかりました。お任せください」と返事した。
三人で先導するローゼムの後ろを追いかけていると、店の奥には階段があり、その上にはテラスのようになっている場所があった。燦々と降り注ぐ太陽の陽射しの下に置かれたテーブルと数脚の椅子があり、その周りには薬草と思われる植物が植えられている花壇があった。
ショウが不思議そうにキョロキョロとしていると、ローゼムはその様子を見てくすくすと笑って、「ここは品種改良の研究のための薬草を育てている場所なんです」と説明してくれた。
と言うことは、やはり花壇に植えられているのは研究用の薬草なのだろう。ローゼムは薬を調合して売るだけではなく、薬草の研究も行う研究者でもあるようだ。
「薬草の研究は国が管理している研究施設で行われることが多いが、個人でしている人はあまり聞いたことがないな」
「どうしても研究したいことがあり、薬学庁に申請して正式に許可をいただきました。三ヶ月後に研究成果を発表しなければならず、今は発表論文と店の経営を同時進行でしており、忙しい日々ですよ」




