信頼と裏切りの戦場1-2
「いらっしゃいませ」
魔法使いは貴族で要職についている場合が多いため、赤髪の客は上客と瞬時に判断したらしく、愛想のいい笑顔を浮かべる店主がいるカウンターにリアが近づく。
「二人部屋を一つと一人部屋を一つ頼みたい。空いているか?」
「畏まりました。現在は市場などが開かれておりませんので、噴水広場に面している部屋をご用意することができます。
噴水広場とはこの宿屋の出入り口にある中心に噴水がある広場のことなのだろう。
「わかった。そこへ案内してくれ」
「ご案内いたします」
「まだ日数は決めていないが、しばらく滞在するつもりではある。とりあえず、前払いでこれだけ支払っておく。足りない分は、出て行く時に追加で請求してくれ」
そう言って、リアは財布から金貨を2枚ほど取り出してカウンターに置いた。
ショウは人間社会の通貨に詳しくないのだが、店主が2枚の金貨に大きく目を見開いて絶句しているのを見て、金貨って価値が高いんだろうな、と思った。たぶん、しばらく滞在しても追加請求されないぐらいの金額なのかもしれない。
我を取り戻した店主が「部屋の方へ案内させます」と2枚の金貨を手にしてカウンターの奥の方へ声をかけると、一人の少女がやってくる。どこにでもいるような金髪碧眼の少女だ。同じ金髪碧眼のパティとは違い、愛想良く笑顔を浮かべている。
その子に店主が指示を出し、少女は鍵を受け取って了承するようにこくりと頷いた。
「こちらへどうぞ」
店主から受け取った鍵を手にカウンターから出てくる。一階の食堂の奥にある階段を目指して歩き始めた。三人がその後に続く。
この宿屋はよく見かける一階が食堂で二階が宿になっている造りのようだ。外から見たら三階があるように見えたので、リアが「三階も宿部屋なのか?」と訊ねると、「三階は住み込みの従業員の部屋になっています」と返答があった。
その会話を聞いていて、なるほど、とショウは思った。
階段を登ると両側にドアが等間隔で並ぶ廊下が現れる。しばらく廊下を歩いて、左手の部屋の一つで少女が立ち止まる。
「こちらが一人部屋になります」
「ショウ、ここがお前の部屋だ」
案内人の少女から鍵を手渡される。
「二人部屋はこの廊下の一番奥になります」
そう言って歩き出した少女にリアとパティが続き、ショウはその背中を少しだけ見送ってからドアを開けて中に入る。
それを肩越しで振り返って確認したリアは前に向き直り、少女へ声をかける。
「この宿屋の食堂は夜だけの営業か?」
「はい。お酒を提供する食堂となりますので、領主の方針により夜だけの営業となります」
「つまり、お酒を提供する食堂は夜の営業しか認められていないってことか?」
「はい」
突き当たりの部屋に辿り着き、足を止めた少女に鍵を差し出され、リアがそれを受け取る。
「なにかあれば、従業員の方にお声かけください」
少女は綺麗な所作で頭を下げ、歩いてきた廊下を戻っていった。
「とりあえず、荷物を置いてくるか」
「うん」
リアがドアを開けると、中はベッドが二つで広めの間取りになっている部屋だった。ベッドの間にある窓から外を覗くと、少し離れた前方に噴水が見えた。
背負っていたリュックをベッドに立てかける。視界の端でパティも同じくリュックを床に置いてベッドに立てかけていた。
「まずまずの部屋だな。しっかり掃除がされているようだし、ちゃんとした宿屋だな」
今まで泊まった宿の中には掃除が行き届いていないような部屋を案内されたこともあった。安さだけで選ぶとそういうこともあると学習したリアは、安くもなく高くもなく、地元民に聞き込みをして評価が高い宿屋を選ぶようにしている。
「行くか?」
リアの問いにこくりと力強く頷いたパティは、さっさとドアの方へ行ってしまった。相当空腹なのだろうと推察し、リアはその後を追って歩き始める。
「お姉ちゃん、早く!」
ドアを開けて廊下に出たパティは、こちらに向かって手招きしてくる。
「早すぎる。ちょっと待て」
お腹が空いているパティは早く露店に行きたくてたまらないようだ。ウキウキしているのが遠目からでもわかる。
部屋を出たリアがドアを閉めると結界魔法をかけた。最初、それを見たショウになにをしているのかと聞かれ、泥棒が入らないように結界魔法をかけていると説明した。領地を出て立ち寄った最初の街で、宿の部屋に置いていた荷物が荒らされたからだ。ドアには鍵をかけていたにもかかわらず。
財布が盗まれ、犯人探しをした結果、宿屋の従業員が犯人だった。マスターキーを使って部屋に侵入し、リアの財布を盗んだが、後に描かれているヴェアール家の紋章に気づいて恐れ慄いて自首してきたということがあった。
それ以来、リアは宿屋に荷物を置いて外出する時は誰も入れないように結界魔法をかけるようになった。平民向けの宿屋を利用するのであれば、その危険性は常について回ると学習したキッカケだった。だからと言って、肩の凝る高級宿を使おうという気にはなれなかった。




