戦争が残した遺物4−6
「……」
リアはその言葉に下唇を噛んだ。
遺族からこう言われることはわかり切っていた。自分も家族を殺した仇を討とうと領地を出て旅をしているのだから。
「……申し訳ないが、それはできない」
たっぷりと間を置いて、リアは答えた。
俯いていた顔を上げ、まっすぐに少年を見る。
「今の私にはすべきことがある。だから、その要求を呑むことはできない」
父親の仇を討つまでは絶対になにがあっても死ねないのだ。だから、いくら少年の要求でも頷くことはできなかった。
リアの言葉を聞いた少年は、リアを蔑んだ目で見た。
「やっぱり、『人殺し』のお前でも自分の命は惜しいんだな」
近くで聞いていたショウは我慢できなくなって少年の胸蔵を掴み、リアの制止も聞かずに少年の頬を殴り飛ばした。手加減したつもりだが、それでも亜人の力は強いようで少年の身体は軽く吹っ飛んだ。
少年は自分の身になにが起こったのかをすぐに理解し、痛みが走る頬に手を当てて睨みつけるように見下ろしてくるショウを睨み返した。殴られたことで口の中が切れたのか、口端から血が流れる。
「お前にリアのなにがわかるんだよ!」
ショウは叫んだ。
「リアは戦争が終わってからのこの二年、苦しみ続けたんだ! 自分が罪を犯した人間であることを一時も忘れなかった! 気が狂いかけるほど苦しみ悩んだんだ! その気持ちが、お前にわかるのか!」
「こんな悪魔に家族を奪われた僕の苦しみを理解できるものかッ!」
「理解できるに決まってるだろ! リアだって最愛の親父さんを殺されたんだから!」
「――――ッッッ!」
ショウの言葉に、少年は言葉を詰まらせた。その言葉は予想外だったのだろう。
少年は、リアは理解できないと思っていたのだ。家族を奪われた人間の気持ちなど理解できないと思っていた。だけど、自分と同じく家族を奪われていることを知ってしまった。自分と同じ気持ちを抱えているのだと。
まだ言葉を続けようとしているショウをリアは制した。ショウの肩に手を置く。
「もういい」
「でも、リア……」
それでも言葉を続けようとするショウに、リアは首を横に振った。
「私がこの者の家族を殺したのは紛れもない事実だ。それは覆しようのない。どれだけ言葉を並べようと、それを言い逃れするつもりはない」
「……」
リアの言葉に、ショウは大人しく引き下がることにした。
最後に少年を一睨みしてから、その場を離れる。
「命を差し出す以外になにを望む?」
リアがそう訊ねると、少年はにやりと笑った。
「だったら、詫びろ。土下座して詫びろ」
「お前ーーーー」
「誇り高きヴェアールの人間は、庶民に頭を下げることなんてできないよな? そんなのプライドが許さないはずーーーー」
「――いいだろう」
その言葉に、少年が大きく目を見開く。まさか了承するとは思っていなかったのだろう。
「リア!」
リアが迷わずに答えたことに驚いたショウが声を上げると、リアは少年から目を逸らすことなく言った。
「私がしたことは絶対に許されることじゃない。だから、私は遺族に対して誠意を見せなくてはいけない」
そして、リアは両膝を地面についた。持っていた杖を横に置く。
「それでも私にはヴェアールの人間としての矜持がある。一度しかしないから、よく見て脳裏に焼き付けるがいい」
リアは少年に向かって地面に額をこすりつけるほど深く頭を下げた。
少年も本当にリアが土下座をするなんて思ってなかったらしく、目を見開いてその光景を見つめている。
貴族の人間が庶民に対して頭を下げるなんてありえないことだ。貴族は自分に非があるとわかっていても、絶対に身分が下の者に対して頭をさげることはない。それはこの国では常識的なことだ。だからこそ、少年はリアが頭を下げるわけがないと思っていたのだろう。
しかし、リアは躊躇うことなく頭を下げた。この国の中でも名門中の名門とされるヴェアール家の次期当主が、一人の平民に対して頭を下げる。それは天変地異が起こるのではないのかと思うくらいにありえないことだ。
少年は言葉を失い、その場に立ち尽くす。ショウだって驚きのあまり、なにも言えなかった。
たっぷり20秒ほど土下座し、リアは顔を上げた。
その場に座った状態のまま、「これでいいか?」と訊ねる。
呆気にとられていた少年に、再びリアが「これでいいか?」と確認すると、我に返った相手が「……ああ」と返事した。
リアは何事もなかったかのように立ち上がり、杖を手にして服についた土を払う。
そして、顔を上げた。
「これだけでお前たちの恨みが晴れるとは思っていない。だから私は、お前たち遺族に対して私なりの償いをするつもりでいる。だが、償いをするから許して欲しいとは言わない。私の償いに対して、許すか許さないかを決めるのはお前たち遺族たちだと考えているからだ」
リアは自分の罪と真摯に向き合おうとしている。ショウにはそれが痛いほどわかった。まだ成人していない少女は、自分が背負ったものの大きさを充分に理解している。
「今のが、今の私にできる精一杯の誠意だ。それ以上の謝罪は、私の目的が達成されるまで待って欲しい」
「……もうこれ以上は言わない。世界最高峰の魔法使いの名門貴族の次期当主であるリア=ヴェアールが土下座までしたんだ。本気で謝罪する気持ちがあるって充分にわかったよ」




