戦争が残した遺物3−4
「ショウ、なにをしている。早くパティを連れて来い」
魔物が消えた場所を見つめていたショウは、その言葉でハッとする。そういえば、パティは森の中に吹っ飛ばされてから戻ってきていない。もしかしたら、気絶しているもある。だとしたら無防備になってしまっているから、早く迎えに行かないと。
慌ててパティが吹っ飛ばされた森の中に入ると、大木の根元で倒れている姿を見つけ出す。どうやらこの木にぶつかったようだ。
抱き上げると、小さな身体は思った以上に軽かった。そして、森の入口の近くで待っていたリアの前に横たわらせた。
改めてパティの様子を見ると、身体のあちこちに傷があり、大木にぶつけたであろう頭からは軽く出血もしている。
リアはパティの様子をしげしげと見つめ、「今からすることをパティには絶対に言うなよ」と言って、パティの腹部へ手をかざす。
リアがなにをしようとしているのか気づいたショウが声を上げる前に、「――黙れ」それに気づいたリアが短く制止する。
そのことによって、ショウは口を噤むしかなかった。
ショウがなにを言ったとしても、リアはやめることはないだろうとわかっているからだ。
「可愛い妹の傷を治してなにが悪い。傷を治しても私が傷つくわけじゃない。ただ、痛みが私に移るだけの話だ」
魔法で傷を癒すということは、癒した者は相応の痛みを感じるデメリットがある。戦争では、それで心が壊れてしまった魔法使いが何人もいたし、ショウ自身も何人も見てきた。
リアほどの魔法使いであれば、パティの傷くらいなら簡単に癒すことができるだろう。しばらくは痛みに苦しむだろうか、耐えられないほどではないと思う。
だが、そんなリアでも絶対にできないことがある。
死者を甦らせる魔法だけは、リアでも使うことができない。
厳密に言うと、リアは死者を甦らせる魔法は存在する。だが、それは魔法使いの禁忌とされているものだ。その禁忌を犯した魔法使いは、神の怒りを買って断罪されると伝えられているらしい。死者を甦らせた瞬間に身体を切り刻まれ、その場で命を落とすらしく、そして甦らせた者もその命は長くは続かない。
リアは死者を甦らせられるほどの力を持っているが、死者を甦らせることは絶対にできない。
その魔法が記された本は、王宮の書庫の奥深く禁忌の書を集めた禁書庫にあるらしいが、そこは24時間兵士が常に番をしており、強力な封印の魔法が施されており、魔法省のごく一部の研究員しか出入りを許されていないと聞く。
リア自身も許可がないらしく、そこを訪れたことはないと言っていた。だが、魔法使いの間では死者蘇生の魔法の存在は有名で、知らない者はいないという話だ。
その禁忌の死者蘇生の魔法だが、傷を治すという行為は、生命の復活の延長線上にあると考えられている。故に、魔法使いが傷を癒した時は、傷を受けた者が感じていた痛みをそのまま引き継ぐ。身体を切り刻まれはしないものの、身体中に痛みが走るのだという。
大きな傷を治したら、あまりの痛みに昏睡状態に陥ってしまうこともあるくらいだ。
だから、ショウはリアに「やめろ」と言おうとした。だが、リアはそれを遮った。そして、「パティには言うな」と言う。
それはパティも傷を癒すと魔法使いの身になにが起こるかを知っており、それを嫌がっているというほかならない。だから、リアはパティの意識がないうちに癒してしまおうとしているのだ。
リアがかざした掌に魔力を込めると、リアの全身が淡い光に包まれた。その光はパティも包む。
そのあとは、幻想的な光景だった。
リアの紅蓮の長い髪が、左右へふわりと広がる。髪の毛一本一本から小さな火の粉が漏れる。
燃えるような赤い瞳がわずかに虹色を帯びる。その瞳は伏せられているためにショウからはよく見えなかったが、それでもわずかに見える瞳が虹色に輝いているように見えた。
明らかに、攻撃魔法を使う時とは違う雰囲気だ。
リアが、ゆっくりと目を閉じた。
意識を掌に集中させているのがわかる。
可視化された魔力がリアの全身から立ち上り、それらはリアの腕を伝ってパティを包み込む。数えきれない数多の光の筋が、パティの傷を残さず包み込んでいく。
傷を治すには繊細な魔力のコントロールが必要になると、リアが過去に言っていたことを思い出す。もしも魔力のコントロールをミスってしまえば、相手の命を奪いかねないからだ。だから少しも気が抜けない。それゆえに、繊細な魔力のコントロールができる魔法使いしか、治療魔法を使うことは許されていないのだと。
その光景をショウは黙って見つめていた。
傷を負う痛みをそのまま引き継ぐのだ。それは間違いなくつらいはず。魔法使いであるリアは、訓練でしょっちゅう怪我をして痛みに慣れてしまっている剣士や拳闘士とは違う。
リアの魔力はパティの身体の中へ入ってゆき、細胞を活性化させて傷を治していく。
30秒でほとんどの傷は消えてなくなった。
リアは魔力の放出をやめ、目を開く。それと同時に、リアとパティを包んでいた淡い光も、髪の毛から漏れ出ていた火の粉も消えた。
ショウはパティの全身を確認し、傷が治っていることを確かめる。
戦場で何度も魔法使いが傷を癒すところを見ていたが、いつ見ても不思議だ、と思う。
傷を癒える理屈はわかる。昔リアが「細胞を活性化させて治すのだ」と言っていたから。だが、同時に服の破れや汚れも治してしまうのだ。これは不思議だ。癒すというより、巻き戻しているかのように感じる。
リアは無言で額に浮かんだ汗が拭った。そして、ショウを見る。
「それで、お前はいつまでそのような格好をしているつもりだ?」
「何が?」
問いを問いで返すと、リアは呆れたような顔をした。
「湖に落ちたんだろう? 全身ずぶ濡れだぞ」
「……」
言われ、思い出す。そういえば、パティの手によって湖に落とされたんだった。
「さっさと着替えろ」
「そうする」
よっこいしょっと立ち上がり、リュックの中から自分の着替えを取り出し、森の茂みへと入る。そこで着替える。
脱いだ服を絞ると、結構大量に水が出た。それをぱんぱんと叩いてから茂みを出る。
開けた場所に面している木の枝に着替えを引っ掛け、茂みを抜ける。
「うおっと」
視界の隅に赤いものが映った気がして慌てて確認すると――間違いなくリアだ。危うく踏むところだった。気づかずに踏んでいたらなにを言われるかわかったものではない。
リアはパティの隣に寝転がり、眠っていた。穏やかな顔で、静かに寝息を立てている。
あんなに大きな魔物を一撃で倒し、たくさんの魔力を使う治療魔法も使い、それに加えて朝からずっと歩き詰めだった。疲れていてもおかしくはない。
それに、眠ればそんなにパティから引き継いだ痛みを感じることがないだろうから、そっとしておいた方がいいかもしれない。
そう思って、ショウはその場からゆっくりと離れた。




