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Wind Illusion Story ー世界は混沌に選ばれし勇者の再来を待ち望むー  作者: 雪杜 凛


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信頼と裏切りの戦場1−7

 ショウは反射的に近づいてきた相手に少し警戒したが、こういう時に一番早く動くはずのパティが傍観者に徹しているので、この人はこちらに危害を加えることはないだろうと判断して警戒を解く。

「……兄?」

 リアが青年の言葉に眉を寄せた。

「レンゼムは僕の双子の兄です」

「双子……」

 他人の空似かと思ったが、双子であるならばこんなにも似ていて当然だ。瓜二つという言葉がぴったりなくらいにそっくりだ。

 だが、よくよく見てみれば記憶の中にあるレンゼムとは雰囲気がだいぶ違う気がする。レンゼムは夏の日差しのような強さを感じる人だったが、目の前にいる彼は春の日差しのような柔らかな雰囲気がある。

 そういえば、と記憶を思い出す。彼が故郷に残してきた双子の弟がいると言っていたことがあった。その時に話していた弟がこの人なのだろう。

 だが、なぜここにいるのだろう。ここはサウス=リアクター内の街だ。レンゼムはノース=カイマートの兵士だったから、故郷はあちらの国のはず。

「レンゼムはノース=カイマートの人間だったはずだ」

 リアの疑問に青年が、「兄が戦死しため、僕は終戦後に親戚がいるこの街に移住したんです。この国に来れば、兄を知っている人がいて、なぜ兄が死んだのかがわかるんじゃないかと思って」と答えた。

 青年はホットサンドを持っているリアの手をぎゅっと握り締めた。

「あなた方は、兄を知っているんですね? なぜ、兄が死んだのかを知っていますか?」

 その問いかけに、リアもショウも口を閉ざす。無言を貫くことは、肯定しているも同然だった。相手のそれがわかったのだろう。

 握り締めていたリアの手を離し、持っていたカバンから紙を取り出した。持ち歩き用のペンとインク壺を取り出してなにかを書き始める。

「これは僕が住んでいる家の住所です。明日は仕事が休みなので、一日中家にいます。兄のことを教えてくださるのであれば、ここに来てください。お願いします」

 そう言いながら、ショウの手にぎゅっと紙を握らせた。

「待ってますから。ずっとずっと待ってますから」

 そう言い残し、彼は人混みの中に消えていった。

 その後ろ姿を見送った二人は、なにも言わずに顔を見合わせる。二人の目が、どうすればいいのか、と互いに訊ね合っていた。

 状況を理解できていないパティだけはホットサンドを食べ続けながら、二人の様子を見つめている。

 だが、ややあって「二人とも、そこにずっと立ってると邪魔だよ?」という言葉に、ハッと我に返ったリアが「とりあえず、移動するか」と言って歩き出したので、ショウもその後に続いた。

 ショウは先ほどの青年の顔が頭から離れずにいた。

 まさか、この国でレンゼムの身内に会うとは思わなかった。レンゼムはノース=カイマートの兵士だったから、あちらに行かない限りは身内とは会うことはないと思い込んでいた。

 だからこそ、彼を見た時にかなり驚いた。

 ーー今度はオレの番か……

 少し前にリアは自分が手にかけてしまった人の遺族に会った。だから、いつかは自分も出会ってしまうのではないかとは思っていた。

 しかし、まさかレンゼムの遺族に出会うとは思ってもいなかった。

 ちらり、と横を歩くリアに視線を向ける。リアはまっすぐに前を見つめていて、なにを考えているのかはわからなかった。ただ、リアだってレンゼムの弟との出会いは衝撃だったはずだ。

 リアもショウも戦場でたくさんの敵兵を見てきたが、レンゼムだけはどうやっても忘れることはできなかった。それくらい、彼が二人にーー特にリアの心に残した傷は大きいものだった。

 その後は食事を続ける気になれなくなったショウは、手にしていた冷めたホットサンドを食べ切った後は、「ほかになにか食べるか?」と訊ねてきたリアの言葉に力なく首を横に振る。

 リアはショウに対してなにも言わずにパティにも同じ質問を向けるが、彼女も空気を読んだのか「もうお腹いっぱい」と言った。本来の食事量を知っているリアにはバレバレの嘘だったが、リアは「……そうか」と答えただけだった。

「なら、宿に帰るか……。ショウも考えることがあるだろ」

 無意識に、握り締めていた紙に視線を向ける。その紙を広げると、住所らしき文字が並んでいた。ここを訪ねるかどうか、明日までに決断しなければならない。

 あの青年は双子の兄の死の真相を知るために、国境を超えて移住した。そして、その真相を知る自分たちに出会ってしまったのだ。それでもこちらに選択肢を与えてくれたのは彼の優しさなのだろう。ショウたちには、このままなにも話すことなく街を離れる選択肢だって残されているのだから。

 でも、自分たちの訪れを一日中待ち望む彼の姿を思い浮かべると、なにも言わずに街を離れる選択肢を選ぶのは気持ち的に難しい。

 宿に辿り着き、自分が借りている部屋のドアを開けようとノブに手を置いた時、ずっと口を閉ざしていたリアが「私は、お前がどんな選択をしたとしても責めるつもりはない。一晩よくよく考えろ。答えを出すのが難しいなら、私も共に考えよう」と言って自分の部屋へ歩いて行ってしまった。

 その後ろ姿を見送り、ショウは部屋の中に入ってそのままベッドに倒れ込んだ。

 仰向けに転がり、天井を眺めた。

 脳裏にちらつくレンゼムの顔。そして、彼の最期の瞬間。彼の残した言葉。

「オレはどうすればいいんだ……?」

 手に持っていた紙を目の前で広げる。ここに行けばすべてを話さなければならない。そしたら、自分は彼から憎悪の目を向けられ、リアのように「人殺し!」と罵られるのだろうか。

 戦場ではたくさんの人間を殺したが、一人一人の顔なんて覚えてない。だが、レンゼムだけはーー彼だけはなにがあっても忘れられるわけがない。

 彼は目的通りにリアからの信頼を得て、最悪の裏切りでリアの心を傷つけた張本人だった。戦場で敵国の兵士を信頼してはならないと、彼はその命を持ってリアに教えた。リアの信頼を裏切った彼を今でも許すことはできない。

「レンゼム……、お前は弟が自分のしたことを知ってもいいのか?」

 その問いかけに返答はない。

 静寂だけが広がっている。窓の向こうから微かに子供の笑い声が聞こえるだけだ。

「オレはどうしたらいいんだろうな……」

 レンゼムの弟は知りたいと願っている。だが、知ることで傷つくかもしれない。それでも話すべきなのか迷ってしまう。

 ショウの脳裏に浮かぶレンゼムは笑っているだけで、問いかけには答えてはくれなかった。

台風がすごかったですが、停電しなくてよかったです。

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