信頼と裏切りの戦場4-5
囁かれた言葉に驚いたショウは大きく目を見開き、少女から少しだけ距離を取る。真っ直ぐにこちらを見つめてくる赤い瞳と目が合った。ショウの反応によって、少女は自分が抱いていた疑問が確信に変わったようだ。
腕を組んで、満足げな様子ででショウを見上げる。
「やっぱりな。一目見て、そうではないかと思ったのだ」
今まで誰にもバレなかったから、もう大丈夫だろうと安心し切っていた。油断していた自分を自覚させられ、一瞬で緊張感が高まる。
警戒心を見せたショウに対して、少女は「安心しろ。誰にも言うつもりはない」と肩を竦めた。さらりと肩から赤い髪が流れる。
少女が本当に誰にも言うつもりがないのかはわからない。ショウが亜人であることを言いふらして軍から追い出されば、自分を信じてついてきてくれていた部下たちはどう思うろうか。裏切られたと思うだろうか。
一瞬のうちに、脳裏にいろんなことが過ぎる。人間が亜人を嫌っているのは小さい頃から教わっていた。だからこそ、正体がバレた際には相手をどさくさに紛れて口封じすることも考えなかったと言えば嘘になる。
この少女は誰にも言わないと言うが、だからと言って素直に警戒が解けるわけもない。少女が少しでも怪しい動きをすれば取り押さえようとその姿を見つめていると、相手はショウが考えていることなどお見通しのようだった。
腕を組んだまま、仁王立ちしてショウを見上げる。
「私は何人か亜人の知り合いがいる。その人たちと特徴が似ていたから、もしやお前も亜人ではないかと思っただけだ。お前の反応を見る限り、お前も亜人のようだから私の目に狂いはなかったな」
ーー亜人の知り合いがいる?
ショウは故郷にいる亜人以外の知り合いはいない。だが、ほかにも亜人の隠れ里があるという話は聞いたことはあった。まだ会ったことはないが、里を出てきた以上、人間社会に紛れる亜人と出会う可能性はなくはないと思っている。
亜人同士は出会えば直感的に相手が自分と同類であることに気づく。だから、街ですれ違えば直感であの人は亜人だとすぐにわかるらしい。けれど、ショウは未だにその直感を感じたことはなかった。少なくとも、この軍の中にショウ以外の亜人は混ざっていない。
「こんな場所で亜人を見つけるなど、珍しいこともあるものだな」
ショウを見上げる少女の瞳に、嫌悪感などは微塵も浮かんではいなかった。ただ、ショウがここにいるのが心底不思議そうな表情をしている。
人間は亜人を毛嫌いする存在だと思っていた。だからこそ、亜人は人間に住処を追われて隠れて暮らさざるをえなかった。生まれてくる子供が言葉を理解できるようになると、人間がどれだけ恐ろしい存在かを最初に教えるくらいに。
なのに、亜人の知り合いがおり、なおかつ目の前に亜人がいるとわかっていながら平然としている少女の姿が信じられなかった。
「しかし、まさか人間の戦争に亜人が参加してくるとは思わなかったな。最初、お前を見たけた時には驚いたぞ」
見た目は幼い少女なのに、話し方は大人っぽくて妙にそれがしっくりくる雰囲気を持つ子だった。
本営を歩いているところを見られていたらしい。その視線に全然気づかなかった。ほかの隊長たちの突き刺さるような視線に隠れていて気づかなかったのだろう。
まぁ、いい、と言って少女は腕組みをやめて、今度は腰に手を置いた。
「どんな理由で人間の戦争に参加しているのかは知らんが、いい働きを期待しているぞ。ところで、配属はどこなのだ? 本営に出入りしているということは、隊長以上の階級持ちなのだろう? 階級を与えた者はお前を亜人と知っているのか?」
矢継ぎ早に質問が飛んでくる。どう答えたらいいかわからずに困って視線を彷徨わせる。
少女はショウの言葉を待っている様子で、どうしよう、下手なことを言ったら亜人であることを周りにバラされるかもしれない、と軽くパニックになっていると、「あ、いたいた」と言う聞き慣れた男の声が聞こえてきて、ショウはハッとした様子でその方向に目をやる。
遅れて少女もその方向へ視線を向け、「……なんだ、お前か」とため息と共に呟く。
こちらに向かって歩いてきているのは、先ほど別れたはずの将軍だった。このような荷駄を置くような場所に来るはずもない人だ。わざわざこのような場所に来たということは、なにかを探していたにほかならない。
ショウとの話は先ほど終わったはずなので、探していたのはこの少女だろうか。しかし、この少女と将軍がどんな関係なのか全く想像ができない。
「私は面白いものを見つけたのだから邪魔するな」
軍の全権を任されている将軍に対して、少女は臆する様子も見せない。少女からしたら首が痛くなるほど見上げなければならない大男の威圧感に、恐ろしさを感じてもおかしくはないと思うのだが。
「いくら本営の中だからといって、一人きりで自由に歩かれては困りますよ。あなたの身になにかあったら俺の首が飛ぶだけではすまなくなります」
「そんじょそこらの人間に遅れを取るつもりはない」
「……」
軍のトップである将軍が少女に対して敬語を使っている。ショウはそのことに驚きを隠せなかった。少女に亜人だと見破られた次くらいの驚きだ。
少女は将軍の態度を当たり前のように受け入れており、つまらなさそうに「なにかあっても自分で対処できるから、本営の中くらい自由に歩かせろ」と言っていた。
「あなたはこの戦争の勝敗を左右する存在なんですから、なにかあったらサウス=リアクターの大きな損失となります」
「……え?」
ーーこの子がこの戦争の勝敗を左右する存在……?
会話を聞いていたショウが驚きの声を小さくあげると、将軍は少女の隣に立ち、「こちらはショウ=アステール。ヴェスラ会戦にて戦死した前突撃部隊隊長の遺言どおり、新しく突撃部隊の隊長に任命いたしました」と言うと、「ほう、星か。確かに、その髪色に相応しい名前だな」と言ったのでさらに驚いた。
ーー亜人の言葉を知ってる……?
確かに、ショウの名前は亜人が使っていた古い言葉で星を意味している。それをこのような幼い少女が知っているなんて。亜人の知り合いがいるという言葉に信憑性が増した。
将軍も自分が亜人であることを知っているのだろうかと疑問に思ったが、少女は言うような素振りを見せないし、将軍はさきほどと態度はまったく変わらない。
「新しい突撃部隊隊長の話は知っているぞ。かなり実践的な訓練を行う有能な者であると報告を受けている。お前のことだったのか」
「ショウ、こちらは今回の戦争の勝敗を左右する重要な御方だ。今回、お前には本営にいる間はこの方の護衛をお願いしようと思っている」
将軍の言葉に、少女は握手を求めてくるかのように手を差し出してきた。
「私は、リア=ヴェアール。よろしく頼むぞ。ショウ=アステール」




