信頼と裏切りの戦場3-6
「あれからどれくらいの年月が経ってるかはわかんないけど、200は超えている気はするんだよなぁ……」
亜人全員がそうなのかはわからないが、少なくともショウの里では歳を重ねるにつれて自分の年齢を把握できなくなっていく者が多かった。最後まで自分の年齢をはっきりと数えている人はいなかった。この年齢は超えているような気がする、と言っている人がほどんどだったので、ショウも例に漏れず自分の年齢をはっきりと把握していない。
「オレたちは人間のように自分が誕生した日を祝う風習もないし、そもそも年齢というものに興味がない。だから、わからなくなって当然じゃないかな?」
「まぁ、亜人は平均寿命は1000年を超えると言われているような種族だからな。もしそうだとしたら、《第一次混沌期》よりも前から生きている者もいるかもしれん。空の勇者と大地の勇者が生きていた時代を知っている長老的な亜人も探せば見つかるかもしれん。それだけ長く生きれば、自分の年齢なんてどうでもよくなるんだろう。でもまさか、私もショウが200を超えているとは思わなかった。亜人は見た目と年齢が一致しないという話がよくわかる」
それでリアは納得したらしい。パティはまだ小さく「にひゃく……」と呟いていた。驚きでまだ我に返れていない様子だ。まだ13年ぐらいしか生きていないパティからしたら、200歳なんでとんでもない年齢に感じるのだろう。改めてショウが亜人であることを認識した様子だ。
「まぁ、年齢のことはこれくらいにして、朝食にしよう。時間帯的にも露店が多く開いているみたいだからな」
確かに、あちこちからいい匂いがする。
「朝食は食堂にするつもりだったが、この時間帯はまだ空いていないからな。とりあえず、食べたいものを食べよう。適当に通りを歩くから、食べたいものがあったら教えてくれ」
そう言われ、ショウとパティは通りの両側に並んでいる露店を見ながら歩みを進める。昨日とは違う露店が出ているようで、並んでいる食べ物も見たことがないものが多かった。
しばらく歩いていると、くいっと袖を引っ張られたリアはパティへと顔を向ける。
「あれ」
目が合ったパティは、一つの露店を指さしていた。
「ショウ、パティが先に見つけたぞ」
そう言って、三人でぞろぞろとその露店に近づく。
その露店には大きな鍋が置かれており、ぐつぐつと煮立っていた。その鍋をかき回していた店主は近づいてきたリアたちに気づき、「いらっしゃいませ」と言いながらこちらに顔を向けた。しかし、リアを見た瞬間にその笑顔が一瞬だけ固まる。
その反応に慣れっこであるパティとリアはなにも気にすることなく、ショウも徐々に慣れつつあった。本当に一目見ただけで魔法使いーーそれもかなり魔力量の多い魔法使いであるとわかるリアの見た目は、普通の人間からしたら驚きに値するのだろう。
「……スープか」
鍋を見ていたリアがぽつりと呟く。
たくさんの野菜や海鮮などが煮込まれているスープは、スパイスのいい香りを辺りに漂わせていた。
「近くに大きな川があるのですが、その川で獲れた魚やエビなどを野菜と共に煮込んだスープです。スパイスも入っておりますので、飲むと身体がほかほかと温まりますよ」
店主の言葉に、パティは今にもよだれを垂らしそうな表情をしている。よほど美味しそうに見えるのだろう。
「ショウも食べるか?」
「もらう」
「店主、三つ頼む」
「かしこまりました」
熱々のスープが木の器に移され、パティに一つとショウに二つ渡される。リアは会計をしてからショウから自分の分を受け取って、近くのベンチへと向かう。
ベンチがたくさん並んでいるスペースへ移動すると、タイミングよく一つ空いている場所を見つけることができた。そこに座って、リアは程よく冷めたスープをすすった。鼻から抜けていくスパイスの香りに驚きで目を見開く。
「すごいな。スパイスがかなり効いているのに、くどくなくてよく馴染んでる」
ショウから使い捨ての匙を受け取り、器の中から具をすくう。ぱくりと一口食べると、野菜の甘みが口の中に広がった。
「野菜もかなりうまい。どんな育て方をしたら、こんなに野菜が甘く育つんだ?」
リアの隣でパティは一心不乱に食べている。人間の欲望に忠実で、その欲望も食欲の方に大きく傾いているパティは、一瞬で美味しいものを見分ける才能があるようだ。
「人間って、食への探究心がすごいよな。いろんな料理法でいろんな食材を料理して美味しくしちゃうんだからさ」
ショウもそう言いながらスープを口にする。
「ショウの里は違うのか?」
「オレがいた里は、あんまり食料が豊富ってわけでもないし、人間みたいにスパイスみたいなものの存在すら知らなかったからさ、煮る、焼く、で終わる感じ。味付けとかもあんまりしないし、味も素材そのままの味でそれが当たり前だと思ってたから。里を出て初めて人間の食べ物を口にした時、あまりのうまさにびっくりしたよ。こんなに美味しいものがこの世界に存在するのか、って思った」
「……お前の里は食文化があまり育たなかったんだな」
「肉もあんまり食べないからさ。結婚式とか子供が生まれたとか、そんな特別なイベントの日ぐらいしか食べなかったよ。人間みたいに日常的に食べるって文化はなかったな」
「そこにパティが行ったら泣き出しそうだな」
リアが楽しそうに言う。その隣でパティは聞いているのか聞いていないのか、一心不乱にスープを口にしている。
「そうだね」
その姿がを容易に想像することができて、ショウは思わず苦笑してしまう。こんなに食欲へ振り切っているパティがショウの里の食事を食べたら、1日で逃げ出してしまうだろう。
ショウ自身、戦場で人間の食事を知って、里に戻った時は味気ない料理に泣きそうになったものだ。人間の食事を恋しく思った日々もあった。だからこそ、今はリアが食べたいと思ったものを遠慮なく食べさせてくれるから、かなりありがたいと思っている。
リアはスープの中にあった肉の塊を口に運んでから、「人間の食に対する探究心は凄まじいからな。今でも新しい食材を作るために品種改良だって行うし、新しい料理法を開発したりしていると聞く」と言う。
しかし、戦時中は人々も食べるのに必死で、そのようなことに意識を割くことはできなかった。今は魔物の脅威はあるものの、戦争が終結して少し経ったため、また人間の食文化が活発になったらしい。
「ヴェアールの領地でも野菜の品種改良や家畜の改良などの研究が盛んに行われているからな」
ヴェアール家は領内でそのような研究を行う者に対して、研究費の全額補助に加え、生活保障金、改良に成功してそれが市場へ流通するようになるとさらに追加で報奨金も出していた。なので、ヴェアールの領地では品種改良の研究がかなり活発に行われており、特産品となった品種もかなり多く存在する。
結果、研究費の補助などの支出はかなり大きいものの、それ以上の利益が領内にはもたらされていた。なので、ヴェアール家は先行投資として惜しみなく補助金などを出すことにしているのだ。
「リアの領地の食べ物かぁ。気になるなぁ」
食欲大魔王のパティを誕生させたヴェアールの領地の食事。かなり気になる。
二人が話している間にパティは食べ終えたらしく、暇そうに足をぶらぶらとさせていた。それに気づいたリアは、ほんのりと温かいスープを口に運ぶ。
「次はお前の番だな。食べたいものがあれば教えてくれ」
リアの言葉に、ショウはこくりと頷いた。




