戦争が残した遺物4−7
少年の言葉に、リアは小さく赤い目を見開いた。頭を下げるだけで許されるとは思っていなかったからだ。
「あんたにも家族がある。あんたを失ったことであんたの家族が泣くなら、僕はあんたに死ねなんて言えない。家族を失う悲しみを、僕は充分に知ってる。僕が味わった悲しみを、あんたの家族にも味合わせたら僕もお前と同類だ」
「……そうか」
リアの表情が和らぐ。
「ありがとう」
今度は謝罪ではなく、感謝の気持ちで頭を下げた。
「あんたから礼を言われる筋合いはない。名門貴族の次期当主でも、平民に頭を下げることがあるんだな」
「私は必要があれば誰にだって頭を下げるよ。謝罪の気持ちと感謝の気持ちを相手に伝えるために頭を下げるのは、貴族であろうが平民であろうが同じことだと思っている」
「変わってるな、あんた。少なくとも、僕が今まで見てきた貴族は平民を家畜の目で見て、人間扱いはしてくれなかったよ」
少年からは、最初の時のような刺々しい雰囲気は消え去っていた。リアが頭を下げて謝罪したことで、少しは気が離れたのかもしれないとショウは思った。
「行くあてはあるか?」
リアのその問いに、少年は首を横に振った。
「あるわけないよ」
それは、生きるために再び人を襲う可能性があることを意味していた。リアは少年の返答を聞いて少し考える素振りを見せた後、「提案なんだが……」と口を開いた。
「ヴェアールの領地へ行くつもりはないか?」
「僕たちが、あんたの領地にか?」
「当主であった父が殺され、今は兄が代理で領地を治めてくれている。その兄にお前たちを領地で受け入れてくれるように頼むことができる。本来ならばキャラバンを襲ったお前たちは警邏に渡さないといけないが、事情を汲んでヴェアールの領地での奉仕作業を一定期間行うことで、その罪を贖えるようにしよう。その奉仕作業の最中は、領地内で住む場所を提供しよう。終わった後も住み続けて構わないし、新しい仕事の斡旋もしよう。ただし、領地から出ないことが条件だ。ヴェアールの領地を出れば、警邏に捕まる可能性がある」
「……いいのか? そんな破格の条件で、僕たちみたいなのを受け入れて」
「構わん。元々、ヴェアールの領地では難民を数多く受け入れている。六人増えたところでさほど変わらんだろう。このまま人を襲い続けていれば、いつかは警邏に捕まる。その先は死罪の可能性が高い。それを考えると、私が出した提案の方がいいはずだ」
「そう、だな……。ヴェアールの領地には魔法使いが多いから魔物の恐怖も他の場所と比べて少ないだろうし」
「それに、お前は少ないなりにも魔力保持者だ。ヴェアールでしっかりと魔法の訓練を受ければ、ヴェアールの領地を守る魔法師団の一員となれるはずだ」
「僕がヴェアールの魔法師団に……?」
ヴェアール家が抱える私兵の一つに、魔法師団と呼ばれる魔法使いだけで構成された部隊がある。ヴェアール家に連なる家柄に生まれた魔法使いや、領地内の平民の家に生まれた魔力保持者などが加入しており、ヴェアールの領地を魔物から守っている。
その話を聞いた者たちは、安全を求めてヴェアールの領地を目指すのだ。
その一員になることは、平民の魔力保持者であれば誰でも憧れを持つ。そのためだけにヴェアールの領地に移り住む者がいるほどだ。
「……本当に、僕がヴェアールの魔法師団に入れるのか?」
「お前の努力次第だ。だが、訓練も受けていないのに魔鉱石で魔法を発動させることができていた。魔法を使うセンスはあると私は予想している。だから、魔法師団に入れるほどの腕前になれるかは、お前の努力次第なところはある。だが、ヴェアールの領地へ行けば、ヴェアール家の抱える最高の教師たちからの教育を受けることは可能だ。訓練生の中で師団長が認めた者が魔法師団へと入団させる。認められなくても、ヴェアール家から仕事の斡旋をする。だから、これはお前たちにとっては悪い話じゃない」
少年は近くで昏倒している仲間たちを見てから、リアを見返した。
「わかった。ヴェアールの領地へ行く」
「いいだろう。兄には私から念話を送っておこう。お前たちは、このままヴェアールの領地へ転送する」
リアが持っていた杖で、かつん、と地面を叩いた。瞬時に、少年たちの足元に魔法陣が現れる。
「私が目的を終えて帰ってきた時、お前が魔法師団に入団し、活躍していることを期待している」
「ありがとう、リア=ヴェアール。悪魔なんて呼んで悪かったな。あんたは、僕が思っていたような貴族じゃなかったよ」
さっと、小さな光の粒子を残して少年たちの姿が消えた。
すぐにリアは兄に対して念話を送り、今送った少年たちの事情などを説明し、了承の言葉をもらうことができた。
ショウ、パティ、と名前を呼ばれ、ショウは無意識のうちに姿勢を正した。
「すまなかったな」
「いや、謝らなくていいよ。リアがちゃんと自分がしたことを向き合っているのがよくわかったよ」
リアが空を見上げると、星が輝いていてて一筋の流れ星が走った。
「世界が重なり合っている、という風幻神話を知っているか?」
「少しだけ」
「風幻神話では、世界は地層のように重なり合っていると書かれている。罪を犯した人間の魂が堕ちる『深層界』。命ある者が生きる『現層界』。亡くなった魂の行き着く場所『冥層界』。そして、その上にこの世界を創造した神が住むとされている『神層界』があるとされている。夜空の星は、この世界で亡くなり『冥層界』へ昇った魂たちだ。そして、夜空に流れる流れ星は、この世界に生まれるための魂が『現層界』に落ちてくる現象だと」
その言葉を聞いて、ショウは夜空を見上げた。
「だったら、リアの親父さんの魂もオレのルトの魂も、あの中にあるのか……」
「そうだな。夜になるたび、私たちを見下ろしているのだ」
「そっか」
恋人が自分を見守ってくれているかもしれない。
そう思ったら、ショウは自分は独りぼっちではないと思えた。




