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Wind Illusion Story ー世界は混沌に選ばれし勇者の再来を待ち望むー  作者: 雪杜 凛


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戦争が残した遺物3-5

 離れた場所から、ちらりと眠っている顔を見る。亜人は人間よりも視力が優れているため、離れた場所でもリアの顔はしっかりと見ることができた。

 ――寝顔だけは年相応なんだよなぁ……

 普段は大人びていて、誰も近づけさせない孤高の強さを見せている。魔法使いであることを誇りとし、自分の存在を確実に他者へと認めさせる。そんな雰囲気を漂わせている。

 あの魔物を爆発させた魔法は、ものすごく強力なものに見えた。それに加え、パティの傷を癒すために治療魔法も使い、ここに来るまでかなりの距離を歩いたので疲れてしまったのだろう。人前では寝顔を見せないリアが寝てしまうくらい、相当疲れているのだと思う。

 少し離れた場所に座ると、さぁっと一陣の風が吹いた。

 ショウの長い黒銀の髪を靡かせる。光の当たり具合によって色を変える不思議な髪色。人間ではありえないその髪色は、ショウの故郷では珍しい色ではない。

 リアが魔法使いが多い環境の中で自分の髪色が珍しく感じないのと同じで、ショウも里の中では特に自分の髪色を珍しい者だとは思っていなかった。

 ――懐かしいな……あの頃が……

 目を瞑って、もう戻れない昔に想いを馳せる。

 ルトは里の中では珍しく、黒銀ではない綺麗な青い髪をしていた。あの青い髪は、あの里ではかなり珍しい色だった。なので、生まれた当初は母親は周りから人間との不貞を疑われたし、ルトが大きくなった時は周囲の子供達からは髪色をよくからかわれていた。

 なので、よく「自分の髪が嫌い」と言っていて、女性としては珍しく髪を短く切っていた。

 ショウはルトのそんな青い髪が好きだった。サラサラとしていて、名前を呼んで振り返る時の髪の動きと彼女の笑顔が、とても綺麗だったのを覚えている。

「――――」

 名前を呼んでみる。

 記憶の中のルトは振り返って笑ってくれたが、目を開けるとそこには静かな湖面が広がっているだけだった。

「……」

 彼女は死んだのだ。

 その事実が、ずしりと心にのしかかった。

 もう戻れない過去だ。取り戻そうとしても、彼女は既に死んでいる。手を伸ばしたとしても届かないところへ逝ってしまった。傍に行くには、死ななければならない。だけど、罪深い自分はきっと冥層界へは逝けないだろう。きっと深層界へ逝き、そこで罪を償うために永久的な苦痛を受け続けなくてはならない。

 ――あぁ……もうオレは独りなんだな……

 世界でたった独りきりのような気がしてくる。誰も自分の傍にはいてくれない。

 故郷を失って三ヶ月以上が経過した。同じ種族の人間には未だ出会えていない。亜人は一目見ただけで同族だとわかるらしいが、その感覚は未だになかった。

「……」

 故郷を失った出来事を、昨日のことのように思い出せる。それくらい、あの出来事は強烈に記憶に残っていた。

 それと同時に、奴の顔も……鮮明に思い出せる。

 抵抗もなく命を奪い、にやりと笑ったあの顔。あの顔を原形も残ることなく殴ってやりたい。リアの心の痛みの分も殴りたい。

 リアの中で父親がどれだけの存在だったかは、ショウでもよくわかっている。ショウにとってルトが命よりも大事だったように、リアにとって父親は命に代えがたいほど大事な存在だったはずだ。

 奴はそれを無残に奪っていった。笑いながら、目の前で奪った。

 それはとても許されるようなことじゃない。

 だが、かつてショウ達はそうやって命を奪った。誰かの大切な人の命を奪った。戦場で。……戦争と言う名の殺し合いで。

 ショウがルトと「必ず帰ってくる」と約束をしたように、自分が殺した誰かも「必ず帰る」と誰かと約束したかもしれない。それは両親だったかもしれないし、恋人、兄弟、友達だったかもしれない。

 ショウ自身は奴みたいに笑いながら人を殺したりはしなかったが、この両手が血で汚れているのは紛れもない事実だ。

 旅の途中で、リアは言っていた。

『もしかしたら、私たちは混沌に選ばれた勇者の可能性がある』と。

 最初は耳を疑ったが、もしそうだとしたらショウの里が滅ぼされたのもリアの父親が殺されたのも、なにかしらの理由があるということになる。

 奴は『世界の災厄』。『意思を持った闇』。《神の失敗作(クオシス=アレイ)》。

 この世界を闇に包み、支配しようとする者。

 かつて、最初の《混沌期》を迎えた世界は二人の勇者によって救われた。そして、今は2回目の《混沌期》を迎えている。世界中で勇者の再来を待ち望む声があるのも事実だ。

「オレは……本当に奴に選ばれた勇者なのか……?」

 リアが教えてくれたが、この世界での勇者というのはクオシス=アレイの遊び相手のことを指すらしい。つまり、もし本当にリアとショウが勇者であるならば、二人は奴から選ばれた遊び相手ということだ。

 ショウの里を燃やしたのも、リアの父親を殺したのも、奴にとっては遊びの一つだったのだろうか。だとしたら、それは絶対に許せることじゃない。

 でも、時々、疑問に思うことがある。あの時はまったく手も足も出なかった。だから、本当に討ち倒せるのだろうか、と思ってしまったのは表情に出てしまったようだ。

『迷うな』

 ショウをまっすぐに見据えたリアの声が脳裏に響く。

『人間も亜人も、一度迷えばとことん迷う生き物だ。だから、迷わずに生きろ。討つと決めたら、なにがなんでも絶対に討つのだ。討てるのだろうか、などと疑問を持つな。お前には私がいる。私にはお前がいる。これ以上、心強い仲間はいないだろう?』

 私はお前を利用する。だから、お前に私を利用する権利をやる、と。そう言っていた。

 もしもリアを犠牲にしなければ奴を倒せない時、オレはリアの命を利用して仇を討つ。その逆も然り。ショウの命を犠牲にしなければ奴を倒せない時、リアは迷わずにショウの命を利用して仇を討とうとするだろう。

 リアとショウは、そういう関係だ。

 ぎゅっと掌を握り締める。

 覚悟はしているつもりだ。目の前でみんなを殺されてから、なにを犠牲にしてでも奴を討つと決めたのだから。

 いざという時は、リアを見殺しにする覚悟だって決めなくてはならない。

「……」

 共に戦場を駆けた仲間を、見殺しにする。

 ショウは自分のそんなことができるのか疑問だった。本当にその瞬間を迎えた時、迷うことなく見殺しにできるだろうか。

 リアは有言実行だ。もしもショウを犠牲にしないと奴が討てない時は、迷わずに決断するかもしれない。

 ショウ自身は奴を討つためなら死さえも恐れない。だから、死ぬことなんて怖くない。利用されることも別に厭わない。奴が死ぬなら、それでいい。彼女と同じ所へは逝けないけれど、それでも奴を討てるなら構わないと思っている。

 命には優先順位がある。

 自分の命、家族の命、恋人の命、友達の命、赤の他人の命。

 それぞれに優先順位を付け、その中で人々は生活している。

 過去に、ショウも優先順位を付けてリアの心を傷つけた。だからその償いもしたいと思う。

 リアは高い魔力量を持って生まれたがために周りの人に期待され、ヴェアール家の後継者としてそうでなくてはならないと色々なことを押しつけられ、それを反発するわけでもなく受け入れた。

 今のリアを形作っているモノは、周りの期待と重圧と戦場で犯した罪だ。

 リアは他の誰よりもたくさんの人を殺した。たぶん、その数は《レーベル大戦》に参加した者の中で、ダントツのトップだ。

 雨の中、「私はなんという罪深い人間なのだ……」と嘆いたリアのことを思い出す。

 弱音を吐かず、弱い態度を人に見せることがないリアが見せた、最後の弱音。その時のリアは年相応の小さな女の子だった。

 戦場だった場所でリアと別れて、もう二年が経った。長命である亜人からすれば、瞬きをするような短い時間だ。だが、短い時間を生きる人間からすると長い時間かもしれない。

 小さかったリアも大きくなって、成人まであと一歩だ。

「はぁ……」

 ため息が出た。

 過去にはもう戻れない。リアの魔法でも、時間を戻すことは死者蘇生と同じく禁忌だ。発動させた瞬間に、神の怒りを買い身体を八つ裂きにされる。

 リアは強い。

 この二年、自分の罪と真摯に向き合っていた。忘れ去って幸せになろうとした自分とは違う。

 でも、そんなショウもいつかは自分の罪と向き合わなくてはならない日が来るかもしれない。この世界には、たくさんの人がいる。いつかは、自分が殺した人の家族とも出会うかもしれない。旅を続けている限り、その可能性はある。

「オレは一度は逃げたけど、その時はちゃんと自分の罪と向き合えるかな……」

 その問いかけは、風が攫っていった。

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